-第18話- 王都への招集
――シエラの誕生日パーティーがはじまり、主役のシエラは常にご満悦といった感じで、幸せそうでなによりだ。
エレノアとマリエットは、シエラの誕生日にやってきた来賓という設定のようで、二人ともシエラが視界に入ると、スカートの裾を軽く持ち上げ会釈した。
「本日のお誕生日会、お招きいただきありが応答ございます。シエラ様」と、少しだけ棒読み気味でマリエットが挨拶をする。
慣れない言葉に戸惑いが見えるが、微笑ましい気分にさせられる。表情も何処か緊張感がある感じで、少しだけ赤面しているが、可愛らしくも思う。
そんな普段と様子の違うマリエットを見ているシエラに、ジェフが近づき耳元で何かを話しているが、俺には声が小さすぎて聞き取れなかった。
ジェフがなにかをシエラに伝え終わると、モジモジしながらシエラが声を張りあげた。
「ワタシのために! 今日はありがとうございます! 楽しんでいっください!」と、幼稚園生がお遊戯会で演じているような感じで挨拶を返した。
俺はその光景を見ているだけで、なんだか口元が緩んでしまうような気持になった。きっとジェフも同じような気持ちで、シエラを見守っているのだろう。
ポーラやエレノアも普段は無表情だが、そんなシエラの姿を見ている表情は温かみがあり、幸せそうな表情をしている。
シビルは娘の成長が嬉しいのか、少しだけ濡れた目元を拭うように、ハンカチで目頭を押さえている。
そんな暖かな雰囲気は幸福そのもので、ただ見ているだけの俺でも、この時間がずっと続けばいいのにと思った。
それから一通り料理を楽しんだ後に、ポーラがいつの間にか食堂から姿を消していた。
「あれ? ポーアは?」と、シエラがマリエットに尋ねる。
「えっと……、お手洗いじゃないっすかね? す……直ぐ戻るっすよ!」
マリエットは少し考えた後に、目を泳がせながら答えた。シエラは気が付いていないようだが、俺はポーラが姿を消した意味を察した。
――その時、タイミングよくポーラが奥の厨房からリビングの方へと、両手に大きな木箱を抱えて戻ってきた。木箱はあまり飾り気はないが、誕生日プレゼントなのだろうか?
「お嬢様、お誕生日おめでとうございます。ささやかですが、我々よりこちらを」
そういってポーラ、マリエット、エレノアの三人が箱を開け、中から犬の縫ぐるみを、満面の笑みでシエラへ手渡した。
どことなく、ポーチェさんに似ている縫ぐるみ。黒い毛並みに牙や眼つきまでそっくりだ。
「ふあぁ~! これ、ポーチェさん?」
「はい。ポーチェ氏を参考に編ませて頂きました」
シエラも人形を受け取ると、幸せそうな声を漏らしながらポーラから人形を受け取った。
「ありがとう!!」と、シエラは大事そうに黒い犬の縫ぐるみを抱きしめた。
「それと、これはわたくしから……」と、ジェイラスが縫ぐるみを抱きしめるシエラに、細身の木剣を手渡した。ジェイラスの表情は、孫を見る祖父のような優しい顔をしている。
「ジェイじぃもありがう!!」と、シエラは左手に縫ぐるみ、右手に木剣を握りしめている。
「最後になってしまったが私たちからは、これを」
と、ジェフは懐から長方形の箱を取り出した。箱の中身は小さな、深紅の宝石がはめ込まれたペンダントだった。
「これはヴェルゴート家の宝剣に使われている、アエス様の牙と同じ物だよ。シエラが大人になったら、宝剣を受け継ぐことになるが、今は牙の一部をプレゼントしよう」
ジェフはそういってシビルにペンダントを渡すと、受け取ったシビルはそのままシエラの首に手を回し、ペンダントをシエラへと付けた。
「お父さま!! お母さま!! ありがとうございます!」
