-第20話- 王都
ヴェルゴート家一行は、王都アガルヘイムの手前に掛けられた橋のたもとで、検問所の列に並んでいた。
王都への入口の橋は近づけば近づくほど、その大さに驚かされた。馬車が六両並んで走っても余裕がある幅に、橋のたもとから見る馬車の列の先には街の中へと通ずる門がそびえている。
「ばしゃ、いっぱ~い」
「そうねぇ~、まるで祭りみたいね」
馬車の並ぶ列を見ながら、シビルはニコニコと窓に張付いているシエラに答えた。
旅の道中でジェフに聞いた話だが、魔王が王都に到着したらこの橋を渡り、そのまま王都の入口からパレードをしながら城に進むようだ。
そういった、人々を喜ばせる催しがおこなわれるためか、周辺の町や村からも人々が集まり長蛇の列の原因をつくっている。
並んでいる馬車の列のあちらこちらで、浮かれる者や長蛇の列に苛立つ者の姿が見える。橋を塞いでいる馬車の原因になっているのは商人たちだ。商機を見逃すまいと商人たちは砂糖に群がるアリのように王都へと集まっているのだろう。
「――まだ……、かかりそうですね……」と、エレノアがポツリと呟いた。
ジェフもシビルもそんなエレノアの呟きに、苦笑いを浮かべている。
馬車や人の列が橋を塞いでいるため、身分に関係なく待たなくてはならない状態のようだ。貴族なら普段は優先的に通れるようだが、この混雑状況なら仕方が無いことなのだろう。
軽装の衛兵達が荷馬車を検閲するため、先頭の方でてんてこ舞いに周りながら橋の上を行ったり来たりしている。この分だと、エレノアが呟いたようにしばらくかかりそうだ――。
楽しみが目の前に迫った長蛇の列で待たされる光景は、小さい頃に俺が家族で行った遊園地の入口を思いだす。
小さい頃の俺は、落着きがなく入場前に浮かれすぎて両親に叱られたものだ。シエラは俺とは違い、上品に待ってはいるが内面では必死に抑えているのか、夢の部屋にはソワソワとする気持ちが流れ込んでいるようなきがする……。
◆
――それから日が傾き始めてからようやく、検問所の手前の長蛇の列を抜けられた。
そして、楽しみにしていた巨大な門をくぐり抜け、ついに城壁の内側へと入ることができた。
馬車の中から見る街並みは、火山岩で作られた石煉瓦の濃い灰色を基調とした色合いで、全体的に落ち着いた色合をしている。
想像していたよりもすこし地味なのは否めないが、厳かで歴史を感じさせる街並みだ。
街並み以外にもイメージと違った部分は、通行人の五分の一ぐらいは他種族だったことだ。獣人族や魔族と思わしき、二足歩行する猫やら犬耳の人間が歩いていたりする。
人族が暮らす最大の都市と聞いていたので、他種族の割合はもっと少ない少ないと思っていた。
他種族が歩いているのを見て、密かに期待していたファンタジー世界の代名詞とも言える、森の民は見当たらなかったのが少し残念だった。
そんな街並みを歩く人々を見ながら、俺はこの世界の文明は所詮は中世レベル程度のものだと思っていたが、そんなこともなかった。
街灯や水路等のインフラ設備が整えられ、計画的に作られた大規模な魔方陣型に区画整備された街並みを見る限り、測量技術や建築技術が発達しているのだろう。
ここまで整備された都市を作るのには、膨大な時間と緻密な計画がなくしてはありえない。
目抜き通りの両脇を立ち並ぶ建物の高さも、三階建て相当が軒を連ねている。馬車の進行方向で圧倒的な存在感を放つ王城も、前世で見た日本の高層ビルに迫る高さだ。
「ふふふ。そんなにキョロキョロして珍しいのね」と、シビルが窓に張付いて景色を見ていた俺の頭を撫でながら話し掛けてきた。
「はい! 見ていて飽きません!」
変わり映えの少ない屋敷生活を送っていた俺にとっては、異国情緒あふれる景色は旅好きの飢えきった探求心を存分に満たしてゆく。
「ははは。じゃあ城の中はもっと凄いぞ」
「そんなに凄いんですか?」
ジェフが顎を撫でながら誇らしげに城の中に付いて語ってくれた。
「人族の英知を集めた場所だからね。まさにこの世界の中心と言っても過言では無いほどの美しさだよ」
じょじょに近づく城壁を見ながら、期待に胸が膨らむ。
しかし、ここまでの旅で王城に入ることに少し後ろめたさも感じていた。
――階級社会が当たり前のこの世界で、一般庶民は城の周辺にすら近づくことはできないそうで、貴族という階級があって初めて中に入ることが許される。
この世界に転生してから、貴族だからと言っても日本の生活水準に比べれば、不便だと感じていたが、王都に来るまでの間にその認識は変わった。
どこの街中にもボロ布を羽織り骨と皮だけの浮浪者や、物乞いをする子供達を目撃した。日本であんな浮浪者や子供を見たら、警察か病院に連れていかれそうな程に酷いありさまだ。
シエラの中に生まれ変わっていなければ、あんな風になっていたのは自分かもしれないと思うと、自分の認識が贅沢なものだったと知ることとなった。
この体の主役は俺では無いが、安全と生活がある程度保障されていることに感謝しなくてはならない。
思考を巡らせながら街を眺めていたら、あっという間に王城の手前までやって来た――。
城壁の手前には、日本の城と同じように深い堀で囲まれており、対岸には城壁が垂直に高くそびえている。城門の前には跳ね橋がかけられており、鉄製の門には複雑な魔方陣と龍が描かれている。
エレノアに少しばかり魔方陣について教えてもらったが、あんな複雑な術式は見たことが無い。それに龍も魔方陣の一部なのだろうか? 魔方陣と龍を文字で繋いで……いる……?
