-第26話- 測定
フリッグ団長が練習場を去った後、騎士団の若い長髪の女性がシエラの身体や体力の測定を行うこととなった。
身体測定中のシエラは女性騎士団の黄色い声とともに、まるでベルトコンベアーで右から左に流されるように女性の小脇に抱えられ、機械の組み立てのように規則正しい動きで次々と測定をこなしてゆく。
工場の生産ラインのように規律正しく正確に、最終工程までシエラはただ呆然と流されていった。
『せとぉ~……代わってぇ……』
シエラは慣れないことに疲れ、代わるように要求してきた。しかし、本人が練習をしたいと言いだしたのに、その段取りに必要な鉄続きをないがしろにさせる訳にはいかない。
多少の苦行も、本人が本気で望んでいるのならば我慢させなければならない。甘やかすのは簡単だが、苦労を強いるのはこちらとて辛いのだ。
――だから、達成した時は努力を評価し褒めてあげることが、シエラにとっても俺にとっても良い関係が築けるのではないのかと思う。
「あと少しだから頑張れ。剣の練習に必要な段取りなんだし、頑張ったらよしよししてやるから」
『うぅ……セトのけちんぼ……けど、よしよししてくれるならゆるしてあげる!」
しばらくし、体の採寸は終わったようだ。どうやら身体測定は騎士団員の制服を選ぶために行われたようだ。制服は白のシャツと黒い膝丈までのロングコートにズボンと革製のブーツが共通しているようで、右胸のあたりには、騎士団内の役割を示した勲章があしらわれている。
団員の中でも部隊によって征服の着こなしや勲章以外の装飾も異なるようで、訓練場内で訓練をおこなっている人達だけでも三種類ほど見かけた。
訓練場内には子供の姿はシエラ以外にはなく、子供たちは『少年騎士塾』と呼ばれる孤児院を兼ねた組織で、騎士爵の叙勲を目指して頑張っている。
シエラが仮入団をしたら少年騎士塾へ配属される予定となっており、そこで他の子どもと訓練を行う予定になっていると測定をしていた女性団員が教えてくれた。
女性団員が他にも教えてくれたのだが、騎士は職業資格としての役割が強く、騎士爵を持っているだけで、世襲制貴族の専属護衛に就けたり、フリーランスで要人警護や行商の護衛を受けやすくなるようだ。
王国公認の騎士団に所属することで公務員として安定した収入を得られることもできる。
国家公務員なんて実に羨ましい限りである――。
しかし、騎士を志望したからといって簡単になれるものでもない。騎士になるには二通りの道がある。
一つは世襲制貴族の元で小姓として仕え、将来的に騎士爵の受勲を獲る方法。
二つ目に『少年騎士塾』に入り騎士になる方法だが、少年騎士塾に入ったとしても全員が騎士になれるわけではない。
少年騎士塾は六歳から入塾が可能で、まずは騎士見習いとして一二歳まで教育と訓練をうけてから、準騎士へと昇格する。
準騎士には試験を受ければ騎士爵を受勲する資格があるものの、年間で百人ほどしか合格していないそうだ。
少年騎士塾は平民の階級からでも入塾が可能なので、平民でもお金や伝手があれば誰でもシンデレラストリーを掴むチャンスがあるのだ。
シエラの身体測定をしていた女性も平民からの出で、騎士見習いの時の苦労話を苦笑い混じりで測定後の軽い休憩に話していた――。
「つぎはなにするの?」
と、身体測定が終った後の休憩所でシエラが測定結果を纏めていた女性騎士にたずねた。
「身体測定は終わったので、次は体力測定をおこなう予定になっています。休憩が終ったら、フロントに行って受付にこれを渡してください」
そういって、女性騎士は後ろに控えていたエレノアに先ほどまで書き込んでいた羊皮紙の束を手渡した。
「たいりょくそくてい?」
「えっとですね。シエラさんの足がどれ位早いかや、重い物をどれ位持てるのかを調査する事ですよ。他にも保持できるマナ量を測ったり……ですかね」
女性団員は丁寧に、シエラでも分かるよう配慮しながら教えてくれた。
先程の身体測定もそうだったが、この王国にはきちんとした長さや重さの規格やら、マナを測定するための規格があるようだ。
日本人として一般的な教育を受けていているならば、当たり前のように使用されている多種多様な規格だが、統一した規格をきちんとし認識したうえで使用するというのは非常に高度な文明がなせることだ。
産業、技術、科学の分野において、規格と言う統一されたルールが設けられているのといないでは、大きな違いが出てくるし、安全面においても重要な役割を担う。
分かりやすい例で言えば、電気の規格だ。電流や電圧を制御し規格値に収めることで、日常に置いて安全に便利な道具を使用することができている。
俺がそんな事に関心を寄せていることとはつゆ知らず、シエラの興味は測定内容に深まっている様子だ。
「しぇーら早いよ!! 走るのすき!」
活発な性格であるシエラは体を動かすイベントごとを好むので、先ほどまでの身体測定でへばっていたのが嘘のように元気になった。
それを見た女性団員は母性本能をくすぐられたのか、シエラの頭を撫でて可愛がっている。
「シエラさんは元気ですね。ほんとに素直でかわいいです」