俺は素人目にも、その深紅の宝石が持つ力は理解していた。魔物を蝶の爆炎で焼きつくした、サーベルに嵌めこまれた宝石……、ペンダントの宝石は一欠けらだが、その存在感は計り知れない凄味を感じる。全てを焼きつくす真赤な炎のような、その深紅は燦然と輝き、見ているだけで焼かれるようだ。
皆からプレゼントを受け取り、両手が塞がったままのシエラをシビルが抱きしめ、その上からさらにジェフが抱きしめる。
家族の心温まるの光景を、ジェイラスとメイド達が温かく見守る。
どことなく、むず痒くなるような優しい空間だが、居心地は決して悪くはなかった。
この日の誕生日会は、プレゼント渡して終りだったようで、その後はシエラは寝る準備を整え、直ぐに床に就いた。
◇
「セト~!! いっぱい! い~っぱい! お誕生日のね! プレゼントもらったの!!」
シエラは夢の部屋にくると、満面の笑みを浮かべながら俺に抱きついてきた。普段から笑顔の多いシエラだが、本日の笑顔はそれ以上だ。
「おお! よかったな! 誕生日おめでとうシエラ! 俺からも実は誕生日プレゼントがあるんだよ」
俺はシエラにばれないように、こっそりと準備していたプレゼントを渡すために、俺の机の中から一冊のノートを取り出した。
「ふぇ? セトもくれるの?」
素っ頓狂な声をあげて、少し驚いたようにシエラは質問をしてきた。そんな変な声を上げるほど予想外だったのか?
「おう! シエラにばれない様に準備するの大変だったんだぞ? あらためて誕生日おめでとう」
俺がプレゼントしたノートは、俺お手製の絵本だ。前世ではこれでも絵が得意な方だったので、子供が喜びそうなものと思って、絵本をプレゼントに選んだ。
内容は、桃から生まれる奴をオマージュしたものだ。龍の卵から生まれた騎士が三人の獣人族や魔族と共に、悪いアンデットの王を倒しに行くお話だ。
この話の着想を得たのは、ポーラの授業中にアガルム王国の伝承を聞かせてくれた際に、思いついた内容なのだ。この国の樹立の伝説と、前の世界での昔話をミックスした自信作だ。
シエラは誕生日プレゼントを受け取ると、嬉しいのかプルプルと震えながら少しだけ涙目になっている。
「セトのね……誕生日プレゼント、しぇーらもってない……」
――あっ…… そうか、俺は特に意識もしてなかったし、前世の誕生日が自分の誕生日だと思っていたけど、シエラからしたら、同じ日に生まれたと思っているのか……
まぁ、前世での誕生日を祝うことなんて、小学校ぐらいからやってないから、あんまり自分の誕生日を意識していなかった。
「えーっとな、俺の誕生日は大丈夫だから! 今日はシエラの日なんだよ!」
「いいの? しぇーらだけ、いっぱい! い~~ぱいもらっちゃってね……セトがねかわいそうだからね……」
まったく予想だにしていないことに、俺は少し困惑した。
そもそも、俺はすでにシエラから大事な物を貰っている。大切な幼少期の時間を分け与えてもらっているだけで、感謝してもしきれない。――これ以上は俺はシエラから奪ってはならない。
シエラはそれでも、俺に申し訳なさそうにモジモジとしている。
「俺はな……、シエラから、もういっぱい貰ってるからそれで十分なんだよ……、――よし! 俺が作った力作を早速よんでやっから!」
そう。――もうこれ以上望んじゃいけない。それは大切な時間だけじゃない。
「しぇーら、なんにもセトにプレゼントしてないよ……?」
「もうちょっと大きくなったらわかっから! ほれ、こっちこい!」
俺は、純真な心根の優しさに胸を締め付けるような気持にり、目頭が熱くなるのを誤魔化した。シエラから見えないように、ベットに座っている俺の膝の上へ乗せた。
今顔を見られたら、泣きそうな顔になっているのがシエラに見えてしまう――。
三十路を過ぎてから歳をとるのが本当に嫌になった。歳をとると涙脆くなるなんて言った、会社の先輩の言葉が頭をよぎる。
