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-第19話- 旅路

 ――屋敷に、騎士ウェルナーが来てから数日。


 俺は揺れる馬車の中で、ジェフとシビルの間に座っている。


 すべては、あの騎士が持ってきた羊皮紙の巻物からはじまった。巻物の内容を掻い摘んで要約するとこうだ。『魔王がこの国にくるから、国中の貴族は家族同伴で王都で出迎えろ』おおむねこんな内容らしい。

 魔族の国『メルカトルフ魔王国』と人族の『アガルム王国』の間には、国交関係が結ばれて六〇年がたつそうで、魔王がアガルム王国にわざわざやってくる目的は、俺の知るところではない。

 他国の要人がやってくるのだから、それ相応の目的で訪れるのだろうが、憶測の域をでない。子供に与えられる情報なんて、たかが知れている。



 貴族の娘の為に、国の最高責任者が貴重な時間を割いて会えるかはわからないが、これはチャンスなのかもしれない。魔王は異世界で最高クラスの魔術が使えると聞いたし、もしかしたら、俺とシエラの問題の解決の糸口になってくれるかもしれない。



 高望みはしないが、かすかな期待を胸に今は王都へ向かう馬車の中で、ゆらゆらと揺られている――。



 シエラは馬車に乗って三時間ぐらいで、景色にも飽きて夢の中へ引っ込んできた。外の景色は俺も興味があったので、交代しんがら車窓から望む風景をのんびりと楽しんでいる。


 ――暖かな乾いた風に、牧歌的に広がる草原の新緑が気持ちよさそうに揺られている。王都へ向かう街道は石畳で舗装されており、馬の蹄が石畳を鳴らす音は規則正しくリズムを刻み、春の陽気と相まって眠気を誘う。


 御者はエレノアが務めており、魔術で揺れを軽減しているらしい。今回の旅路の護衛や身の回りの世話は、全てエレノアが一任している。

 本来で在れば、ポーラが旅路の世話役に一番で名乗りをあげるものだと思っていたのだが、メルカトルフと獣人族(ビースティア)の国のヴォルフ獣帝国は敵国とまではいかないが、決して良好な関係ではないらしい。なので、今回の『王都アガルヘイム』へは獣人族(ビースティア)のポーラを連れていくのに、難があったのだ。


 エレノア以外は屋敷に残り、領主業務の代行をおこなうとのことだ。エレノアがたった一人で護衛をするには荷が重い気もするが、ジェフは屋敷からサーベルを持ってきている。


 そもそも、この国で貴族を襲う馬鹿な人間はいないらしい。貴族の証の『アエスターティスの牙』をもっているからだ。

 盗賊などのならず者も、貴族と真っ向から戦って生き残ることはできないし、万が一、奇襲や罠で牙を奪ったとしても、牙は『英雄の血族』でないと力をまともに発揮できないらしい。

 それに、牙を奪ったとなれば国を挙げて奪還のために、大軍を率いて報復にやってくるそうだ。


 貴族を襲うのには、あまりにもリスクだらけで割には合わないそうだ。


 では魔物はどうかと問われれば、人を襲う魔物はいるにはいるそうだが、街道や街や村などの人が往来する場所の周囲は、定期的に魔物を討伐して回っているそうだ。なので、めったなことが無い限りは襲われることもない。


 異世界ラノベでよくある、旅にでた主人公が速攻でモンスターや盗賊とエンカウントするなんてこともない、心配するのも阿呆らしくなるような安全な旅だ。

 前世の知識だが、英語で旅を意味するトラベルの語源は、苦しみだとかそんな意味だった気がするが、異世界での旅は思ったほど苦でもない。むしろ、知的好奇心をくすぐられて、童心に帰ったような高揚した気分だ。


 見える景色も平和そのもの。優しい両親に挟まれる娘に、車窓から見える雄大な草原、暖かな日差しに、羊飼いが遠くの方で羊の群れを先導している牧歌的な風景。



 争いごとからは程遠い平和な風景だ。


「お父様。今日はどこに泊まるんですか?」と、何も無い草原と遠くに見える森や山に、人が近くに住んでいる様子も無いので、なんとなく質問してみた。

「今日はこのまま順調に街道を進んでいければ、王国軍の駐屯地と宿場町があるから、そこを利用する予定だよ」


 軍備や物流のための、宿場町が今日の寝る場所なのか。この世界の物流の足は、基本的に馬で行われているようなので、国の中にそうした宿場町や、防衛の為の砦が必要なのだろう。

 電気や水蒸気といった地球でのテクノロジーの代わりに、魔術が発展はしているが、決して魔術は万能なわけじゃない。その、最たるものが物流や情報伝達の速さだ。


「あと、どれぐらいで付くんですか?」

「馬車は飽きてしまったかな? そうだなぁ……夕刻には付くだろうが、まだまだかかるから、お手洗いに行きたかったら言いなさい」


 ジェフは優しい口調でそう告げた。シビルは馬車の揺れが心地いいのか、横で座ったまま寝ている。俺も普段は寝ている時間帯なので、好奇心と眠気の狭間で次第に瞼が重くなってきた。



 俺は風景を見ながら次第に働かなくなってい行く頭で、考え事をしていた。


 魔術は万能ではないが、使い方次第では地球のテクノロジーに匹敵する便利さはあるだろう。よくあるWeb小説やライトノベルの主人公は最初から、チート級の能力や魔力があったり、前世の知識でなんでもこなすが、俺にそんな特殊な能力は備わっていない。


