-第25話- 能力検査
シエラの対面に座るのは、四〇代半ばぐらいの筋骨隆々のナイスミドルだ。ロマンスグレーの髪色に短髪のオールバック。その燻銀の髪はもみ上げから顎の先までを無精髭で被い、日本でちょっと昔に流行ったチョイ悪親父のような顔立ちをしている。サングラスをかけたらそれこそ、イタリア映画のマフィア役で出演していたと言われたら信じてしまうだろう。
それでいて、笑顔はどこか見覚えのある優しい面持ちでいるのだから納得がいかない。誰かに似ているのだが、その人物の名前が喉元につかえてでてこない。非常にもどかしい気持ちにさせられる。
「ん? どうしたお嬢ちゃん。俺の顔に何かついてるか?」
会話もせずに、凝視していたシエラにフリッグ第一師団長が沈黙を切った。優しく男らしい低く強い声色も誰かににているのだ。
「おじちゃん、ジェイ爺ににてる?」
――シエラの発言で俺は、はっと気がついた。そうだ、ヴェルゴード家に仕える老執事に似ていたのだ。整った高い鼻筋や鋭い眼あたりが特に似ている。
「お嬢ちゃん知ってたんじゃないのか? 俺の名前はフリッグ・バーナードで、親父はジェイラス・バーナードだ。親父がお嬢ちゃんとこで世話になってるな」
どおりで面持ちが似ているはずだ。それ以前にジェイラスに息子がいることを初めて知った。あの老執事は寡黙であまり自分のことを語ることもない。シエラと俺以外の家族は知っているのだろうが、事前に教えてくれても良い物を……。
「おじちゃんのおとうさまがジェイ爺? じゃあじゃあ、おじちゃんも剣術がすっごいの!?」
シエラは理解が直ぐには追いつかなかったのか首を傾げながら考えた結果、ジェイラスとシエラの最も強い繋がりの、剣術と結び付けてフリッグに問いかけた。
「そうだなぁ……。親父ほどじゃねーがこれでも騎士団長やってるからな。お嬢ちゃんは親父から剣を習ってるそうだな? 話してても今の実力や体力も分らねーから、少しテストすっか」
「てすと? しぇーらね、お勉強はすきじゃないから。てすとだめかもぉ……。」
どうやらシエラは座学のテストと勘違いしたらしく、ピントの外れたことを言っている。
「お嬢ちゃんは魔術も使えるって話じゃねぇか……。机にへばりついてんだからそんなこたねぇだろ。それにテストっつても何も机に座ってするテストじゃねぇよ。体力測定と技量確認の実技テストだ」
フリッグはそのまま立ち上がり「こっちだ」と、入って来た扉とは反対側の扉へと向かって行った。シエラはソファーからぶらつかせている足を可愛らしく地面におろし、フリッグの後を追う。
――エントランスロビーと同様に、小奇麗で明るい廊下を突き進み何度か曲がった先に屋外訓練施設があった。そこには数名の騎士団員が掃除や道具の手入れをおこなっている。
「ここで簡単な技量測定をおこなう。仮入団でも入団することに変わりはねぇし、お嬢ちゃんがお家に帰るまでの間で、教えても無駄なことをタラタラやってても意味がねぇからな。お嬢ちゃんに合った、訓練を考えるのに、先ず何ができるのかを知っとかなきゃならねぇ」
フリッグ団長は実に合理的で、的確な判断をしたようだ。確かにヴェルゴード家が領地まで帰るあいだの時間は限られている。その限られた期間でシエラを確実に伸ばす方法を考案するようだ。
強面で大ざっぱそうな見てくれとは裏腹に、頭の回転も良いようで無駄を嫌うタイプのようだ。
「はい!」と、威勢よくシエラはピシッとした姿勢で答えた。
「それじゃあ、早速だが俺と摸擬戦をやってもらう。親父と普段やってるようにしてもらって構わないからな」
摸擬戦で実力を測るようだ。最もシンプルに相手の技量の見極めができる方法なのだろう。俺も子供のころ道場に通い剣道をしていたので、フリッグ第一師団長の意図を読めた。
「あっ! けん置いてきちゃった……」
王都には誕生日にジェイラスから貰った練習用の木剣は持ってきているのだが、午前中からずっと外出していたので、剣は貴族の館に置きっぱなしになっている。
「大丈夫だ心配する必要はねぇよ。摸擬戦に使うのはここにあるやつから選んでくれればいい」
フリッグ団長は足元にある棺桶のような木箱を開けて、武器を選ぶようにシエラへ催促した。
「ふわぁー! いろんなのがある!」
箱の中には、様々な種類の摸擬戦用の武器が格納されていた。剣の形をしたものだけでも複数あり、他には斧、槍、棍棒、戦槌、弓など、パッと見ただけでも種類の多さがうかがえる。
俺でも見たことが無いような、ヘンテコな武器も入っている。いったいどんな使い方をするかは謎だ。
「この箱の中で、使い慣れている形のを選んでくれ。道具は訓練用に特殊な魔術が施されてるもんでな、こっちにある腕輪を付ければ、体に直接ダメージを受けることはねぇから安心して打合いができる」
フリッグ団長はシエラに腕輪を渡して、付け方を教えた。魔術によってダメージが入らない様にするための装置のようだが、あらためて魔術は便利だなと感心してしまった。
「いっつもとおんなじのは無いけど……。これがいい!」
シエラが選んだ武器は直刀の護拳が付いていない片手剣だ。剣の形はジェフが所有しているサーベルや練習で使っている木剣にも似ている。
