-第03話- 夢から覚めて
――――あれは何時の事だろう?
小学校のころに風邪をひいて高熱を出して、その時お袋に付きっ切りで看病してもらったっけ。
あの時のお袋は凄い心配そうな顔だったな…
今度はこっちの母に心配かけたんだろうな。
早く元気にならなきゃな…
◇
俺は、酷い倦怠感のなかで目を覚まし、感覚がおかしいことに気付いた。手足が伸びてるし、いつも寝ているベッドより、やたらフカフカだ。俺はこのベッドの寝心地には覚えがある。
俺が目を覚ましたのは前世の自宅にあるベッドの上だった。さっきまでの、体験はなんだったのか?頭が熱くなって…気を失ってから…?あれ?
俺は重い体をおこし、辺りを見回した。そこは使い慣れた家具や家電があり、自分が死んだ日の朝に出た部屋の扉も見える。
部屋は手狭な都内にある、ワンルームマンションだ。その部屋の景色を俺は茫然と眺めていた。
「っあ! やべぇ! 遅刻する!」
俺は部屋を見回している時に、壁掛け時計が目に入り、その時刻は起床時刻を一時間ほどすぎていた。遅刻は確定したが、夢で熱にうなされていたのもあり、体調不良を理由にそのまま休もうと決めた。
「まぁ、体調も悪いし今日は休むか…決して寝坊して遅刻したのが気まずいんじゃない! 何にせよ課長に休みのメール入れとくかー…」
俺は、ベッドに置いてあるスマートフォンを手に取り、手早く病欠する旨を報告した。
「体調悪いって思ったけど、さっきより全然調子良くなった気がするな」
俺はなぜか、先ほど目を覚ます前のことなど気にもとめなかった。
「そう言えば冷蔵庫の中、食い物無いんだった。買いに行かないとな…」
俺は自炊などはおこなっておらず、仕事から帰ってくる途中に外食ですませてしまっているので、ほとんど冷蔵庫の中には食材と呼べるようなものは入っていなかった。
俺はそのまま、寝巻から外行の服を着て外出の準備を整えた。
身支度を整えながら「コンビニで良いか…んー何食おうかな。」などとブツクサと独り言を呟きながら準備をした。パパッと準備をし俺は扉を開け外へ出た、季節は夏の終わりにさしかかり陽の光は明るくまだ暑い。道路には熱で陽炎が立ちのぼり、景色をユラユラと歪める。
俺はコンビニまでの道中で異変に気付いた。
「何かやけに静かだな?蝉の鳴き声も聞こえないし…車も走ってねぇな。」
街は異常な静けさに包まれていた。住宅地の周辺にもかかわらず車も人も一切通らない。
少なくとも耳を澄ませば、遠くで都会の喧騒がノイズのように聞こえて来るはずだが、それすらも無かった。
「どうなってるんだ? 普段のこの時間帯なら、通勤してる人とか多少は居るんだけどな…、静かな事なんて今まで無かったと思うだが」
俺は静かさが怖くなり、少し早歩きでコンビニへと向かうのであった。
その道すがら、バレーボール位のサイズの白い毛玉を発見した。
「何だあれ? ビニール袋じゃ…無いな。んんー? 毛玉?」
その毛玉には、二本の長い耳があり、もぞもぞと動いている。
「兎がなんでこんな所にいるんだ? 誰かの家のペットでも逃げ出したのか。」
白兎はこちらに気付くと、そのまま逃げるように飛び跳ね、道の角を曲がっていった。俺は気になって後を追う事にした。
「こんな場所で野良なんてこと無いだろうし… だれのかのペットか? なら、捕まえないとなぁ」
俺は捕まえると言ったが、実際はただ兎をモフリたいだけだ。白兎を追いかけ俺も道の角を曲がったところで、兎は見ず知らずの幼女に抱きかかえられていた。
「もぉー! ポーアどっかいっちゃ、ッメ! でしょ!」
幼女は兎に対し頬を膨らませながら、プリプリと怒っていた。そして幼女は俺に気付き、表情を明るく、俺に話しかけてきた。
「やっとみつけたぁ! おじちゃんどっかいっちゃ、ッメ! でしょ! ポーアもすぐいっちゃうし!」
「っあ、えっと君は俺と何処かで会った事在るんだっけ?」と、俺は見ず知らずの幼女に不意に話しかけられ、少しだけテンパったがうまく答えられた。
そして、俺はこの幼女をどこかで知ってる気がした。
「よくわかんない? おじちゃんはずっといっしょだよ?」
三歳くらいの見た目の幼女と、まったく会話がかみ合う気がしないと思った。
俺の人生のなかで、子供と触れ合う機会などなかったので、子供との接し方など知る由もない。さらに幼女は俺と面識があるような口ぶりだったが、俺に幼女の知合いはいない。
「えっと、俺は君とは初めて会っと思うんだけど?」