 それに……、目立つ行動をとりたく無い俺にとっては、あまり意味がない。


 だって、子供がそんな発明や能力があったとしたら、悪目立ちするに決まっている。出る杭は打たれるだろうし、慎重な行動こそが長生きの秘訣だ。……前世ではズボラがたたって死んだが、それも過ぎたことだ。過ちは繰り返さなければいい。


 そもそも、日常的に使っていた道具の使い方は知っているが、仕組みまでは細かくは理解していない。


 前世での職業に関わることなら、専門的な知識は有していても、今のところ役に立つとも思えない。


 それに、体の主はシエラなのだからシエラが思い描いた夢を実現してくれるのが、俺としては本望だ。俺が出すぎた真似をするのも悪い影響を与えてしまうだろう。


 などと、まどろむ意識の中で考えながら、ジェフの腕にもたれながら意識が遠のいてゆく――。






 ――何度かの馬の休憩を挟んで、旅路は順調に進んだ。景色も草原から広葉樹の森の中へと移り、夕日が沈む前に宿場町に到着した。


 町は石積みの外壁に囲まれた中にあった。街道に繋がる大きな木の扉の両脇に建てられた見張り小屋に、鎧と槍で武装した兵士が門番をしている。

 エレノアは見張り小屋の横に馬車を停め、門番に話しかけた。


「――ヴェルゴート子爵とその家人一行です。町の長に取次を願いたい……」

「了解した。その前に証明書などはお持ちでないか?」と、門番がエレノアに尋ねると、騎士ウェルナーが持ってきた巻物を無言で見せた。


「ふむふむ…… 確かに。では使いを走らせるので、町主の館まで行ってくれ」


 門番とのやり取りを終え、エレノアが一礼し御者台へと上がり馬車が動き出した。


 ――門をくぐると、石造りの建物の前には露店が並び、賑わいを見せている。コル村の素朴な賑わいとはまた別の、雑多で散らかっている感じだ。

 コル村の建物ほど統一感は無いが、雰囲気は前世での卒業旅行に行ったヨーロッパの街並みに似ている。


 目抜き通りをぬけてしばらく馬車を走らせると、町の入口付近のゴタゴタとは雰囲気が一味違う、閑静な屋敷が数件並んだ場所へきた。

 ジェフの屋敷より小さいが、それなりな屋敷が左右に並んでいる。一番奥に見えるひときわ大きな建物が町主の住宅のようだ。


 辺りは暗くなってくると、街灯に明りが灯りはじめた。明りは水銀灯ほどは強くないが、道を照らすには十分だ。


 屋敷の前に馬車をとめ、エレノアが屋敷の中に消えていった。その後は町長の計らいで、屋敷に泊めてもらうことになり初日の旅は終わった。



 翌日はエレノアが軽い買い出しをしたあと、すぐに出発をした。


 ――旅はそうして馬車で、村や街を経由しながら王都を目指した。貴族の身分は非常に便利で、職権なのか旅の行く先々で厚遇を受けていた。

 道中はシエラに交代したり、ジェフやシビルに色々と教えてもらいながら、楽しく過ごすことができたので、あっという間の旅だった。


 そんなこんなで無事になにごともなく、十日の旅路はあっという間に終わりを告げた。


 旅の最終目的地の『王都アガルヘイム』


 その手前の小高い丘に馬車はとまった。






 ――高く青い空に切りたった山巓は剣のように鋭く、山の中腹より上は真っ白な雪に覆われている。小高い丘から見た、霊峰アガルム山脈は神々しさすら感じる、雄大な景色だった。

 山脈の麓には、巨大な白亜の城を中心に放射状に区画整備された街が広がっている。


 自然と人工物が一体となり見事な景色を生み出している。


 俺はただ言葉を失っていた――。


 前世でも、旅行であっちこっちを巡ったが、今まで見た景色の中で、これほどの景色は見たことがなかった。


 『王都アガルヘイム』は霊峰アガルム山脈の麓に築かれた都市で、城を中心にダーツボードのような区画整備された都市だ。尾根の間にできた川を街の中へ引き込み、街の中には無数の水路が張り巡らされている。

 外周は今回の旅で最初に泊まった、宿場町の外壁よりも遥かに高く、目測で二〇メートル以上はありそうだ。それにエレノアの話では、王都全体が巨大な魔方陣の役割も果たしているらしく、山脈からの鉄砲水や雪崩に対して、外壁と魔法壁での二重の対策をしているらしい。


 俺がこの景色を見ている場所は、王都から少し離れた小高い丘の上だ。丘と王都の間には、川幅にしてタンカー3隻が通っても余裕がありそうなぐらいの、広い河が流れている。

 そこに、重厚な石橋が掛けられており、多くの馬車や人が橋を渡っている景色が見える。



 ――この景色を見る前に、寝ていた俺をシエラが大声でたたき起こして、到着を知らせてくれた。


『セトセトセトセトセト! おきて! ねぇ! おきておきておきて!!』

「ん? 何だ? まだ交代の時間じゃないだろ?」

『ついたの!! おっきいの!川も山も街も!! だから早くおきて!!』


 と、凄まじいテンションで夢の部屋に大音量のアナウンスが流れた。俺は耳を両手で塞ぎ、のそりと起きてシエラと交代した。そして、この景色を見るにいたったのだ。


 ひとしきり景色を楽しんだ後は丘をくだり、橋の手前までやって来た。

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