-第11話- 領主と行商
――魔術の練習をはじめてから、数カ月たち季節は冬になった。
生活は以前と変わらず、昼間はシエラが剣術の練習をしたり遊んだりして生活し、夜は俺がポーラの授業を受けるのがすでに日課になっている。
魔術は相変わらず、瞑想の修行と座学だけなので目新しい事はしていないが、自己強化の魔術は少し上達して今では腕立てがプラス二十回はできるぐらいまでは可能になった。
ただ腕立て伏せ基準でしか判断ができないので、魔術の効能なのかシエラが単純に成長して力がついただけかは、判断基準としては曖昧だ。
シエラが剣術を習っているときの動きを見ている限りでは、魔術の効能などはあってないようなものなのかもしれない。
それほどに、シエラの動きは俊敏で鋭く力が続く限りは動き回っている。
最初の頃は、木剣をがむしゃらに振り回すだけだったのだが、ジェイラスの指導が適切なのもあると思うが、シエラの努力と才能の結果なのだろう。
俺はシエラの剣術の練習前に、肉体へ自己強化魔術を施すこし力の底上げをいらいされているが、それでもシエラは、ジェイラスとの模擬戦では一太刀もあびせられないでいた。
そんなシエラの行動を俺は夢の中からスマホでのぞいているが、子供の成長を見ているのは面白い物で、あっという間にいろいろな剣技を習得していまう。
夢の中で俺はシエラに剣道の練習を教えているが、直接その上達速度を目の当たりにしている身としては、スポンジの様に柔軟に何でも吸収してしまう、シエラの才能は末恐ろしいものを感じる。
そんな日々を過ごしていたある日、今日は珍客が訪れた――。
「ごめんくださーい!」
屋敷の玄関のノッカーが来客を知らせた。『コンコン』と扉をたたく音と、どこか気の抜けた緩い声が扉の向こうから聞こえた。
マリエットは来客を迎え入れるため、パタパタと早歩きで玄関の扉まで向かい、扉の隙間から来客の姿を確認し扉を開いた。
俺はそんな光景を夢の中からスマホ越しに寝台で寝っ転がりながら見ていたのだが、マリエットが迎え入れた客は、服を着せられた二足歩行する黒い毛色の小柄なシベリアンハスキーだった。
『シエラ? あれなんだ?』
『ポチさんだ!』
犬っぽいが、観察すると手は四足歩行するには適した形ではなく、人間の手みたいになっていた。見た目がかわいいけど、あれモンスターだよな?
マリエットは丁寧にお辞儀をし、珍客をそのまま屋敷の中へと案内した。
「ポーチェさんお久しぶりっす!今日はどうしたっすか?」
「今日は行商で近くまで寄りましたので、領主様へのご挨拶を兼ねて『例の件』のご報告にきましたぁ」
名前はポーチェさんか… ポチとか、どんだけ犬要素を前面に押し出す気だと思っていたが、尻尾ブンブン振ってるし。まぁ、あれは間違いなく犬だ。
「ポチさん! お久しぶりでございます? ござります!」
と、シエラは慣れない敬語を駆使して貴族令嬢としての自覚があるのか、スカートの両サイドの裾を持ち上げ会釈をした。
「あわわ、シエラお嬢様お久しぶりでございます!」
不意に挨拶をされたポーチェさんは、シエラの存在に気付き慌てて挨拶を返す。片膝を付き胸に手を宛がい、深くお辞儀をしている。
「では、私は旦那様をお呼びしてまいるっす! 少々お待ちを!」
「っあ! お願いしますマリィさん!」
マリエットは、ポーチェさんの挨拶を見届けこの屋敷の主である、ジェフを呼びに書斎へと向かって行った。
「それで、シエラお嬢様。お守りはお役に立ちましたか?」
「うん! あのね! すごかったよ!」
シエラが今話している、『お守り』ってもしかして俺とシエラが最初に出会った、あの夢の中でのお守りの事か?