しかし、大人が持てば片手剣のサイズにはなるがサーベルのサイズはシエラには片手剣として扱う事はできない。必然的に片手剣を両手剣のように使用しなくてはならないが、シエラの剣術の基礎は剣道が基本となっているので、今までの稽古でも問題はなかった。
「選び終わったか? 俺の武器は腕のリーチの長さを考慮してナイフで戦う。お嬢ちゃんは身体強化系の魔術の使用は認めるが、攻撃系魔術とアーツの使用は禁止にする。他に分からねぇことはないか?」
シエラはフリッグ団長の問いに「だいじょうぶ!」と、返事をし、俺に『せと、お願い』と、頼んできた。
身体強化を最近では夢の中からおこなえるようになったので、俺は集中し作業を開始した。
――轟々と燃えさかる炎を胸の真ん中あたりにイメージし、その炎を今度は全身に行き渡らせる。続けて、深い海の底から水面を見上げるイメージをする。青く澄んだ水が全身を包み込むみ、それを体の内側へと取り込む。
俺の修練の成果の一つである、新たな水属性の身体強化だ。能力は炎が筋力の強化に対して、水は体力面での向上効果がある。
急激な運動での体温の上昇を抑えたり、血の流れを最適化しスタミナの底上げをするらしい。生理学に詳しい訳じゃないが、乳酸とかが筋肉に蓄積しなくなるような魔術なのだと思う。
炎と水の身体強化をまず自分にかけてから、夢の部屋で寝ているシエラの体へ魔術を転写する――。
「準備はできたか? 団員の若いのが開始の合図をしたらかかってこい」
フリッグ団長はシエラが身体強化をおこなっている間に、騎士団の青年を呼んで軽く経緯を説明していたようだ。
団長とシエラは訓練場の真ん中へと進み、対面し武器を構えた。
「珍しい武器の持ち方だな? 軸が体の真ん中に来ているいい構えだ。親父にならったのか?」
フリッグ団長はシエラの構えを見て、少し不思議そうな表情をした。こちらの世界の剣は斬るよりも、叩くとか突く言う表現が正しいような武器だ。多少切れ味が落ちても、鈍器として扱えるように重さも求められており、戦闘開始時の動作を早くするために最初から振りかぶった状態に近い構えがほとんどだ。
対してシエラの構えは剣道の構えと同じで、斬る事を前提とした動作の構えかたをしている。今持っている軽量型の片手剣も切る事を前提としている武器なので、間違いではないだろう。
「これはとくべつなの!」
シエラは俺に教わったとも言えず、はぐらかすように言った。すでに両者は準備が終り、お互いが一〇歩ほどで剣が交わる距離で対している。
「まぁ、話してても進まねぇからさっさとやるか。じゃあ合図してくれ」
二人は集中するために口を継ぐんだ。俺は張詰めた空気がこちらまで伝わってくるのが感じ、生唾を飲んで見守る。
そして、青年は両者の顔をみて心の準備ができたと判断し合図を出した――。
「はじめ!!」
――――
「――まっじかよ!」
フリッグ団長が一瞬声を出したのが聞こえた瞬間に、シエラは後方へ吹き飛んでいた。
すぐさまシエラは起き上がり辺りを見回し、なにが起こったのかを理解しないようでキョトンとしている。
「あれ? けんどっかいっちゃった……」
俺もあまりに早すぎてなにが起こったのか正確に理解できない。スマートフォン越し見えたのは、開始と同時にフリッグ団長の顔がアップになったと思った次の瞬間には地面が見えたことだけだ。
「剣ならあっちにすっ飛んでったぞ。つーかお嬢ちゃん怪我はねぇか? 油断してなめてかかった俺もわりぃが、防がれた後の事も考慮しろよな」
「えっと……? 何でしぇーらおじちゃんの後ろにいるの?」
フリッグ団長の言葉からシエラは一撃を入れようと突っ込んだが、カウンターを受け後方へと流されたようだ。
シエラは自分がどういった状況か理解が追いついていないようで、辺りをキョロキョロと見回している。
「なんで、お嬢ちゃんが分ってねぇんだよ…… 開始と同時にお嬢ちゃんがすっ飛んできて、俺の横っ腹を狙ってきたから受け流したんだろうがよ」
「ふぇー…… しぇーらまけちゃったの?」
そもそも勝ち負けがある戦いではないが、シエラは負けず嫌いな性格なので少しショックを受けているようだ。
「勝った負けたの問題じゃねぇんだがな…… しかし実力は大体わかったからこれで終わりだ。後は団員の若いやつの指示に従って動いてくれ。終わったら今日は帰っていいぞ」
フリッグ団長の笑みは消え、少し困惑したような表情でシエラに今後の予定を伝えた。
「もう終わりなの? もっとやりたかったのにー……」
シエラは負けを引きずっているのか、少し物足りなさそうな表情で不満を漏らした。
俺も今のシエラの正確な実力を把握していなかったが、瞬時に移動できるほど運動能力が高いとは思ってもみなかった。普通の四歳児ではありえない動きをしている。
正直なところ、俺はシエラの成長に対して普通であって欲しいという願いから、ちゃんと見ていなかったのかもしれない。
今のシエラの動きは、魔術で底上げされただけでは無しえないような動きをしている。シエラの体の力加減は普段俺も共有しているので分かるが、俺にはあんな動きはできない。
シエラの成長速度は明らかに異常だ……。




