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-第15話- 白虎と宝剣

 ――赤い被膜状の結界に守られ、マリエットにしがみ付いていた俺の目の前に、突如として現れたポーラ。


 俺が今まで見聞きした、『獣人族(ビースティア)』の特徴とは全く異なっていた。そもそもポーラからは、兎人族の獣人族(ビースティア)だと聞かされていたのに、あきらかに腕やメイド服のスカートからのぞく尻尾は兎のものではない。――あまりにも異様すぎる。


 ポーラに教えてもらったのは、獣人族(ビースティア)が数種類の動物が混ざりあったような種族ではなく、兎人族ならウサギの特徴しかあらわれない。虎や猫、狼と犬といった種類が近い間柄でも、混ざり合うことは無いのだと聞いた。

 きっとなにか特別な理由があるのだろうか? それよりも結界の中に入って来たってことは、助けに来てくれたのか? 聞いてみたいが、普段と様子が違うし――何か質問して大丈夫かな……?


 ――俺は恐るおそる聞いてみた。


「あ…ポ……ポーラ?」俺が出した声が裏返り、明らかに動揺しているのが丸わかりだ。「助けに来てくれたんだ……よね?」


 ポーラは周囲の状況に目をやりながら、倒れているマリエットと、その上に覆い被さる俺に鋭い視線を向けた。

 本当に大丈夫か? 獣人族(ビースティア)は『獣化』って技が使えて、たしか獣化した獣人族(ビースティア)は普段大人しい性格でも、攻撃的な性格になるって聞いたし……。それに身体能力も向上するといった。怖すぎるよ。もう獲物を狙う肉食獣の目だよあれ。

 ポーラは口を開き、突きでた鋭利な犬歯をのぞかせた。


「お嬢様、お迎えに上がりました」


 どことなく、ぎこちない低い声でポーラは告げる。

 あれだけの牙が出ているせいか、喋り辛そうだしそういう事なのだろう。それにどこか寂しそうな声だ――。獣化することに、気恥ずかしさやうしろめたさがあるのだろうか。

 何はともあれ迎えに来てくれたのだから、ひとまずは安心してよさそうだ。マリエットの容態も今は安定しているが、治療は応急処置にとどまっているから、早くちゃんと見てもらわないといけない。


「ポーラ、マリエットが怪我をして――…えっと、それで……そうだ! 魔物が襲ってきてそれで!」


 そうだ、さっきまでオールドエントの攻撃を受けていたんだ。だけどポーラが現れてから、急に攻撃をやめて様子をうかがっているようだ。早くここから出ないと、またいつ攻撃を再開するかわからない。

 それに、雪の中からの攻撃は動きが読みづらく、マリエットでも回避するのはギリギリに見えた。今のポーラは俺やマリエットを庇いながら戦わなくちゃならないし、いくら獣人族(ビースティア)の身体能力が高くても、分が悪すぎる。


 ポーラは魔物と聞いて、獲物を探すようにあたりを警戒している。姿勢を低くし、スカートが捲れ上がるほどピンと立った尻尾は膨れ上がり、おおきな虎の手からは爪が伸びる。

 尻尾でスカートが捲れ上がったせいで、ポーラの黒色の下着があらわになった。俺は反射的に目を伏せてしまった。


「――? そうでしたか……ならば早急に魔物を仕留める必要がありますね」

「けど、雪の中から攻撃してきて、それでマリエットもやられたんだ!」


 ――――ッュン!


 と風を切る音とともに、鋭い根がポーラに向けて急に攻撃を仕掛ける。


 ポーラは姿勢を崩さず、身を軽くよじりそれを避ける。ポーラの頬をかすめそうな距離で、根が通り過ぎていく。それを大きな虎の手で横薙ぎに払うと、乾いた破裂音を残して、根元から木っ端みじんに破壊した。

 マリエットや俺が必死に避けていた根を、いとも簡単に躱したうえに、破壊してしまった。あまりに自然な動作で、虫を追い払うように軽く手を振っただけにみえた。

 ――やばい、強すぎる。いくら獣人族(ビースティア)が肉弾戦を得意にするといっても、雪から出てきた、あの根を予備動作なしに簡単に避けるとか、種族としてのスペックが違い過ぎる。


「魔物風情が、お嬢様やマリィを傷つけるとはこの私が許さない」


 小さく呟くポーラの雰囲気は、いつもの人形のような無表情でもの静かな女性ではなく、荒々しい獣のようで勇ましく力強さを感じる。

 その後も、数回にわたりオールドエントはポーラに攻撃を仕掛けるが、苦も無く払いのけられている。しかし、地面の下に本体があるオールドエントに攻撃する手段が無いのか、ポーラはじょじょに苛立っているようだ。


