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-第12話- 冬の狼

 ――ポーチェさんが泊まることになり、リビングにある暖炉の前のソファーで、揺れる火と槇の小さく爆ぜる音色を鑑賞しながら、家族で彼の昔話や旅の話を聞いていた。


 昔話の内容で、取り分け俺の興味を引く面白い話があった。


 それは、彼の故郷や王様についてだ。


 彼の故郷は、雑多な亜人や知識を有する魔物達が寄り集まってできた国で、国名を『メルカトルフ魔王国』と言うそうだ。国民達の種族は統一性が無く、『魔族(フリゴリス)』と括られ、他国からはそう呼ばれているのだとか。

 同じ亜人種達でも『獣人族(ビースティア)』や『吸血鬼(ルナティック)』、半精霊の『森の民(エルフ)』、『山の民(ドワーフ)』達は、『魔族(フリゴリス)』と言われる事を極端に嫌うらしい。


 歴史的な背景もあるようで、ポーチェさんはフリゴリスの件に付いては深く語りはしなかったので、少数の種族にたいする差別や軽蔑の意味合いが込められていそうだ。


 そして、フリゴリスを束ねるのが『メルカトルフ魔王国』の長たる、『メルカトルフ ヒエマ ドロリス』が魔王として国を統治しており、人族が住む『アガルム王国』より東に位置する島と周辺海域を治めている。


 そして、魔王(メルカトルフ)の人物像としては、ポーチェさん曰く「慈愛に満ち、穏かでとてもお優しい方です! 魔族達が今日も平和に暮らしていけるのは、あの方のおかげです!」と、熱弁をしていた。


 正直俺が知っている、『魔王』とは大きくかけ離れた印象を受けた。


 魔王は(メルカトルフ)、この世界に魔術を学問として世に広め、大戦中に現れた『災厄の王(カラミティ)』の討伐に参戦した人物だという。

 大戦があったのは約三百年前で、今も現役で働いているのだというから驚きだ。

 魔王が扱う魔術については奇跡と称され、この世界では右に出る者は存在しないと言う程の実力を有し、不可能は無いのだとポーチェさんは語ったが…… 魔王の話になると盲目的になるポーチェさんの話からは、脚色されている可能性がある。


 ただ、それだけ魔術に秀でた人物ならば、俺とシエラの問題も解決できるかもしれない。

 しかし相手は国家元首な訳で、平民よりも高貴な存在の貴族とは言え、他国の要人にホイホイと会えるほど簡単にはいかないだろう。


 前途多難ではあるが、もしも魔王と謁見する機会があれば相談してみようと思う――。


「うちの娘はな…… ポーチェ君! 最高に可愛いんだよ! ヒック!」

「お嬢様もお可愛いのですが、私たちの魔王様もですね! ヒック!」


 この日は、酒を飲みながら魔王(メルカトルフ)について熱弁しだしたポーチェさんと、同じく酒を飲みながら話しを聞いていたジェフが、脈絡も無いシエラと魔王の自慢話をグダグダと始めてしまったので、残念な事に今日は御開きになってしまった。



 ポーラから教わったり、読める書物を読み漁って得られた知識よりも、当事者から実際に聞ける話と言うのは実に有意義で貴重なものだった。

 もっと、ポーチェさんには聞かせてもらいたい話があったのだが、明日には彼は別の場所へと旅立ってしまうそうで、これ以上話が聞けないと思うと非常に残念だ――。




 ――翌日、ポーチェさんが村に待機させている、商隊(キャラバン)の元へと帰るというので、シエラとマリエットで村まで見送る事になったようだ。

 昨日と同じように、シエラの動向を夢の中からスマホで観察していた俺は、ついに屋敷の外を見られることになった。


「ポチさん帰っちゃうの寂しいよぉ……」

「っははは! これは困りましたね! お嬢様に言われてしまうと、どうにも帰りづらくなってしまう!」

「シエラ、彼にもお仕事があるんんだ。無理に引き留めてはならないよ」

「うん……がまんする!」


 出発する前に、シエラがポーチェさんの帰りを寂しがり少し駄々をこねたが、二日酔いで頭痛に悩まされているのか、頭を押さえているジェフが諭すとシエラは素直に従った。

 外は冷えるので、ポーチェさんは屋敷へやって来た時の外套を羽織り、シエラとマリエットも冬用の可愛いコートを着て出発することになった――。


 領地の周辺は冬になると降雪量はそれなりにあるようで、玄関から見た景色は白銀の世界が広がっていた。

 庭の様子は、普段ジェイラスが念入りに手入れをしているため、雪が深く積もっていることは無かったが、庭の境界線より外の針葉樹の木々は雪を纏い、村へと続く道の両端には雪山ができあがっていた。


