-第02話- 真実を知って
――俺が生まれて半年から、さらに数ヵ月がたち季節は少し変わり肌寒い季節になってきた。
できることも多少増え、ハイハイを習得し部屋の詳細をより正確に確認が取れるようになってきた。
俺の部屋には、時計やカレンダーなどはなく正確な暦や時間はわからないが、肌寒さから秋ぐらいの気温であることはわかった。
少し肌寒く感じる部屋の窓から見える木々は、紅葉した葉をじょじょに枝から散らしている。
俺の最近の日課は揺り籠から脱走し、部屋の中の散策をおこなうことだが。すでに部屋の中は調べ付くし、新たな発見もなく日々退屈していた。
部屋の広さは六畳程の洋室で、家具は生まれたときと変わらず机と椅子、それに洋箪笥だ。しかし最初のころはわからなかったが、家具には細かいレリーフ等の細工が施されており、それが上品さと気品のある家具だと見ればわかる。
今も俺が活動している時間帯は、落日から深夜に掛けてに限定されており、久しく見ていない陽の光が恋しくおもう。
俺がそんな風に物思いに浸っていると、本日も母がご飯を与えにやってきた。「シエラ~、ご飯ですよぉ~。」と、母は何処か気の抜けた声で、話しかけてきた。その表情は裏表のないニコニコした表情で、そんな笑顔を見ていると深く考えることが馬鹿らしくなる。
そして、言葉は以前よりも、それなりに理解できるようになった。まだまだわからない言葉も多いが、半年かけて母国語を一切聞かずに外国語だけで過ごしていると、身に付くのも早いようだ。
部屋へ入って来た母の手には、普段のカンテラ以外に見慣れない物がある。いったい何だろう?母の手にしている物からは、甘くそして尾翼をくすぐる良い匂いが食欲を刺激する。
――――本日のご飯は遂に、お乳から離乳食へと変わったのであった。
「あうぅーーーあぅーーー!」
俺は退屈な毎日に、変化があったことに驚き喜んだ。あまりにも嬉しくて言葉にならない声を発し喜んでしまった。
「シエラったらそんなに喜んで、食いしん坊さんねぇ」
「まぅまぅ」
そして、母は俺を抱き上げ、器から口へゆっくり匙を運ぶ。香りはミルク独特の甘く優しい香りと、微かに塩気があるポタージュのような匂いだ。匙は口の中に入り味は広がる。
「どうかなぁ? 美味しいかしらぁ?」と、母は小首を傾げながら聞いてきた。
――俺の心の中に上がった率直な感想は…。なんだろうか?美味いとは言いがたいが、不味いわけでもない。非常に難しい味だ。
一言では言い表せない初めての味だった。ミルクにパンをグズグズに浸したものに、甘く茹でた人参のようなものを潰して混ぜたこんだような味だ。決して不味くはないのだが、赤ん坊の離乳食はこんなものなのかと若干落胆した。
肉が喰いたい!!と心が叫ぶ。
「あまりお気に召さなかったかなぁ?」
母は俺の顔を窺い、作った離乳食の味に対し反応が今一だったのを見て、若干不安だったようだ。折角作って貰ったのに、喜ばないと母を悲しませると思い、大げさに喜ぶのだった。
「まーぅまーぅ」俺は、手をバタつかせながら、不器用に喜びを表現するので精いっぱいだった。
「まぁ良かった~、初めての食べ物だから心配したのよぉ。」
俺の必死のジェスチャーに母の顔に喜色が溢た。
「それと、ちょっと失礼するわね。」
おもむろに母はポケットから、小さなハサミを取り出し俺の頭上で髪の毛を『チョキン』一撮み分の髪の毛を切った。
「これは、遠くにいるお父さんのお守りを作る為の材料にするのよー」と、母は父にお守りを作成するため、俺の髪の毛を材料に使うのだと言う。
ハサミなんて取り出して、なにするのかと思ったが…しかし、お守りを作るのか。
その後は食事を終え、いつものように母が寄り添いながら色々と俺に語りかける。内容はおおむねその日のでき事や、父についてのことだ。そんな母の、楽しそうな姿を見るのが最近は何よりも好きな時間だと俺は感じていた。
それから、少し時間はたち団らんの時間が終りに近づいてきたころ、『トントン』っと扉の向こうから、ノックする音が聞こえた。
「奥様、宜しいでしょうか。」扉の向こうから、お手伝いさんのジェイラスの声が聞こえた。
「はーい。大丈夫よぉー、どうぞー」
『ギィーー』と、扉がゆっくりと開き、ジェイラスが一礼し入ってきた。ジェイラスは、若干申し訳なさそうな顔で、母と俺の方を見ながら告げる。
