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-第13話- 森の夕暮れ

――針葉樹の森の中で、辺りを見回す俺とマリエット。


 先ほどまで歩いていた道とは全く異なる場所に突如として移動したようだ。


 兎も姿を消し、時折ぼたぼたと木から雪が落ちるような音が聞こえた。部分的に拡大されたような鮮明な音だった。しかし、他に音は無い――。


 周囲の音を雪が吸収して、まるで吸音室の中に立っているような違和感を耳が感じる。


 新雪に足は埋もれ、鬱蒼とした木々は視界を奪い、まるで牢屋で監視されているようだった。


「ここは……? どこなの?」

「魔物の結界の中っす…… さっきの兎が結界の入口だったみたいっすね」


 明るい普段のマリエットはそこには無く、真面目な顔つきで周囲を警戒する鋭い瞳は、獲物を狙う獣のようだった。


「ここから出られるの?」

「結界を張っている魔物を倒すか、さっきの兎を捕まえるか、外から破るかの、どれかで出られるっす。ただ、兎を見つける前に結界を張ってる奴に見つかるのが先になりそうっすね」

「それは大丈夫……なの?」


 マリエットの普段見せない緊張した面持ちは、俺の心の不安を掻き立て胸を締め付ける。


 それに、魔物が発生した事以外にも懸念事項はまだある。


 買い物が終って帰路についたのが午後の二時過ぎだったので、冬の時期なら後二時間もすれば辺りは闇に包まれてしまう。

 今日は雲一つない快晴なので、夜になれば放射冷却によって気温は更にに下がる。その前に魔物を倒すか、兎を見つけるかして状況を打破しなければ、凍え死ぬ可能性がある。


 ――落日まではまだ時間があるが、タイムリミットは二時間も無い。



「とりあえず、屋敷にいるポーラの姉御が夜になっても戻らなければ助けに来てくれると思うんっすけど、魔物に出くわしたら厳しっすね……」

「え? 大丈夫じゃないじゃん!」

「大丈夫っす! その時は私の命に代えてもお嬢様はお守りするっす!」

「駄目だよ! マリィも一緒に助からなきゃ!」


 マリエットは軽く笑い、手を仰ぎながら取り合ってはくれなかった。楽天的な性格のマリエットだが、事態の深刻さに気付かないはずもない。


 シエラを気遣い、心配しないように配慮したのだろう。


 しかし、いざ戦闘になった場合は、ポーラやエレノアであれば戦闘経験があるようなので、魔物の討伐が可能かもしれないが、今までの生活の中でマリエットが戦えるなんて話は聞いた事が無い。


「それにしても、何の魔物がこの結界を張ったかっすね……」

「魔物はみんな結界を張るの?」

「いえ、結界を張る奴は縄張りを持った奴か、移動が得意じゃない奴っすね」


 縄張りを張る奴ってことは狼の魔物とかの類か? ポーラの授業で何度か魔物に関して少し教わったが、その時教えてもらったのは、魔物の発生状況の事だった。

 魔物の発生条件はいくつかあるようだが、最も一般的な発生条件はマナの異常摂取による、突然変異を起こした奴だそうだ。


 動物や植物などが、マナ泉などから濃度の濃いマナに長期的に充てられていると、体内のオドが結晶化して魔石を精製する。

 マナが少なすぎても、自然環境に影響を及ぼすようだが、多すぎても過ぎたるは猶及ばざるが如しということだ。

 魔石によって魔物化してしまった動植物は、他の生物のオドを食料として求めるようになり、狡猾で貪欲に襲うようになる。


 ジェフが管理する領内は、村の狩人が森に入り狩りをするついでに、マナの濃度が濃い場所を見つけたら、魔物が発生する前にジェフの元へと報告を上げ、エレノアがマナを散らしに行く手はずになっているらしい。