「おおぉ! それは良かったです! あの夢見の守りは入手がなかなか大変だったので、手に入れた価値がありましたぁ!」
犬の笑顔と言うのはパッと見た感じで判断に困る。
口角を釣り上げて牙をむき出しにし、見た目は凶悪そうだが、表情とは裏腹に尻尾は激しく左右に振られているので、感情は読みやすそうだ。
「ありがと! ねぇポチさん? 今日はお土産ないのぉー?」
「ははは! こんな事もあろうかと準備しておりますよ!」
シエラにお土産を要求されることを見越してか、ポーチェさんは背負っている皮のバッグパックから、小さな木箱を取り出し、シエラに手渡した。
ポーチェさんが普通に四速歩行していたら、犬に見間違えしてしまいそうな見た目をしているが、とても気が利く良い人? のようだ。
シエラはお土産をもらい、うれしくて走り回っているのか、スマホの画面に移るポーチェさんがグルグル回っている。
そして、二階のジェフに来客を伝えたマリエットが階段から降りてきた。
「ポーチェさん、旦那様がお待ちしてますのでこちらへ」
「ああ、これはご丁寧にどうも」
俺は、ポーチェさんとジェフがどういう関係なのかが気になったので、シエラに書斎までついて行くようにお願いをした。
そして、久々に入った書斎はいつもよりも綺麗に整理され、応接用の机の上の書類の山もなくなっていた。
「待っていたよ、ポーチェ。君が来るのを心待ちにしていたよ」
「お久しぶりです、領主様! このたびは突然お伺いし、申し訳ありません」
ジェフとポーチェさんは親しい間柄なのか、ジェフは笑顔で握手を求め、ポーチェさんも凶悪な顔で尻尾を振りながら握手に応え、会談をはじめた。
「君からの報告を首を長くして待っていたんだよ、早速聞かせてくれないか?」
「かしこまりました。まずは、前年の馬鈴薯と小麦については、すべて売払いが完了しましたので、その御代はお約束どおり金貨でのご用意をいたしました」
「ああ、助かるよ。去年はうちの領以外でも豊作で、まさか穀物の値下がりがここまで酷いとは予想できなかったからね」
そうか… ポーチェさんは先ほど行商でといっていたので、商売でのジェフとの繋がりなのか。
「はい…まさかコボルト商会もここまで値下がりが続くと思っておらず、商人ギルドからの価格調整措置に入られる前に売りさばけて、ホッとしております」
「買ったのは誰だったんだね?まさかとは思うが、奴らではないとは思うが」
「購入したのは、我が母国のオーク達の集落です。アガルム王国の港より船で直接集落の際最寄の港へ、輸入したため陸路で運搬した者達と僅差ではありますが、なんとか追い抜きました」
「そのルートはたしか危険ではなかったのかい? そんな危険をおかしてまで…」
ジェフは申し訳なさそうに、目を伏せ額に手をあてて何かを考え込んでいる。
「いえいえ、今回の取引にかんしては商会を通していなかったので、どの道ばれた段階で危険はありましたし、リスクに似合った利益も確保はできましたので、ご心配は無用でございます」
「いや、そう言う問題ではないのだよ。友人に無理な頼みを言って、危険な目にあわせてしまったことが心苦しいのだよ」
二人の感覚に若干の食い違いがあるようで、ジェフの申し訳なさそうな表情に対して、ポーチェさんはどこ吹く風といった様子だ。
「商人という生き物は、どうにも強欲なのですよ領主様。利益のためなら自分の命も商品の一部にできてしまうような、愚かな者たちです。しかし…」
ポーチェさんは犬顔の分かりづらい表情で、目をつむり何か考えてから、口を開いた。
「――しかし、信頼を失う事は決してしてしない。勝算もなく無駄に命を賭すのは三流のすること。信頼して頂いたお客様を裏切るような真似を私は、『ヒエマリス』に誓っていたしません」
「あぁ、君がそこまで言うのなら分かったよ。何よりも、君は仕事をこなし無事に戻ってこれたのだから、これ以上の心配は無用か」
わかってもらった事が嬉しいのか、ソファーに座るポーチェさんの背で尻尾が踊っているのが見える。
――その後、旅の話をポーチェさんは簡単に説明し、バッグパックからシエラに渡した木箱よりも、一回り大きい装飾の付いた箱を取り出し、ジェフに渡した。
「約束のものです。お納めください」
「あぁ、確かに。それと『例の件』はどうだったんだい?」
「それがですね… あまり良い状況とは言えないですね…」
今まで明るい様子で話していたポーチェさんが、言葉を濁し俯いた。
玄関でのマリエットでのやり取りでも、『例の件』についての報告といっていたが、一体なんなのだろうか…、怪しい雰囲気だ。
「ふむ… そうか… やはり避けられそうには無いか…」
何が避けられないのか気になる。