「こざかしい……!」と、声を荒らげながら木の根を粉砕していく。「無駄だと分からず続ける気か!」


「君らしくないね。ポーラ。普段の君なら、冷静に対処できるだろう」


 ポーラの戦闘する光景に目を奪われていて、全く気付かなかった。いや、気配も無くいつの間にかそこにいた、と言ったほうが正しいのだろうか。

 ジェフは膝丈の黒い外套に身を包み、片手には真赤な宝石が柄の部分にはめ込まれた、刀身が真っ黒な細身のサーベルを手にしていた。

 鼻の下には整えられたオシャレな髭に、くたびれ顔のイケメン紳士の表情はいつものように、穏かだが瞳の奥からは炎が宿ったような強さを感じる。


「シエラ、遅くなってすまなかったね……それにマリィの傷を治したのは……」

「――お、お父様!? えっと……はい…血は止めたのですが…」


「そうか――、よくできている。後は私たちに任せなさい。」と、ジェフは告げ「ありがとう…」最後に小さく聞き逃しそうになるぐらいの、小声で呟いた。

 ポーラはジェフに声を掛けられ、後ろ飛びで後退し俺の前やって来た。


「旦那様、申し訳ございませんでした。つい熱くなってしまい」

「いや、構わない。君とは相性の悪い相手だ。もうじき、エレノアがやってくるから、それまでシエラを頼んだ」


 そう言って、ジェフは俺とポーラの横を通り過ぎた。――そして、サーベルを軽く振るうと、真っ黒な刀身から、淡く光を放つ蝶が数匹現れた。

 ひらひらと、夕闇に舞う赤い蝶は幻想的でとても美しい。


 あのサーベルは一体何なのかは、俺にはさっぱりわからない。ただのサーベルでは無いのはわかる。それにあの蝶も、魔法の類なのだろうか? 普段は書斎にこもりっきりのジェフに魔物を相手にすることができるのだろうか。


『あれ、りょうしゅのアカシってお父さまいってた!』

『領主の証? なんだそれ? あんなの家にあったか?』

『あったよ? お家の暖炉の上にあったやつ!』


 言われてみると、何となく暖炉の上に飾ってあった剣にも見えなくも無いけど、家の中で飾ってある分には、その存在感は薄かった。しかし、ジェフが握ってるサーベルの存在感は威圧的で、強大な力を秘めていそうな、神秘的な雰囲気すらある。


「お嬢様、大丈夫でしょうか? 私ではマリィの治療ができないので、エレが来るまでは私がお守り致します」


 ジェフと交代したポーラは獣化を解いたようで牙、尻尾、虎の手は無くなっていた。声色もいつもどおりの雰囲気で、なんだか安心できる優しい声だった。


「ありがとう」俺は、はにかみながらポーラに答えた。「さっきの、手とかはどうやったの?」

「あれは――、その……う、兎とはああいう生き物なのです」

「あ、そ……そうなんだ!」


 ポーラは質問に対して、嘘でごまかした。秘密にしたことなのだろうか? 嘘をついてまでごまかすのだから、あまり深入りして聞かない方がいいだろう。俺の内心としては、その理由もきになるところだが、それを無理に聞きだして、ポーラとの関係に溝を作りたくはない。


 ジェフの方に目をやると、またオールドエントは攻撃をやめ様子をうかがっているようだ。その間にも、黒いサーベルからは蝶を出し続けて、ジェフの周りには無数の蝶がひらひらと瞬いている。雪原の中で月明りに照らされた、渋いイケメンが蝶と戯れているだけにしか見えないが、本人は真面目な顔で蝶と戯れている。


 一日で、いろいろなことがありすぎだ。ポーチェさんとの別れに、魔物との遭遇、家族の見たことが無い一面など、さまざまな出来事が矢継ぎ早に起こり、精神的にも疲労感は否めない。

 マリエットの魔物と対峙したときの動きや、ポーラの獣化や、ジェフのサーベルさばきもそうだが、争いごとに慣れている感じがする。俺はこの世界で生きていくことができるのだろうか。前世では、せいぜい剣道をやっていたぐらいで、争い事は苦手だし賢いほうでもない。――これからが思いやられる。


 ――――目の前が一瞬、カっと明るくなったと思ったら、『ズッドォォン!』と、腹に響く音が辺りに響き渡った。そして、強い風に吹きさらされ髪がなびいた。


 何がおきたのかわからないが、爆発がおきた? ジェフがいる方向から聞こえたよな? ジェフは大丈夫なのか?

 爆発の影響か、ジェフがいる方向は雪煙で真っ白で何も見えなくなっている。辺りにはまだ、ジェフが出した蝶が舞っているので、確信は持てないが大丈夫だと思う。


 ――そして、じょじょに晴れる煙の中にスラッと佇む影がみえた。


「御父様!!大丈夫ですか!?」と、大声で影の方へ声をかける。「さっきのはいったい!」

「大丈夫だ! こっちは問題ないから、まっていなさい!」ジェフも声を張り上げ、こたえた。


 雪煙が完全にはれ、爆発したとおもわれる場所の雪は吹き飛び、茶色い土が抉れている。


 そして、違う場所でまた爆発はおきた。今度は連続して三回だ。爆発する寸前に、根が地面から飛び出して、蝶を貫いたようにみえた。

 爆発の原因は、あの蝶にあるようだ。しかも、爆炎は攻撃してきた根に向かって吹いたようで、近くに立っているジェフは無傷のようだ。


 ジェフの持つサーベルから出た、蝶の全てが爆弾ということか。無数に飛び交う蝶の見た目は儚く、美しいが、その殺傷性は計り知れない恐ろしい武器だ。


「あれは――、ヴェルゴード家に代々受け継がれている宝剣です。アガルム王国の貴族はアエス様の牙の欠片から作られた、宝剣を所有しておりそれが、領主の証となっております」と、ポーラが俺に説明してくれた。「あの宝剣をいつか、お嬢様も受け継がれる日がくるのでしょう」


「あれを……」俺は目を丸くして、生唾を飲み込み食い入るように剣をみつめる。


 領主の証として、代々受け継がれている剣。真っ赤な宝石に黒く細い刀身。爆発する蝶を召喚する、恐ろしい兵器を持たなくては、渡っていけない厳しい世界なのだろうか。


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