表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/27

-第01話- 生れ変わり

 今日、俺は今から死ぬと思います――――


 『瀬戸(せと) (たくみ)』は残念ながら誰にも看取られず、事件性もなく、誰の責任問題も問われることのなく、自己責任の事故で平凡に生きてきた三十年と数ヵ月に終止符を打ち、この世を去ります。


 沈む意識のなかでそんなどうでもいい、自分を閉める言葉を考えていた。


 俺の体からは、止め処なく血は流れ体温が奪われていく。体の奥から温もりがなくなっていき、先ほどまで激痛に悶えのたうち回っていたが、もうその気力も無く、苦痛すら感じなくなってきた。

 喉の奥から溢れでる血液を吐き出すことができずに自分の血で溺れて、息もできない。


 意識を必死で繋ぎとめようと、それが無駄だということはわかっている。しかし、諦めてしまったらこのまま自分の存在が終ってしまう。そんな恐怖に抵抗はつづけるが、水面に沈み行くような眠気に抗うことは虚しさすら覚えた。


 俺は死へと向かい沈み行く意識のなかで、幻なのか現実なのか判別も付かない、奇怪でおどろおどろしげな様相のものを目撃した。それは、俺の血溜りから黒い芽を息吹かせ、瞬くまに蔦と茨を増殖させながら歪に伸ばしていった。


 俺の体の上を、茨が蛇が這うように締めつけていく。

 もう既に、抵抗するだけの力を出すこともできず、黒い茨の波に飲まれて沈んでいく。

 茨のなかで視界は黒一色に染まり、俺の耳元で誰かが囁いた。


 その声はせつなく、しかし甘く優しい声で耳元に吐息がかかるほどの距離から聞こえた。


「待っていたのよ…」

 

 最期に意識を失う直前に、その声を聴き眠りについた――――




 俺は微睡む意識のなかで、朝の陽を浴びながらフカフカのベッドの上で目覚めるような、いつもと変わらない朝がやってきたのだと淡い期待をいだき覚醒した。体は軽く、まるで重力の支配から解放され空を自由に飛んでいるかと思わせるぐらい、何も感じない。


 視、聴、嗅、味、触の五感すべての感覚を失い、―――何も感じないのだ。


 しかし、第六感ともいえる心だけは感じる。俺は『自分』の存在の有無に不安を感じたが、五感を認識することができない状況下では証明のしようがない。


 しかし、意識は明瞭になり、余計な疑問と不安が浮かびあがる。


 なぜ、五感を感じないのか?意識を失う直前におきた現象は?声の正体は?ここはどこだ?いまはいつだ?


 ――――


 『心』に浮かび上がるいくつもの、疑問が不安を増幅させ、確認できないことが恐怖をじわじわと膨れ上がらせ、心を侵食していく。

 俺の心を蝕みつづける恐怖に、希望を積み重ねることで精神の均衡をとろうとする。

 今はただの夢の中だ。きっと、あの事故の直後に救急車で病院へと運ばれ助かったんだ。目がちゃんと覚めればいつも通りだ――――……



 そんな都合がいいことが、ないと分かっている!


 あの惨状から無事に助かるはずがない。死んだ経験をしたつもりはないが、あの苦痛や目に見えた範囲での体の状態から、今後の社会生活はおろか一般生活すらまともに送ることはできないだろう。

 よくて、一生を寝台の上だ。

 ありもしない希望は泡のようにはじけて消え、希望の代わりに恐怖の波は高さを増し、ふたたび精神の均衡が保てなくなっていく。もう、なんの希望もみいだせない。


 俺は、恐怖に押し潰されそうな心を、思考を放棄することで逃げた。


 思考を捨てたところで、逃げた事にすらなっていないのも分っている。


 ――――


 それから、どれくらいの時間がたったのだろうか。


 心だけを切り離された真っ暗やみのなか、心が死ぬのを待つだけだった。唯一、残っている心の感覚は極限までに研ぎ澄まされ、外部刺激を渇望した。


 そして、感覚への渇望は現象をとらえた。


『ッボ!!』と炎が上がるような音が、心の内側から響きわたった。


 それはまるで俺が望んでいた、心の死(・・・)への願いを否定するかのように、火力をじょじょに上げながら、燃え広がっていった。

 やがて炎は、俺の内側から外側へと火の手を広め、周囲を焼き払うように囲っていく。恐怖に押し潰され、希望を捨て、あきらめていた心は炎によって俺を蘇らせてくれた。

 その炎はやがて、勢いを弱めて消えそうなほどの小ささになっていった――――


 そして、炎が消えると同時に『ストッン』と何かに落ちた。




 ――――足のつま先の先から、徐々に感覚を実感し、やがて全身の感覚を感じられた。小さく内側から聞こえる自分の鼓動の音や、血の巡る温かみが分かることに、内心ホッとした。