「んーん。ずっといっしょ! けどね!けどね! お父さまとお母さまとねポーアとねジェイじぃとねマリィとエレはおじさん知らないって言ってた!」
これは、知らないおじさんが、幼女に話しかける事案じゃないか?にしても外国人の子供か?日本語普通に話してるけど。
その幼女の見た目は黒髪ではあるが、日本人のような顔立ちではなく、瞳の色もグレーの綺麗な色をしている。俺はその瞳の色を良く知っていた。
「お父さんとお母さんの名前教えてもらって良いかな?」
「――?、おじさんもしってるでしょ? お母さまはシビル? お父さまはジェフだよ?」
舌足らずの言葉で聞き取り辛いが、俺は今朝まで見ていたとても長い夢の事を思いだした。
「っえ… … じゃ… … じゃあ君の名前は?」
「しぇーらはしぇーらなの!」
「シエラだよね?」
「そう! しぇーらなの! おじさんはだれ?」
俺はこの幼女が何を言っているのか、言葉の上では理解出来ていても状況の整理が追いつかず、幼女の問いに対してしどろもどろに答える。
シエラと名乗った幼女は、俺が今朝目覚めるまでの長い夢で、俺自身が与えられた名前を名乗り、俺の記憶の中にある赤子から幼女になっていた。
「あっと、えっ、えっと、っあ俺の名前だよね?」
「うん! …おじさんだいじょぶ?」
俺の心の重心の置き場がない気持ちを察したのか、幼女が心配そうに俺を見つめながら、俺の服の裾を掴んだ。
「っあ! ああ大丈夫だよ! えっと俺の名前だよね」
「……うん。おじさんこあいの?」と、シエラは不安そうにこちらを見つめる。
「怖くないよ? 大丈夫だから! それで俺の名前だけど俺は『瀬戸 巧』って名前だよ。だからおじさんじゃないよ!」と、俺も気丈に振る舞い、サムズアップ付きで返答した。
「おじさんじゃないのわかった! セトね! 分かった!」と、シエラも俺の安っぽい演技に騙され、同じようにサムズアップしてきた。幼女チョロイナ。
「セトは苗字で名前が巧だよ」
「しぇーらよくわかんない! セトはもうセトでいいの!」
幼女はそのまま、俺の呼び方を一方的に決め、そしてまた俺を心配する。
「セトの心がザワザワしてて、しぇーらもザワザワするから、よしよしする?」と、シエラは俺の服の裾を強く、小さな手で握った。
「ザワザワってわかるのか?」
「うん! あのね! あのね! ここがザワザワするの!」
シエラは小さな両手を自身の胸にあてがい説明しているが、俺にはその感覚はよくわからない。
俺はシエラのことを観察し、要領を得ない幼女との会話からどのように情報を引き出すか、模索ことにした。
「あぁそうなのか。ザワザワさせてごめんな。シエラは、俺とずっと一緒って言ったけどどういう事だ?」と、シエラの頭を撫でながら聞いてみた。
「んーん! だいじょうぶ! しぇーらはいいこなの! いっしょはいっしょだよ?」と、シエラは母親のシビルのような、ニコニコ笑顔で撫でられながら答えた。
俺は色々と不思議に感じていた、今朝の夢の出来ごとや静か過ぎる街に中に、シエラと名乗る幼女が現れたことなど、関連性があるのは明白だが確たる証拠は見つからない。
――――事態は現実のようで、すべてが現実離れしている。
「まぁ、立ち話していてもしょうがないし、今からコンビニ行くけど付いて来るか?」
「うん! コンビニ? いく!」
俺は当初の外出目的を思い出し、道の真ん中で話していても解決にはいたらないと考え静かな街の状況確認も含めて、シエラと一緒にコンビニにへと向かうことにした。
傍目から見たら、三十代男性が幼女に話しかける事案が成立しているが、その目撃者もこの街には存在していないようだし、そもそも俺は断じてロリコンではないのだ。
「シエラはコンビニ知らないのか?」
「うん! しぇーらコンビニ知らない! たのしいばしょ?」
「うーん、別に楽しい場所ではないと思うけど、何でも屋さんだよ」
「しゅごーい! なんでも屋さん!? なんでもあるの!?」
俺は兎を抱えるシエラと共に歩き出し、目的地へと向かった。道中でシエラは常にニコニコしながら、俺の服の裾を掴み『ちょこちょこ』と付いてきた。
「何でもって訳じゃないけど、食べ物とか生活雑貨が売ってたりだな」
「よくわかんないけどすごいお店!! 『こぼるとしょうかい』よりすごいかなー?」
「コボなんちゃらは解らないけど、まぁ行ってみればわかるよ」
「うん!」
二人と一匹はコンビニに到着し、俺はふと「コンビニに兎入れて大丈夫かな?」などと呟きながら、コンビニの扉を開け中へ入った。
