-第17話- 加護と祝辞
森での事件から数ヵ月が経ち、屋敷の住人は日常を取り戻していた。
怪我を負っていたマリエットの意識が戻るまで数日を要したが、特に後遺症もなく今はピンピンしている。
しかし少し気になったことがあった。意識が戻ったばかりのマリエットが「あの御方は無事っすか?」と、あの場にはいなかった誰かの身を案じていたことだ。
誰もその、誰かについては心当たりが無かったので、夢でも見たのだろうと話はうやむやに終わった。
マリエットは問題無く回復したが、今回の事件で一番ダメージを負ったのは、実はシエラだった――。
事件から一ヵ月は何をするにも心ここにあらずで、剣術の練習にも身が入らず教えていたジェイラスも、状況が芳しくないことを察して、剣術の授業は休みとなった。
俺と過ごす夢の部屋にも変化があった。部屋は薄暗くなり窓の外の景色は雪が降り続けるようになった。それ以外にも、シエラの心に傷を負っていることがわかったのは、見る夢だった。おそらくはシエラと夢を共有しているのか、血だまりに沈むマリエットの夢を何度も観ることになった。
――俺はシエラが見ている夢を観るたびに、彼女が負った傷の深さに心苦しさを感じていた。
しかし、マリエットが目覚めてからは徐々に症状は解消され、普段どうりの明るいシエラには戻っていった。以前よりも少しだけ甘えん坊になった気はしたが、生活に支障をきたさない程度には回復したので、ホッと胸をなでおろしている。
今回の事件で負傷した二人は回復はしたが、俺は二人が辛い思いをしたのに、自分の無力で無能さに憤りを感じ、エレノアに直接頼んで魔術を教えてもらうことにした。
もしもの時に、誰も傷つかないように俺自身が努力しなければならないと実感させられる事件だった。
エレノアはこころよく「……お……お引き受け……いたします」と、普段しない笑顔は引きつっていたが、魔術を教えてくれると承諾してくれた。しかし、以前ポーラが仲介する形で魔術を教えてくれていた意味が、エレノアから直接教えてもらうようになってからよくわかった。
……エレノアは人に教えるのが極端にヘタだった。
喋るのが苦手なのに努力してくれたのは、十二分に理解できた。だけど話の内容は飛躍しすぎていて、理解するのにかなり苦労した。
「……ラティ・ヒエ・サナ・オム・アクア…これが、癒しの水の……、詠唱ですが……、正確に意味を理解し、術を構築する必要があります……まずは、ラティは……――」
と、最初のほうの出だしは良いのだが……
「――この世界の真理を追究すること……これが魔術の……」
だんだんとマイペースに話が逸れていき、だんだんと中二病っぽいことを言い出す。なんというか、インスピレーションで生きているタイプの人間なのだと思う。浮かんできた言葉をそのまま処理されずに垂れ流されているような感じだ。
喋る前に異常に間があるのは、エレノアなりに言葉をまとめて一所懸命に相手に伝わるように、配慮した結果のようだ。
声は小さく聞き取り辛いし、話も小難しいが、それでも授業を受けているうちにも多少は慣れた。エレノアが教えてくれたのは『マナの言語』についてがほとんどで、呪文の構成や意味を暗記して、それを術に変える方法だった。
俺が最初に覚えた魔法は『癒しの水』だ。火の魔術のほうが適性があるらしいが、どうしても最初に覚えたいと思っていたのは、回復系の魔術だった。あまり適性が無く回復量も少ない水の魔術を選んだ理由は、いざと言うときに回復魔法は重宝されると思い、エレノアに頼んだのだ。
魔法はまだまだだが、努力次第では伸びしろがあるとエレノアは言ってくれた。前世でもそうだったが、地道な努力が成長への一番の近道なのだろう。
◇
――魔法を教えてもらったり、シエラとマリエットが普段の生活に復帰したりと、慌ただしい日々から日常へ戻り、季節も冬から春へと移り変わった。
気持ちのいい暖かな風は首筋を優しく撫で、草木も新緑に萌える季節となった――。
そしてシエラが生まれてから四度目の誕生日がやってきた。
この世界で貴族以外は、誕生日を毎年祝う習慣は基本的にはないようだが、六の倍数だけ家族以外の来客を呼んだりして盛大に祝うそうだ。
四歳の誕生日を迎えるシエラは、家族だけで軽い誕生日会をおこなうようで、主役のシエラが今日は体を一日使う予定となっている。
午前中から、ジェイラスとマリエットでリビングの飾りつけなどをおこない、エレノアとシビルはダイニングで料理などを作っているようだ。
シビルが台所に入ることなどないのだが、愛娘の誕生日を祝う方法をシビルなりに模索した結果なのだろう。
ジェフとポーラの姿は見ていないので、どこにいるかはわからないが、きっと誕生日を祝う準備でもしているのだろう。
じつはシエラには内緒だが、俺も誕生日プレゼントを用意している。
シエラと肉体を共有しているので、ばれない様に準備するのが非常に大変だったが、シエラが完全に寝ている状態のときに、こっそりと用意した。
きっと喜んでくれると思う――。
そんな風に考えながら、俺はリビングのソファーで飾りつけるジェイラスとマリエットを眺めている光景をスマホ越しに見ながら考えていた。
『シエラも四歳だし結構大きくなったな~』と、俺はシエラに話しかけた。
『しぇらおとなの女になった!?』シエラが意味の分からない事を言いだした。どこでそんな言葉覚えたんだよ……。