後ろで控えているエレノアは女性団員の言葉を聞き、無表情ながらどこか誇らしげな顔をしている。等の本人であるシエラは褒められてだらしない顔になっている始末だ。
締まらないな……。
褒められると調子に乗りやすいのだが、素直で可愛いという意見にかんしては俺も同意見だ。
「えへへへぇ~ お姉さんありがと!」
女性団員は更に激しく頭を撫でまわしてシエラを愛でていたが、他の騎士団員の引き気味の目線に気付き、小さく咳ばらいをし落ち着いた声を出そうと努める。
「――こっほん。休憩していても終わりませんので、行動に移りましょう! 善は急げです」
頬と耳を薄紅色に染めた女性団員が、話を切り替えシエラに行動に移るように催促した。
「はい!じゃあエレいこ!」
「……はい。畏まりました」
シエラもだらしない笑顔を引き締め、どこで覚えたのか敬礼のポーズをとり元気よく返事をした――。
シエラとエレノアは黒髪の女性団員に教えられ、エントランスへと戻ってきた。騎士団の施設はそれなりの広さで、慣れていないものが歩けばすぐにでも迷子になりそうな広さと、似たような入り組んだ通路が多い施設だ。
教えてもらった道順にそって、三回曲がり扉を開けたらエントランスへと戻ることができた。エントランスにはきた時と同様に、受付の女性AとBがカウンターに座っている――。
「あのぉー! これをお願いします!」
きっとエレノアが居なければ、受付の女性はカウンター越しに透明人間が話しかけてきたと思うだろう。
シエラの身長はカウンターを返して対面に座っていると、ちょうど頭がギリギリ届かない高さになるので、受付の女性が二人同時にカウンターに身を乗り出す形でシエラを発見した。
「測定の結果ですね。確かにうけとりました」
黒縁メガネをかけた女性Aが羊皮紙受け取り、内容を流し見る形で確認している。一通り目を通した女性Aは書類を女性Bに渡した。
「カプリス書類をよろしく。私はシエラさんを案内してくるから」
どうやら金髪ポニーテールの受付女性Bはカプリスと言う名前みたいだ。人懐っこそうな人に特有の大人びた甘い声でカプリスは応えた。
「わかったわ。そろそろ忙しくなる時間だから早めにもどってねリル」
そして、黒髪受付はリルと言う名前のようだ。澄んだ鈴の音のような声が特徴の教養のありそうな美人だ。
「ええ、分かったわ。――それでは参りましょうか」
少し気になるのは、彼女の振り向きざまに黒髪の隙間から見えた耳が、少し長い気がした――。
それから受付のリルさんに案内されたのは、屋外の円形闘技場のような広い施設で、そこには数十人の騎士団員が訓練や体を鍛えたりと、思いおもいに過ごしていた。
円形闘技場内をシエラは見渡すと、先ほどのまで身体測定を担当してくれていた、女性団員とブロドリック卿のような白衣風のローブを着た男性の二人が並んでシエラがくるのを待っていた。
「シエラさんさっきぶりですが、宜しくお願いしますね。それと先ほどは名乗り忘れていましたが、私はセリーナと申します」
「うん!セリーナお姉さん、よろしくおねがいします!」
長髪の若い騎士団員のセリーヌさんは、腰を落とし装着しているグローブを外してシエラと握手をもとめた。シエラそれに応じ、小さい手で一生懸命に握手をした。
先ほどの測定で既にセリーヌさんとは打ち解けていたので、シエラは不安がる様子は見受けられなかった。
「僕はマルクスだよ。騎士団で魔術指導をやってるんだけど、騎士じゃなくて魔術師を生業にやっているんだ。よろしくね」
魔導士のマルクスさんは褐色の肌の爽やかな青年で、金色の髪に真赤な瞳をしている。午前中にあった王宮魔導士の人達よりも、活発でアウトドアな雰囲気がする。
どことなく、学生時代のクラスの優等生を彷彿とさせるいで立ちだ。見た目だけで判断しては駄目だが、文武両道を絵に書いたような見た目だ……。
この世界ではあまり人種的な統一性は無いようで、肌の色や瞳の色から髪の色までバラバラだ。
ただ、一番見かけるのは黒髪の人は多いような気がする。優性遺伝の関係なのかは良く分からないことだが、そういった違いから人族同士での差別はあまりないように見受けられる。
そもそも、人族以外に知性がある種族がいる世界なのだから、同族間の違いなどは些細な違いにしか感じていないのかもしれない。
「それではセリーナさん。引き続きシエラさんをよろしくお願いします。それと、マルクスさんも魔力測定の方をお願いします」
受付嬢のリルさんは、細かい測定項目や内容をセリーナさんとマルクスさんに伝えて、きた道をもどっていった。
「お姉さんお兄さんよろしくお願いします!」
シエラはしっかりと二人に挨拶をし、頭を下げた。前世の俺よりも遥かに社交性がある四歳児だと感心してしまう。これもひとえにジェフやシビルの教育の賜物なのだろう。
――俺も少しは見習わないとならないな。
そして、すぐに体力測定を行うこととなった。まずは筋力測定をおこなうようで、重りがついた木剣の素振りの回数と、短距離走をするようだ。
前世の小学生がおこなうような体力測定の内容とは違うが、これも騎士としては理にかなった測定方法なのだろう――。