コンビニの中に店員は見あたらず、店内は明るいがBGMは流れていなかった。
「すごーーーい!!! いっぱいものがある!」と、シエラは目を輝かせながら、コンビニの中をハシャギながら歩く。
「あんまりはしゃぐなよ、店員さんに怒られちゃうぞ」と、俺は軽く注意した。
入店し陳列棚に眼を輝かせているシエラは、何とも愛くるしいく、「セトこれは?」と俺に質問攻撃を仕掛けて来た。
「ねぇセト! これはこれは?」
「これは、お菓子だな」
「甘いの? 美味しい?」
「食べてみるか?」
「うん!! いいの!?」
「別にそれぐらい構わないよ」
「じゃ! これはこれは!?」
俺達は買うものを選び終え、会計するためにレジへ向かうが入店した時と変わらず、店内は人の気配はなく無人のレジのままだった。
「すいませーん。会計したいんですけどー?」
俺は声を張りあげ、奥の事務室に向けて呼びかけたが反応は帰ってこない。
「シエラ、少し待っててくれ」
シエラは「うん!」と頷き、俺はそのままレジの奥の、事務室を覗き込んだがやはり無人だ。
予想していた結果だ。俺はレジの前で待つシエラの元へと戻り、必要性があるかはわからないがメモを残すことにした。
「まぁ、メモ置いて代金置いてけばいいか」
「てんいんさんいないの?」
「うん、居ないみたいだからお金だけ置いてくよ」
俺は小銭がやたらと多い財布から、支払金額を置いて自らレジ袋を取り出し商品を袋に詰め、簡潔なメモを残してコンビニを後にする。
「次はどこいくの?」
「んー、近くに公園あるし公園でもいってみるか」
「こうえん? なんの場所?」
「んー子供が遊んだりする場所だよ」
「たのしいばしょ?」
「行けばわかるさ」
俺達はコンビニから歩いて直ぐの、公園へと向かった。その公園には、昔はよくあった遊具などは子供が危険だからという理由で撤去され、茶色の土と木が数本植わっただけの、公園とは名ばかりの広場だった。
広場の隅には木陰で涼めるベンチがあるので、ベンチで遅い朝食を取ることにした。俺は袋から自分のサンドイッチを取出し、シエラには、『グミ』のお菓子を開封して手渡してあげた。
シエラは兎を自分の横に置き、キラキラした瞳で袋を受け取った。
「わーーー!!きらきらぷにぷに!!」と、袋の口から中を覗き込み、グミを押し潰し楽しむシエラ。
「あー、手を先に拭いたほうがいいか」
レジ袋から、コンビニで貰ってきた小さなおしぼりを取り出し、シエラの指を拭いた。シエラはその間も、待ちきれないのか俺を急かしてきた。
「はやくはやく!」
「まぁ慌てんな、大人しくしないと拭けないぞ」
簡単に手を拭き、シエラはグミの袋から一粒の赤く透き通った色を選び、口へと運んだ。
「んーーーー!!!あまあま!」
「どうだ美味しいか?」
「うん!! 甘くてね!ぷにぷにでね! すごいの!」
ベンチから地に付かない足を、『ブンブン』と前後させながら、興奮気味に感想を教えてくれた。
俺がもし結婚して子供でもいれば、こんな風に休みの日は過ごしてたのかな?などと考えながら、サンドイッチに舌鼓を打つ。
「そういえば、お母さんとお父さんはどこにいるんだ?」
「んー? おうちにいるよ?」
「お家? シエラはここにどうやって来たんだ。」
俺は色々な仮設を考えたが、確証も無いので確認作業をシエラで行う。
「んー・・・あのね。ねるときにね、セトに会いたいってね、お願いするの!」
「寝ると俺に会えるの?」
「わかんないけど、今日はじょうずにできた!」
寝たらここにやって来たと言うシエラに、俺はしばらく手を顎に当て考え込む。今朝見ていたのは夢じゃなくて、むしろこっちが夢の世界なのか?
しかし、夢の世界にしてはあまりにも世界は鮮明で、夏の強い日差しも眩しい、陽の光も暑く、サンドイッチの味も匂いも夢や幻だとは思えない。
「ちょっと確かめたいことがあるんだけど、一緒に来てもらって良いか?」
「うん!つぎはどこにいくの?」
「うー…えっと、着いてからのお楽しみだ。」
俺は確信に近いものが、その場所にあると思い次に行く場所を決めた。多分あの場所に行けば、何かわかるんじゃないかな…
俺は矢継ぎ早に起こったことに、何一つとして解決の糸口を見つけることもできず、ただ状況に指をくわえて待つだけの自分を打破したいと、おもっていた。
しかし、今から行く場所は決して気の進む場所ではなかった。
なぜなら俺は、自分が死んだ場所へと向かい足を動かしたからだ。
10月15日 誤字修正致しました。