『いや……そこまでは大きくなってないよ?』
『えぇ~……、マリィが大きくなったら、おとなのみりょく? が出るって言ってたのにぃ……まだ、みりょくでてない?』
『大人の魅力は出てないけど、シエラはちっちゃくても可愛いから大丈夫だよ』
マリエットの奴はまたシエラに、ろくでもないことを吹き込んだようだ。と言うか、マリエットもまだ大人と言える年齢では無い。
俺自身も周りの人たちの年齢を気にしていなかったのだが、シエラの誕生日を知ったときに少し気になったので、周りの人の年齢を聞いてみたのだ。
この屋敷の中でマリエットはシエラに次いで若く、まだ一六歳だそうだ。魔物に対しての対応や、見た目もそんなに子供っぽくは無いので、俺が思っていた以上に若かった。
「お嬢様、何一人で顔芸やってるんっすか?」と、踏み台に乗り飾りつけをしていたマリエットがシエラに話しかけた。
俺と内面で話しているシエラは、表情が表にでていたようだ。
「セトとお話ししてた~!」と、さらっと俺の存在を口にする。
「……? 前々から気になってたんっすけど、セトって誰なんすか?」マリエットは飾りつけをしていた手を止め、シエラの前へやって来た。
「そうですな……剣術の指南をさせて頂いている時にも、セトと言う人物に『ケンドウ』なる剣術を習ったと仰っておりましたな」と、ジェイラスも二人の会話が気になったのか、話に入って来た。
今までも何回か、シエラは俺の名前を口に出していたが大人たちは、子供の想像の産物だと片づけられている。
「ん~……? セトはシェラのおじさん? いっつもね、眠そうなお顔でね! 髪の毛ぼさぼさでね! けど優しくてつおいの!」
シエラから見たら俺はおじさんなのか……、正直少しショックではある。前世ではまだまだ自分はおじさんじゃないと、思っていたので事実を突きつけられたような気持ちだ。
それに、眠そうな顔って……、子供の発言は時に純粋過ぎるあまりに御世辞や嘘の無い言葉を発するが、悪意が無いのが余計にたちが悪い。
『シエラ、あんまり俺の事喋っちゃだめだぞ? 妖精さんって事にしておいてくれ』と、そんな可愛いものではないが、適当に流してもらえそうなことを言ってもらう事にした。
「セトがね! セトは妖精さんだって!」
「妖精なのに、おじさんで眠そうな奴なんっすか?」
「アエスの加護の賜物ですかな? アガルムの貴族の血縁者は稀にアエスより、加護を授かると聞き及んでおります。もしかしたら、お嬢様にもそれが……」
「かごぉ?」
「その加護って、どんなものなんっすか?」
「それは、分りかねます。加護は誰にどのような力が与えられるかは、アエスのみぞ知ること。加護を与えられたと気づかずに一生を終える者もいると聞いております」
俺はジェイラスの話を聞き、シエラが加護を持ってうまれたから、俺がシエラの中にいるのではないか? と考えたが真相は謎のままだ。
まぁ、加護だか何だか知らないが、それで納得してくれるなら都合がいい。
「あやふやなんっすねぇ、てっきり私を助けてくれたのがセトって人かと思ったっすよぉ」と、少し残念そうな顔を浮かべながら小さくため息をつくマリエット。
マリエットの発言は間違ってはいないのだが、俺が治療をしたときはシエラの姿だったので、見間違いや幻覚でもみたのだろう。
「マリィよ、救って頂いたシエラ様に対し失礼ですぞ」
「あっ! お嬢様そういう意味じゃないっす! 失礼しました!」
「んー?」と、話が良く分かっていないようで小首を傾げながら不思議そうな表情を浮かべるシエラ。
そのあとは何もなかったように、二人とも準備に戻りシエラと俺は、その光景をボーっと眺めていた。
◇
午前中から行われていた準備は全て終わり、シエラもドレスアップし準備は整った。誕生日会は日が落ちた後の夕食所の時間に行われた――。
場所はダイニングとリビングで、立食形式で食事を取りながら行われるようだ。誕生日会と称して、貴族としての作法も教える目的も内包しているようだ。
それに、普段の出されている木製の食器では無く、陶磁器の真っ白な皿や器に、銀製のナイフとスプーンだ。出されている食事の内容自体はいつもと変わらない気もするが、量が多い。
シエラは可愛い桃色のフリルが付いたドレスを着ているが、普段メイド服しか着ていない、マリエットとエレノアも今日はドレスを着ている。
マリエットは栗色の髪をポニーテールに纏め上げ、青い胸元が開いたドレスを着ている。胸のサイズに関しては……、御世辞にも大きくはない。
エレノアは金髪のボブショートはいつも通りだが、黒いあまり飾りつけのされていないドレスを着ている。普段は胸元までしっかりと隠されているだぼっとしているメイド服を着ているので、分らなかったが、なかなかなサイズだ。
この屋敷のメイド達の容姿は、日本の街中を歩いていれば男性が確実に二度見をするぐらいの可愛さで、整った綺麗な顔立ちをしている。
マリエットも普段の落ち着きのない行動や、アホな言動が無ければ十分に大人の魅力があるだろう。残念なのは本人があまり、気付いていないことかもしれない。
ポーラとジェイラスはいつも通りの格好だ。給仕をおこなうのはこの二人なのかな?
ジェフとシビルもいつもより、少しだけ豪華そうな服装だし見かけないアクセサリーなんかもつけているので、どうやらパーティー仕様らしい。
俺は普段見慣れない光景を、スマホ越しに見ているだけでも心躍る気持ちになれた。