 しかし、目を開き周囲を確認しようとしたが、どうにも視界が悪い、全体的にピントが合わず、ぼやけて見える視界。

 耳に届く音もどうにも篭って聞こえづらい、そして声を出そうと口を動かすが。


「あうぁ~あ~」


 自分の口から発せられた音なのだが、あきらかな異常にきづいた。発音ができないし、なにより歯がないのだ。

 声だけではなく、ほかの異常事態にもじょじょにきづいた。

 まず、首に力が入らず、頭を動かすことができない。ほかにも腕や足から指先まで、全身に力が入らず、思い通りに動かすことがむずかしい。


 そして、先ほど聞こえた自分自身の声が異常に高くて、赤ん坊に似ている。


 一つひとつ状況を整理しながら、手足をバタバタと動かしていると、『ギィィー』と、扉を開けるような軋む音が聞こえた。そして誰かが小走りでこちらへと近づいてくる。


「-----、-------」と、女性の様な声が聞こえた。


 俺が今まで聞いたことのない、理解不能な言語で話しかけられている。あきらかに、日本語ではない言語だ。

 

 そして、その女性は俺の体を抱きあげた。


 女性と思わしき人物はゴソゴソと動き、おもむろに俺の唇の当たりに弾力のある突起物が接触した。それは、甘く懐かしい香りがし、優しく暖かな空腹に訴えかけるような匂いだった。


 俺は今、自分がどのような状況かを客観的に分析し、何をされているかを察した。

 ――それは間違いなく女性が、俺に授乳しているのだという結論にいたった。


 俺は匂いを察知してから、自分が空腹であることに気が付いた。

 空腹に耐えかねた俺は、気恥ずかしさを忍んで、歯が生え揃っていない歯茎の部分で噛むようにそれを口にした。

 口の中には、甘くてかすかな塩気をふくんだ濃厚な味の液体が入ってきた。異常なまでに味覚が繊細になっている。


 大人(・・)になってから、母乳を飲む経験をするとは思いもよらなかった。

 そして、母乳を与えてくれた母親と思わしき女性はそのまま自分の傍らで、横になり頭を優しく温かな手で撫でてくれている。


「-----、----、---」よくわからないが、女性は話しかけ続ける。


 女性は、俺の頭を撫でながら知らない言葉で話しかけているのだが、その声は自然と心が落ちつき、安らぐものだった。

 何を言っているのかは分からなかったが、きっと生まれたばかりの赤子(・・)にとても愛がこもった言葉を送ってくれているのだとおもう――――


 それから少し時間がたち俺は心に余裕ができたので、一気におこった出来事を振り返り、考えた。

 俺は事故で死亡し生れ変った。生まれ変わった先は日本では無いどこか別の国(・・・)なのでは、ないかということ。


 俺は自我を、前世から引継いだ状態で新しい人生のスタートラインに立ったのだと思う。死ぬ前後の苦痛や、苦悩、不安な状態から解放された俺は、疲れがどっとでたのか母親の優しい手の動きに安堵したのかはわからないが、意識はゆっくりと眠りへと誘われた――――




 夢を見た。


 暖かい春風が吹込む窓辺のかたわらで、揺り籠を微笑みながらのぞく綺麗な女性。


 赤ん坊の頭に頬ずりし、慈愛に満ちた暖かな眼差しを向けている。


 黒色の長い髪は透き通るように美しく、大きなグレーの瞳に、薄紅色の頬、白いあまり飾り気の無いワンピース型のドレスをきた、母とその子供の夢。


 その場には、生前のスーツ姿の俺が佇んでいた。


 心地のいい穏やかな、夢だった。


――――


 俺は、そんな夢を毎日のように見続けていた。生後どれぐらいだろうか?日を増すごとに視力や聴力は少しずつ成長し、多くをとらえることができる。

 特に視力に関しては、生まれ変わった初日にくらべたら、見違えるほどよくなった。

 最初のころは、世界が白黒で暗いか、明るいか、の二つしか判別することができなかったが、今は視界に捉えることのできる色は多くなり、ピントも合うようになった。


 体の方は、生れ変った初日にくらべ体には力が入れられるようになり、『首が座る』と、いうのを実感した。

 これも毎晩の努力の賜物といえるだろう。毎晩、密かに体をバタつかせて鍛えていたのだ。

 今のところ順風満帆だが、多少の不安もあった。


 それは、俺の活動している時間帯が夜の間だけに限られていて、原因は不明で、それが今後解消されるかもわからない。

 夜の活動では、情報収集の限界を感じていた。 

 俺が得た情報の限りでは、日本では無い国であること。その国は、裕福とは言えない状態なのかもしれない。


 なぜなら、毎夜やって来る母親は片手にランタンなんて持ってくるからだ。日本なら多少、貧しくても電気ぐらいは普及しているからだ。それに、部屋の中には電気で動く機械も無く、部屋全体は質素な洋室だ。