 しかし、冬になり森に入る狩人も少なくなると、マナ濃度の濃い場所の発見も遅れてしまう。


「お嬢様、取りあえずここで留まっても危険っす、辺りを調べましょうか」

「わかった……」


 ――俺とマリエットは、辺りを調べるために歩き出そうとした。しかし、新雪が三〇センチぐらい積もっているので、シエラの身長では歩くのが困難だ。


 結局、マリエットにおんぶしてもらった。


 そして、ここが結界の中だという事を実感することとなった――。


「あれ、さっき歩いたところの足跡が無い…?」

「そうっすね…… 魔物の仕業みたいっすね。方向感覚を狂わせて、歩き回らせるのが目的かもしれないっすね」

「体力を奪ってから、狩りやすくするため?」

「多分それっすね……取り合ず、もうちょっと見通しが利く場所に移動するっす」


 そして、マリエットは辺りを警戒しながら歩を進め、開けた場所を見つけた。


 そこは、深い針葉樹の濃い緑色の森を切り取って光を集めた様な場所だった。開けた場所の中心には一本の白々とした枯れ木が立っていた。

 時刻は既に午後の三時を過ぎた頃だろう。日は傾き、凍てついた空気が細氷(ダイヤモンドダスト)を創りだしている。

 キラキラと幻想的な煌めきを見せ、空をゆっくりと舞う景色は、観光に訪れたのであればさぞ感動しただろう。


「――いやー… でくわしちまったっすね……」

「え? 魔物に? どこにいるの?」


 マリエットは枯れ木を鋭い瞳で睨み付けながら、指をさした。


「あれは、『オールドエント』っすね……また厄介な奴が出たもんっす」

「じゃあ、逃げようよ!」


 後ろを振り向くと、先ほど通って来た場所は木密集し、枝を絡ませて後戻りはできそうになかった。


「どうやら、嫌でもあれをどうにかしなきゃいけないみたいっすね……、お嬢様、念のために魔法で身体強化をお願いします」


 マリエットはそう言うと、コートの隙間からスカートを少したくし上げ、ガーターベルト型のレッグホルスターからナイフを取り出した。

 ナイフは、厳ついサバイバルナイフの様な形状をしており、刀身は黒塗りの見事な彫刻が掘られたものだった。

 俺はマリエットに従って、集中しマナを練り上げ全身に行きわたらせた。今までで最大量の強化を施した。


「それで、次はどうするの?」

「奴が仕掛けてくる前に仕留めるつもりっす。――お嬢様は後ろでお待ちくださいっす!!」


 次の瞬間、マリエットは身を低く猛スピードで枯れ木に向かって走り出した。


 俺はマリエットが戦闘ができないと思ったが、どうやら早とちりだったようだ。手に持っているナイフや、オールドエントに向かう動は素人のそでは無かった。


 枯れ木は今も動じることなくただ獲物が来るのを、待ち構えるようだった――。


 マリエットが、オールドエントを目前に急停止した瞬間。


 雪の下から鋭い木の根が次々と、突き上げた。


「ッチ」


 っと、舌打ちを打ちマリエットは、バク宙で木の根を後方にすんでのところで串刺しになるのを回避した。

 雪上に着地したマリエットは、即座にナイフで正面の根を薙ぎ払う。


 森の雪原で、二刀の黒塗りのナイフが矢継ぎ早に迫る根を次々と切断していく姿は、リズムに合わせ踊っているようだった。


 魔物の本体の樹木は依然として動かず、根だけで攻撃を繰り返す。


 根は無尽蔵に雪の下からマリエットを狙い続け、それを回避しながら切断する作業。


「しつこいっすね!!そんな軟な根っこなんか通用しないっす!」


 根が邪魔で、マリエットは魔物の本体までたどり着けないでいる。



 マリエットは、バク転で後方へと退避し動きを止めた――。


「後で、エレに怒られちゃうっすけど緊急事態だから、しょうがないっす!」


 そう言って、マリエットはポケットの中から村で購入した魔石を数個取り出した。


 俺は、マリエットが何をしているのか、直観的に悟った――。


 魔石に火のマナを急速に流し込み、臨界点に達すると炎を撒き散らし爆発する。その現象を利用した簡易的な焼夷弾にする気でいるようだ。


 こく一刻と、夕日は傾き暗くなるなかで、マリエットが握っている魔石から微かに赤い光が漏れ出している。


 マリエットはオールドエントに向かって、魔石を投げた。



 オールドエントの真上辺りで数個の魔石が瞬間的に赤い光を強く放ち、『ッカ!』っと爆ぜた――。


 爆ぜた魔石の破片が、火を纏いながら次々とオールドエントへと降り注ぎ、乾燥した木の魔物は瞬く間に炎に包まれた。


 オールドエントは、身をくねらせ轟々と音を立てて、炎に焼かれながら苦しんでいるようだ。


 暗くなり始めた周囲を、炎の塊が明るく照らす。


「なんとか、これで倒せたっすかね……」

「良かった…」


 俺とマリエットは、燃えるオールドエントを呆然と眺めながら討伐完了に安堵した。


「後は結界が勝手に消えるのを待つだけっす…… その前に奴の魔石も回収しといた方がいいっすね」

「うん……、これで家に帰れるね」

「はい……、とんだ一日になったすね……」


 そして、オールドエントは燃え尽き動かなくなったので、マリエットは歩いて黒焦げの魔物へと近づいて行った。

 魔物から取れる魔石は、魔術の道具として重宝され高値で取引をされるらしく、先ほどマリエットが投げた魔石も魔物を倒さないと手に入らない貴重な物だ。

 それに、魔石を放置できない最大の理由は、野生の動物が魔石を食べて魔物化する可能性があるからだ。


 それにしても魔物を、魔物由来の魔石で倒すとは実に皮肉が利いた倒し方だった。


 日は完全に落ち森は闇に沈んでいるが、開けたこの場所は雪が月明りを反射し、照明が必要が無いぐらい明るい。

 そろそろ屋敷では、帰らないシエラとマリエットを心配して探しに出たかもしれない。


 などと考えていると、マリエットが炭になった魔物に到着しナイフで、幹を削り魔石を探し始めた――。


 しかし、暫くしてもマリエットが戻ってこない。遠目に幹のあちらこちらを削り、魔石を探している様子だが、どうやら見つからないみたいだ。

 ポーラの授業で習った魔石に関してだが、動物から魔物化したものであれば、心臓付近に魔石が精製されるようだが、植物の魔物の場合は位置の特定が難しいようだ。

 最も多いパターンは、幹の中心当たりに精製されるらしいが、例外的に枝や根っこ部分にも精製される事があるようだ。


「おじょーさまーーー!!見つかんないっすーー!」


 っと、遠くからマリエットが茶色のウェーブが掛かった髪を揺らしながら、走って戻って来る……。



 ――…次の瞬間、雪の下から鋭い根が飛び出し、マリエットの腹を背後から貫いた。


 月光で照らされた純白の雪の上を、マリエットの血が赤く染めた。


 俺はその光景に、頭の中が真っ白になり現実として受け入れられなかった。


「――マリィ? …… え? 嘘だろ?」


 マリエットを突き刺した根っこは、腹から身を引き雪の中にまた隠れた。


 マリエットはそのまま、地面に崩れ落ちた。


 目の前の光景に何もすることができずに、俺は佇むだけだった。

今回は少し長めなので、4000文字ずつで2話分に区切りたいと思います!!

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