 スマホの画面越しでも、外の凍てついた空気が肌を刺すように感じるほど、外の景色と三人が吐く白い息が寒さを表していた。


 シエラはマリエットに手を繋がれ、村までの道のりを道の両端にできた雪山の上を楽しそうに歩いているだけだったが、その景色見ている俺も初めての外出とあって、画面を食い入るように見ているが、気持ち的には全く飽きる気がしなかった。


「シエラお嬢様ぁー、あぶないっすよー? 転んでお怪我でもされたら私が怒られてしまうっす」

「だいじょぶ! 今いいとこなの!」

「お嬢様はげんきですねぇー! コボルト達も雪が降ると嬉しくて外を走り回りますので、そのお気持ちは良く分かります!」

「まったく、困ったものっすよ…… お二人とも気をつけてくださいね」


 やはり、いくら二足歩行をしようと行動原理は犬と同じようだ。そして、珍しくマリエットがまともな事を言っている……


 屋敷と村までの距離はおよそ一キロ程度の距離があり、通常であれば時間はかからないであろう距離も、悪路と子供の歩幅では時間がかかる。

 この世界に転生してから時計を一度も見ていないが、実はスマホに表示されている時計はちゃんと機能していることに気が付いた。


 なんだかんだ歩いていると、屋敷を出てから既に一時間半経っており、スマホの時計の時刻は十一時とデジタル表記で示されていた。


 ――三人が進む方角の、木々の隙間から建物が見え、道を進むにつれて村の様子がうかがえるようになってきた。

 村の入口には丸太で作られた看板があり、『ヴェルゴード領 コル村』と、賢者の言葉で書かれていた。


 村の建物は、石造りの頑丈そうな一階部分の上に、木造の家屋を乗せた造りになっており、屋根の色は赤茶で統一された、おとぎ話に出てきそうな可愛い家が並んでいた。 

 村の道は石畳で舗装されており、荷馬車が余裕をもって通れるぐらいの幅があり、人々が建物の一階部分にある店舗で買い物をしている風景が見えた。


 規模が大きな村ではないようだが、冬の食糧が貧しい時期にもかかわらず、人々は活気にあふれ明るい雰囲気の村だった。


「いやー! やっと着いたっすね! お二人共、道中遊び過ぎで日が暮れちゃうんじゃないかって心配したっすよ!」

「いやはや、かたじけない!」

「マリィ心配しすぎぃー!」


 二人のお気楽なやり取りにマリエットは、呆れたという風に肩をすぼめて、笑顔のまま小さくため息をついてる。

 屋敷で普段は頼りないマリエットも、しっかりとシエラを引率する姿は、保護者としての自覚がちゃんとあるようだ。


「では私は、これから宿にいる仲間のとこにいってまいります!」

「あ~、じゃあそろそろお昼ですし、私たちもポーチェさんと一緒に宿までいきますよ!」


 三人は村の大通りを通り、ポーチェさんの仲間が泊まる宿へと向かう事になった――。


 道を進む景色を見て気が付いたのだが、建物の一階で売られている商品は村の中で使うものより、旅人向けに売られている物が多いようだ。

 防寒用の外套やブーツなどの必需品から武具などの店の前には、旅人風の格好をした人達が買い物をしている風景が目に入った。

 他に村で売られている物は、干し肉や麻袋に詰められた小麦等の長期保存がきく物や、近くに川があるのか、生魚などが売られている。


 賑やかな村を歩いていると、時々マリエットに気付いて挨拶する人がいた。


「っお! マリィちゃん! 今日も領主様んとこのお使いか?」

「それもあるんっすけど、今日は客人の見送りっす!」

「じゃあ帰りは、うちんとこ寄ってきな! 良い魚が手に入ったからよ!」


 と、村の人に声を掛けられる度にマリエットは笑顔で応対していた。


 ――村の中をそんな風に歩いていると、目的地の宿屋に到着した。

 宿屋の看板には『兎の耳亭』と書かれており、建物は他の民家よりも一回り大きい。ポーチェさんは宿の扉を開けて、宿屋のカウンターの横を素通りしてそのまま食堂に入った。


「ポーチェの旦那! お帰りなさい! 領主様への用事は終わったんすね!」


 食堂の一角を占拠していた、黒い毛玉の集団の一人がポーチェさんに気が付いて声をかけてきた。


「うん、こっちの用事は終わったから昼食が終ったら、出発するよ! それとわざわざ、領主様の御息女様が見送りにきてくれたんだ! みんな挨拶して!」