「奥様、嬢様が御食事中大変申し訳ありません。御無礼を承知ですが急ぎの用の為、お許し下さい。」
ジェイラスは律儀に頭を下げながら、真っ直ぐ見据えながら急用だと言った。
「急ぎの用と言うのは…、何かあったのかしら?」母は少し首を傾げ、心配そうに眉間に皺を寄せジェイラスへ要件を聞く。
「旦那様が、明日にでも此方へ着くそうです。」
対して、ジェイラスは落ち着いた表情で、若干の申し訳なさそうな声色で、手短に要件を伝えた。
『ガッタン!!』
「――――!!」母のそれまでの不安そうな表情は一変し、驚きに口を両手で塞ぎ、大きな瞳は更に開かれ、目元には涙の粒が滲んでいるのが見えた。
「ジェイラス!! それは本当なの!?」
「は。村へ使いに出したしたマリエットが、手紙を受け取り、その内容を私も確認致しました」
「その手紙は、今どこに!?」
「こちらに」
母は勢いをそのままに、ジェイラスから手紙を受け取り、内容を素早く確認している。その姿はまるでプレゼントをもらった少女のような、純粋な喜びを体現していた。
「シエラ!! 貴女のお父様が帰って来るわよ! こうしちゃ居られないわ!! どうしましょう!? ねぇ、ジェイラスどうしましょう!?」と、母は早口交じりで、ジェイラスに詰めよる。
「奥様、落ち着きください。焦らずとも旦那様は明日お戻りになられるので、慎ましく凛とご対応成されれば、問題なかと」ジェイラスはとても穏かで、まるで父親が娘に向けるような表情で答えた。
「っそ! そうよね! 私がこんなんじゃ駄目ね! ちゃんとしなきゃね! お母さんになったんだもんね! ジェイラス、私はちゃんとしたお母さんに見える?」
「はい。シビル様はご立派に、シエラお嬢様の母君をお勤めに成られております。故に何も心配される必要などは御座いません」
「ありがとう。ジェイラス」
――――
一連のやり取りを終え、そこにいた母の姿はハシャグ少女の姿から、母の姿へと戻っていた。
俺も初対面になる、父親のジェフがどのような人物なのかを楽しみになった。そして、ジェイラスが言った母の名前を俺は初めて聞いた。
「それでは、私はこれにて失礼致します。お嬢様、夜分に申し訳ございませんでした。」
ジェイラスは深々と頭を下げ、一礼し扉を後にしたのであった。
「――。よかった…。 本当に良かったわ。」
ジェイラスが去った後の母シビルは、泣いていた。母のそんな風に泣く姿も初めて見た。
――シビルが優しく抱く腕のなかで、俺はまた夢のなかへ誘われるのであった。
◇
また夢をみた。その夢はいつも登場する人達以外に、一人増えていた。生前の自分と同じぐらいの歳の男性がでてくる夢だ。
夢の中で赤ん坊はシビルに抱きかかえられメイド達とジェイラスと共に、男性を迎えるのだった。
生前の俺は、以前と変わらずにただ佇んでいるだけだった。
迎え入れた男性がシビルと赤ん坊の俺を、目に捉えると泣きそうな顔になりながら、二人を優しく抱きしめるのであった。
――――
そこで夢から覚めた。いつもと同じように揺り篭の中で俺は目覚めたが、本日部屋へ入ってきたのはシビルだけではなかった。
「シエラ~、ご飯を持って来たわよ~」いつもの調子で語る母と、
「シエラ、今日はお父さんが一緒だぞ~!」と、夢の中の男。
やって来たのはシビルだけではなく、先ほど夢で見ていた男性が自分を父だと名乗り入ってきた。
初対面ではあるが、夢の男性が父だということは、薄々は察してはいたが、正夢を見たような気分にさせられた。
昨晩のジェイラスの報告を聞いていた俺は、翌日には父親と会うことは予想していたが、夢の中の人物がそのまま目の前に現れたことに、すこし困惑した。
夢についての件に俺は、二つの疑問を感じていた。ポーラという兎耳メイドの件と、変化する内容についてだ。
夢の中の登場人物で、新たに加わった父と、以前と変わらない兎耳。新たに登場人物が増える変化が生じているのに、妄想だと思っていた兎耳に変化はみられない。
俺は夢の件に疑問は持ったが、今は深く考えても赤ん坊の身としては何もできないので、あまり熟慮はしなかった。
そして、俺に本日ご飯をあげる役目は父らしい。ジェフは俺を片手で抱き上げ、もう片方の手には匙を持っている。