 家具は年季の入った洋箪笥や机と椅子、それに自分が寝ている寝台ぐらいしかない。どれも洋風のアンティークっぽい見た目だ。


 窓の外から聞こえてくる音は、静かなもので梟が鳴く声が時たま聞こえる、周りは森なのだろう。

 俺は、情報をもとに総合的に分析し考えた結果、生れ変った場所はヨーロッパとかそっちの方の国の中で、田舎に生まれ変わったのだと結論をだした。


 母は二十代前半ぐらいの美人で、父親は今まで一度も見たことがない。


 そして、ここ最近で俺が最も驚愕した事実は…

 性別が男から、女へと変わってしまった。

 最初のうちは、赤ん坊のポッコリとしたお腹で見えないだけかと思ったが、首が少し動かせるようになってから、おしめ交換の時に完全に消失している事実を見てしまった。


 消失の事実を知ったとき、二、三日間は意気消沈だったが今は立ち直った。


 俺は事実を受け止め、新たな人生をどう送るかを毎晩楽しく考えているところだ。母親は、容姿に恵まれているのできっとこの体にも期待が持てる。しかし、将来男に抱かれると思うとゾッとする。


 前世と同じで、現世でも一生を清いままで送る予定だ。と、心の中で誓っていた。


 俺はそんなことよりも、前世の記憶を引き継いだままで生まれ変われたことは、今後の人生を送る上で最大のポテンシャルになると考えていた。

 前世とは違う人生だが、再度やり直しが可能だとわかり興奮した。


 ここ最近知った事は他にもあり、母の話す言葉のなかで自分を特定することができた。

 毎晩、部屋に入ると決まって「シエラ」っと、優しく呼びかけて抱き上げてくれる。

 俺は母の呼びかけに、何とか答えようと「まぅーまぅー」と答える様にして。


 そして、今日もお乳を飲んだ後は凄まじい眠気に襲われ、夢の中へ落ちていくのであった。




 ――――約半年の月日が流れた。


 俺の生活は、これと言って代り映えしないが周囲で話している内容が、何となくだが理解ができるようにはなってきた。


 学習能力に自信があるわけではないが、毎日のように話しかけてくる母の言葉から、身の回りの道具の名前や、体の部位などの単語を地道に覚え、大まかな意味を予想する。

 そういえば、前世でも本場の英語を聞き続ければ覚えられる、みたいな英会話教室があったのを思い出した。

 日本語から離れ、他国語を毎日の様に聞き続けるだけで意外と覚えられる物なのだと感心した。



 俺自身は、言葉をまだ発することができそうにないが、声に必要な歯は少しずつ歯は生え始めた。そんな俺の最近の悩みは、生え始めた歯がむず痒くてたまらないことだ。

 体は時間を増すごとに、順調に成長をしスクスクと大きくなっていくのを実感している。弊害として、成長痛を改めて味わうことになるとは思ってもみなかった。

 筋肉もじょじょにつき、首の可動域も広がりを見せたが頭の重心を支えるだけの筋力には達していないようで、頭がグラグラと揺れ安定はしなかった。


 俺の現在の目標は、ハイハイでの移動の確立だが四つん這いになっているだけで、腕の筋肉が吊りそうなほど、力む必要があった。

 それでも俺は、日々の成長を楽しみながら過ごせているので、大人から赤ん坊になったことの不自由さにストレスはそれほど感じてはいなかった。


 母の話では、父は出張中のようでこの家にいる男性は、白髪のナイスミドルなお手伝いさんだけだ。

 白髪のナイスミドルな老人の名前は『ジェイラス』と言うらしい。

 

 そして、父の名は『ジェフ』という名前の人物だった。


 この家には、ジェイラス以外にもお手伝いさんがいるようだが、俺はまだ一度もそのお手伝いさん達とは会ってはいなかった。


 御手伝いさんは3名おり、でそれぞれ

『ポーラ』

『マリエット』

『エレノア』

の三名がこの家で働いているようだ。


 それを知った俺は、当初思っていた『貧乏な家』と言う認識を改める必要があると感じた。前世の日本ですら家政婦さんを雇うような家は裕福な家庭だろう。

 四名も雇うだけの財力が在る家計などなかなか、無いだろう。

 まだまだ情報不足で、詳しいことは分からないが俺の認識としては、焦らずともじょじょにわかっていけばいいだけだと思っていた。


 また、最近は夢にも変化がでてきた。最初のころは母子と生前の自分の三人だけしか出てこなかった夢も、今は女性3人とジェイラスが出てくるようになった。

 気になることは、その女性の内の1名が兎耳を付けた、コスプレをしていたことだった。


 俺は、楽天的な思考で熟慮はせずただ単に夢の女性は、前世の趣味の影響が出たのだと結論付けた。

 

 しかし俺はまだ何も知らなかったのだ。

 昼間におこっている現実を――――。

10月15日 誤字修正致しました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