「これはこれは! うちの旦那がお世話になったようで!」


「「お見送り有難うございます!!」」


 十五名ほどの黒い毛玉が一斉に席を立ち、シエラとマリエットに向かって片膝を付き頭を下げた。


「くるしゅうないっす!」


 なぜか、シエラの御付きできているマリエットが腰に手を当て、偉そうな態度で満足そうな表情を浮かべている……。


 ――そして、シエラとマリエットは黒毛玉の集団に交じって昼食を取ることになった。


 黒毛玉の集団の中に紛れてしまったポーチェさんは、正直言って見分けがつかなかった。コボルトの見た目の個体差は毛の模様が少し違うだけで、体格や背格好に差が少なかった。

 しかし、最初に声をかけてきたコボルトは黒い毛並みに、眉毛のような白い模様が付いていたので一発で覚えることができた。


 俺もシエラやマリエットが食べている料理に興味を持ち、少しだけシエラに交代してもらって食べたが、家で食べる料理よりも味が薄くて、口には合わなかったので、そそくさとシエラと代わってもらった。


 昼食もあっという間に終わってしまい、いよいよポーチェさん一行が旅立つ時がきた。


 宿の裏に停めていた荷馬車を表へ出して、コボルト達が慌しく荷物の確認をおこなっている。


「シエラお嬢様、マリィさん! 短い間でしたがお世話になりました! 領主様へもお伝えください!」

「こちらこそお世話になったっす! ご主人様も大変お喜びになっていたので、こちらも感謝ですよ」

「うぅー……もう、いっちゃうの?」


 マリエットとポーチェさんが挨拶を交わす横で、シエラが家を出た時と同じようにぐずりだしたので、今度は俺がシエラを説得してみることにした。


『またポーチェさん来るっていうし、そんな長いお別れじゃないぞ?』

『うん…… わかってるんだけどね…… さみしくてね、きゅーんってなっちゃうの』

『どうする? 代わるか? ポーチェさんもシエラにちゃんと見送って貰いたいと思うけど』

『だいじょぶ! ちゃんとお別れできるもん!』


 シエラの中で決意が固まったようで、しっかりとお別れをすると宣言した。前から思っていたことだが、シエラは三歳児にしては聞き分けが良いし、しっかりとしている……。


「お嬢様大丈夫でっすか?」

「うん! だいじょぶ! ポチさんまた来てね!」

「ええ、また来ますので! お土産も用意してきますね!」


 ポーチェさんは小さなシエラの手を握り、凶悪な笑顔で約束をした。

 スマホの画面に映るその手と顔が、少しだけぼやけて映っている。どうやら、シエラは必死に涙をこらえているようだ。


 そして、ポーチェさん達は荷馬車に乗り込み、村を旅立った――。


「いっちゃったっすね~! お嬢様大丈夫っすか?」

「……っん、だ…だいじょうぶ!」


 マリエットは何も言わずに、小さなシエラを優しく抱きしめた。


「寂しいっすけど、お嬢様はがんばったっす」

「……ひっぐ……うぅ……マリィ……さみしぃよぉ……」


 あまり、来客の多くない屋敷の中ではシエラは、人との別れに慣れていないのだろう。マリエットもそれを知っているのか、抱きしめながら頭を撫でて慰めていた。


 ――見送り終わって、二人は来た道を引き返しながら買物をしていった。

 買い物の途中で、シエラは疲れてしまったのか寝たいと言い出したので、俺と交代することになった。


「マリィ、ここは何屋さん?」

「ここは、魔石屋さんっすね! エレに頼まれて、新しいのを買いに来たっス!」


 珍しいお店で買い物をしたり、村の中を巡りながら帰路へとついた。



 ――そして、村での買い物が終り屋敷へと戻る途中の道で、白い兎が道の真ん中で佇んでいた。

 雪が保護色になっており、真赤な瞳だけが道に浮いているような、不思議な光景だった……。


 兎の真赤な瞳に見惚れてマリエットと眺めていると、先ほどまで道だった場所とは別の、深い針葉樹の森の真ん中に立っていた――。


「あー……これは、不味い事になったっすね……」


 マリエットは辺りを警戒しながら、ボソッと呟いた。

投稿が遅くなって申し訳なありませんが、何とか書き上げることができました!

バトル展開の入口まで何とか持ってこれたので、次話もご期待頂ければ幸いです!

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