「あの、領主様。ここからの話は他言できない事ですので…」
そういって、ポーチェさんは座っているシエラに目線を落とした。
「あぁ、そうだな。シエラ、今からからお父様とポーチェ氏は大事なお仕事の話があるから、ジェイラスに剣術を習ってきなさい」
「うん! わかった!」
と、ジェフはそう言って、この場をシエラが退出せざるおえなくなってしまった。
あと少しで、気になる事が分かりそうだったのに、モヤモヤが晴れないうちに部屋をおいだされてしまった――。
その後、部屋を出たシエラは、庭で植物の手入れをしていたジェイラスを捕まえ、いつものように剣術の練習を開始した。
剣術の修練もいつもと変わらないので、俺は今日の練習は見ずにそのまま夜の交代まで、眠ることにした――。
◇◆◇
――目覚めると回りは真っ暗だったので、もう交代の時間になったようだ。
目覚めてすぐに感じる筋肉痛にはもう慣れた。俺はいつもと同じように、二階にあるシエラの寝室から、まずは夕食をとるため一階にあるリビングへと向かった。
いつものなら、リビングには母シビルが一人で編み物をしているのだが、今日は昼間に来た珍客もリビングに同席していた。
「奥様それでですね、王都で最近の流行は真珠をあしらったネックレスでして…」
「まぁ! 真珠がはやりなの? 去年の流行の宝石は確か… っあ! シエラ起きたのね!」
なにやら、珍客が家の母に真珠を売りつけようと商談しているようだった。
どうにも前世で真珠を売りつけに来るような訪問販売は、胡散臭さがあり俺は信用ができなかった。昼間の会話で誠実だと思っていたポチの信用度が俺の中で下がった。
「シエラお嬢様! お目覚めですかぁ! おはようございます!」
しかし、愛くるしい犬の見た目で、能天気な声色で話されると商人であることを忘れてしまう。それが商人としてのポーチェさんの武器なのかもしれない。
「あ… おはようございます。今日はポーチェさんも一緒なんですね」
「そうよぉ?今日はポーチェさんは家にお泊りになるって、いってなかったかしら?」
ああ、シエラが剣術の修練をしている間に、今日泊まることになったのか。そんなことなら、起きてシエラに事情を聞いておけばよかった。
「そうでしたね! すっかり忘れてました!」
「ふふふ、シエラったらお寝坊さんねぇー」
俺は、シビルの膝に乗せられ、て優しく頭を撫でられた。
「しかし、こう見ると奥様とお嬢様は本当に似てますねぇ! お嬢様も将来は美人になるのは間違いないですね!」
俺もその意見については同意だ。シエラはシビルに似て大きな瞳に、バランスが整った顔をしている。前世でその姿を街中でみたら間違いなく二度見してしまうほどの、美しさだ。
「まぁまぁ、お上手なんだから!」
シビルは照れながら、頬に両手を当てて顔を赤らめ、もじもじしている。そういった仕草の一つひとつも演技っぽさが無く自然にしている。
――そして、夕食の準備が整い、家族とポーチェさんと共に夕食をとった。
今夜の夕食は、来客が同席のためかいつもよりも豪勢な夕食だった。
ポーラの説明によると、冬の渡り鳥の鴨を猟師が狩ってきたので、それを譲ってもらったのだとか。以前食べた、キジと同じ調理方法だったが味や舌触りが違っていて、キジとは別よりも俺は鴨の方が好きになった。
――そして、食後はポーチェさんを含めた家族団らんの時間をとり、本日のポーラの魔術の授業は無くなり、代わりにポーチェさんの話を聞くことになった。
ポーチェさんの事や、外の事を色々と語ってくれた。
その中でも俺が興味を持ったのは、ポーチェさんの種族のことだ。
ポーチェさんのような、犬が二足歩行している種族を『コボルト』といい、種族全体で組合を作り商売をおこなっているのだとか。
コボルト達には大きく二つの役割があり、行商と製造の二つをメインに生計を立てているようで、最も重要な仕事の一つとして、貨幣の製造をおこなっているという。
この世界の通貨は、銅貨、銀貨、金貨での通貨を使用しており、それ以外の取引は物々交換が主流のようだ。その中でも、貨幣は偽物が出回りやすく昔は信用が薄かったらしいが、コボルトが銀貨の製造をすることにより、偽貨幣の銀貨は出回らなくなったらしい。
コボルトの『種族特性』で、銀に魔力を通すことで自由に形状を加工したり、合金を作れるらしい。その特性を生かして通貨を生産しているようだ。
通貨自体にいろいろと、本物と偽物を見分けるための仕掛けが施されているようだが、そこは秘密にしないといけないらしい。
――その他にも、旅の事やポーチェさんの国の事を教えてくれたが、その教えてくれた内容が俺の今後を左右するものだとは思いもよらなかった。