「――セト、ありがとね」
「あぁ、どういたしまして。それじゃ、読むぞ――」
シエラを膝の上に乗せたまま、俺はノートいっぱいに書かれた物語を読み聞かせた――。
――物語を読み終えた後は一日中体を動かして疲れたのか、直ぐにベッドで絵本を抱えたまま寝てしまった。
シエラからは、俺が思った以上に好評で、主人公の卵の騎士のファンになってくれた。頑張った甲斐があっただけでも、俺としては最高の誕生日プレゼントになった。
今日は俺にとっても、転生してから最高の一日だった。前世では、他人の幸せなんて考える余裕も無い日々を過ごしていたのに、今はシエラが幸せなだけで、俺も幸せだと思える。
そんな風に、ベッドに横たわりながら俺はシエラを眺めていた。
横では、口元を緩めてだらしない笑顔のまま寝ている相棒の顔がある。どんな夢を観ていることやら。
俺は、この子が「幸せでありますように」と、大した信仰心も無いが、この世界の神様をやっている、龍に願った。
ちなみに、その日の夢はシエラとリンクしていたのか、卵の騎士の夢を俺もみた。ちゃっかり主人公がシエラ自身になっていたのはご愛敬だ。
◇
――誕生日会が行われてから数日がたち、俺はいつも通りの日常を過ごしていた。
昼間はシエラの時間。夜は俺の時間だ。
シエラはジェイラスから貰った木剣で、剣術の練習に精を出している。前使っていたものよりもだいぶ軽いらしく、剣の動きは前よりも鋭くなっていた。
剣術の練習を続けて一年ぐらいになるが、ジェイラスの厳しい指導に根を上げることもないし、素直な反面、意地っ張りで頑固なところもある。
夜のシエラとの交代の際に、いつも誕生日プレゼントの犬の縫ぐるみを抱きしめたまま寝ているようで、起きると手には縫ぐるみを持った状態だ。年相応の女の子っぽい面もあるところが、また愛くるしいところである。
俺の日常に、変化はないのでどうでもいいが、最近ではシエラが寝る前に絵本を読んであげるのが、日課になっている。
そのうち続編でも作らないと、シエラに飽きられてしまいそうだ。
――閑話休題。
本題はそこでは無い。誕生日の翌日に、王都からジェフに使者が訪れたのだ。
昼間の時間だったので、俺はシエラの目線からスマホ越しで見ていたのだが、戦いで使うにはもったいないような装飾のついた鎧を着た騎士がやってきた――。
身なりきちんとしているが、無精ひげに少しこけた頬の性格のきつそうな大男だ。
「アガルム王国、クラフト領のジェフ・アエス・ヴェルゴード子爵はおられるか!」と、玄関で大声をはりあげた。
「はい、旦那様をただいまお呼び致しますので、少々お待ちください」
ポーラが来客を相手するために、玄関で丁寧に出迎え、そのまま二階の書斎へジェフを呼びに行った――。
「私がヴェルゴードだ。今日は如何様で?」と、階段から降りながらジェフは使者に尋ねた。
「我はアガルム王国騎士団、第三師団副長のウェルナーと申す。王国会議への出席の令旨を届に参った」
「王国会議は六年に一度のはずでは? 前回は四年前におこなったばかりだが」
「あぁ……、その件だが前倒しになったのだ。例のフリゴリスの王が今年来ることになった……」
ジェフは、顎に手を添え少し考えてから、騎士ウェルナーから羊皮紙の巻物を受け取った。巻物にはドラゴンを模った封蝋があしらわれていた。
「遠路はるばるご苦労だったな……」
「では、我はこれにて」
ウェルナーはそう言って、真赤なマントをひるがえし、直ぐに屋敷を出ていった。
王国会議と言うのは、よくわからないがシエラが生まれた年にジェフが居なかったのは、その会議に出席していたためだろうか?
そして、これが俺の今後を大きく左右する旅路の始まりになった――。