「止まりたまえ!」
馬車は橋の手前で、守衛を任されている重装備の衛兵に大声でとめられた。
「――ヴェルゴート子爵です。令状はこの通り」
エレノアが御者台の上から身を乗り出し、兵士に令状を見せている。
「ふぅ……。本当に入るのにも一苦労ね」と、シビルはこの旅の最後の足止めに愚痴をこぼした。
「まぁそう言ってくれるな。彼等も仕事だからね」
ジェフは優しい口調でシビルをたしなめた。しかし、シビルが愚痴をこぼすのも無理もない。長旅だったうえに王都の手まで長時間またされ、城門の手前でもこうだと愚痴の一つも言いたくなるだろう。
ヴェルゴート領は土地の大半を針葉樹の森が占めている、牧歌的な雰囲気が似合う田舎なのだ。煩わしく待たされることも無いし、街の喧騒でストレスを抱えることも無い。シビルも旅の終わりに安堵したのか、疲れがどっとでたようだ。
「お待たせ致しました……」
兵士と話を終えたエレノアが、御社台から顔をのぞかせ無事に話が終わったことを告げる――。
その後は城門を潜り、城の敷地内に入った所で馬車から降りて、慌ただしく兵に案内されるままに、あれよあれよという間に、貴族専用の別邸の客室に到着した――。
楽しみにしていた城の中をゆっくり見れなかったのは残念だが、いろいろと兵士達も予定が押しているのだろうし、遊びでもないので文句は言えない。
部屋に入ってすぐに待機していた、王城勤めの侍女達に着せ替え人形のように正装へ着替えさせられれそうなので、俺は慌ててシエラと交代をした。
ジェフは別室で着替える為に、客室に入る前に別れたところだ。
女性陣の着替え中なので、俺は夢の部屋でベッドに横たわりながら外の音声だけを聞いていた。
「レディヴェルゴート、こちらが今王都の流行りになります!」
「あらあら! 去年はこっちの色が流行りだったわよね? もう、新しいのが出たのね!」
「あら!お嬢様!とても可愛らしゅうございます!」
「ふりふり~~」
「……お嬢様は……、領内では最も……、麗しいですから……――」
大変盛り上がっているようで、着替えをとっかえひっかえに色々と試着しているようだ。
女性人の着替えが終るまで、俺は城の中の景色を思い出していた。
――城の中は少ししか見られていないが、白く光沢が出るまで磨かれた大理石の床と柱に、畜光魔石のシャンデリアや赤を基調とした装飾品が、神聖さと豪華さを演出していた。
見物できたのは城の入口にすぎないが、きっと玉座の間とかはもっと凄いことになっているのだろう。
貴族が滞在するのは城の敷地内にある四棟ある専用の館なのだが、ヴェルゴート家もここの一棟を利用することになった。
館の内装はヴェルゴート家よりも豪華で、建物自体が我が家の三倍近い大きさだ。そこに、数世帯の貴族が滞在するらしいのだが、まだ他の貴族はきていないようだ。
『セト~お着換え終わったよ~! このままごはんだけど、しぇーらがたべたいけどいい?』
「いいぞ。いいっておいで」
シエラは着替え終わったようでそのまま夕食を終えるまでは、夢の中で待機することになった。シエラの申し出を俺が断ることは無いのに、何かと気を使っていつも一声かけてくれる。
エレノアは先に部屋を出て、王城勤めの侍女の手伝いのために厨房に向かったようだ。シビルとシエラも侍女に連れられるままに食堂へと移動した。
食堂は十人以上が座れそうな、長方形の大きなテーブルに既にジェフが奥の方でワインを飲みながら待っていた。
「二人とも、とても綺麗だよ」と、二人に気付いてジェフは声をかけた。
シビルは鷹揚な笑顔でスカートの両端をつまんで会釈した。シエラもシビルの真似をして、あたふたと会釈をした。
シビルは普段は飾り気がないドレスを着ていて素朴な美人といった感じだが、髪をばっちりとセットし、体のラインが目立つようなドレスを着ていると、映画に出て来る女優のような美しさだ。
「君もワインで大丈夫かい?」
「ふふふ。じゃあ私も頂きますね」
「おとうさま! しぇーらも! しぇーらも!」
「シエラにはまだ早いから、果実水を出してもらおう」
シビルにワインを注いでいる腕の太いギャルソンに、ジェフが料理の提供と果実水を頼んだ。
何であのギャルソンは、あんなに筋肉質なんだ? 案内してくれた兵士達より明らかに体格がいいし、顔を皺くちゃにした眩しい笑顔が若干怖い……。
運ばれてくる料理はどれも繊細に飾り付けがされており、フランス料理に近い物を感じるが、使っている食材は見たことも無いものが多い。
俺はフランス料理に詳しいわけでは無いし、ましてや海外の食材なんて良く分からなかったので、前世の世界でも存在した食材かもしれない。アーティチョークですら、死ぬ一年前ぐらいにテレビで知ったぐらいだ。
料理はコース形式で順々に運ばれ、そのたびに俺はシエラと交代しなければよかったと、少し後悔した。
――この日は夕食を食べたあとは、家族三人で食後休憩取った後は早々に寝支度をして一日が終わった。