「まぅーぱうぅー」と、俺は何となくジェフからのご飯は嫌だったので、軽い拒否をした。
ジェフは、俺の軽い拒否など目に入っていないようで、匙をねじ込まれた。
「シエラ、どうだ?お父様が上げるご飯は美味しいか?」
「あなた? 作ってるのは私なんだから、昨日と味は一緒よ?」
「そういう問題じゃないんだ。雰囲気が大事なんだ」
夫婦で愛娘を愛でながら、難しい味の離乳食を俺の口へとねじ込むジェフ。
「ぎゃーうぅぅー」いつもとは違い、父があげるご飯だからといって別に味は変わりはしないと俺は思いつつ、シビルはいつも以上にご機嫌だ。
「本当にシエラは君に似て可愛い娘だな」
ジェフの親馬鹿発言をする姿を横目に、黙々と俺は離乳食に喰らいつく。
「いえ、あなたに似てとっても凛々しいわ」と、シビルの発言を耳にし内心で俺は、娘を挟んでイチャイチャしないで貰いたいものだと思っていた。
「しかし、この娘は昼間はあんなに私の顔を見て泣いていたのに、夜はとても大人しいな」
「そうなのよねぇ、ジェイラスや他のメイドの娘達の事を、最初は観るだけでも大泣きしてたのに」
日中帯の起きている記憶が無い俺にとって、昼間の俺が泣いているという話に、違和感を覚えた。
「昼間はとーっても人見知りで、特に男の人は今でも駄目なのよ。けど昨日の夜ジェイラスがこの部屋に来た時は全く泣かなかったのよ」
「それでか…。昼間私が帰って来た時に、私を見るなり大泣きをしたから嫌われているのかと思たっよ」
俺は昼間の行動の記憶がないのに、それを指摘されていることに、背筋は冷たくなった。さらにシビルが思いも寄らない発言をした。
「シエラは獣人族の大きな耳が怖いみたいで、ポーラを見ただけで泣いちゃうのよね。あの娘も申し訳なさそうに、耳をいつも隠してるの」と、今聞き捨てならない台詞をシビルは言った。
「そうなのか。私で今泣いていないのなら、ポーラも今なら大丈夫なんじゃないか?」
「そうねぇ、試しにポーラを連れて来ますね」と、シビルはそそくさと退室し、ポーラを呼びに行ってしまった。
俺は、先ほどの会話の中の『獣人族』と言う謎の部族がなんなのかわからず、次第に困惑した頭が熱くなるのを感じた。
「シエラ、この家の者は皆家族だ。怖がることは無いんだよ。」ジェフは優しい声で俺を、諭すように語りかける。
しかし、俺は唐突に舞い込んできた情報に頭の中は混乱し、なにかの聞き間違えではないのか?と考えた。
『獣人族』と言う言葉の指す意味を、言葉通りには到底受け入れられなかった。
『トントン』扉を軽くノックをする音が聞こえ、シビルが入室した。
「あなた、ポーラを連れて来たわ」シビルが入り、続いて入室したのは夢でなんどか見たメイド服の女性だ。
頭には頭巾を被り、頭巾から伸びる白糸のような美しい髪の毛、それを後ろで纏め上げ、瞳の色は赤色に染まり、まるで白兎のような女性だった。
ポーラは深々と、一礼し入室した。
「失礼致します」
「夜の休憩の時間にすまないな」
ポーラは軽い挨拶の会話をする間も背筋を伸ばし、凛とした表情で、微動だにしない動きはプロのそれだ。彼女の服装はメイド服だが、日本の喫茶店にいるようなメイドではなく、西洋の屋敷で働いていそうな、ロングスカートのシンプルなものだった。
「ポーラ、早速なのだが頭巾を取って貰って良いかな?」
「はい、かしこまりました」
彼女は頭に手を伸ばし、頭巾を頭から滑らすように脱ぐとそこに出てきたのは、二つの長い大きな髪の色と同じ白兎の耳だった。
俺の頭は、本日最大限に働かせ続けた結果、すでにオーバーヒート寸前の状態だ。だんだんと、頭が熱くなり意識がもうろうとする。
「どうしたシエラ? さっきより熱くなっている気がするが…」ジェフは俺ににそう問いかける時には、すでに俺の視界は歪み、考える力を失いつつあった。
俺は今の幼い肉体に対し、思考する力が大きく負荷をかけ過ぎた結果脳が、オーバーヒート状態に陥った。
ジェフの腕の中でグッタリした状態の俺に、シビルが気づき俺をジェフから取り上げ確認した。
「シエラ…? あれ… どうしたの? 凄い熱!!――!!」シビルは驚いた表情で声を高く上げた。
「おい! シエラ! 大丈夫か!」ジェフも異常に気付き声をかける。
各々三人が、慌てふためき俺は遂に意識を失った――――
10月15日 誤字修正致しました。