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書籍版第3巻発売記念SS「火竜アグニア、人の営みを概観する」

『NO FATIGUE ~24時間戦える男の転生譚~③』発売記念ショートストーリーです。

時系列的には3巻終了直後の話となります。

 火竜アグニアとその仔竜は、翼を揺らす風の感覚を堪能しながら晴れ渡った空を飛んでいた。

 雲の上の高みから地面へと目を向ける。青い海と陸との境界に潟湖(かたこ)が見える。潟湖の周りには人間の大規模な集落があった。サンタマナ王国の王都モノカンヌス。竜としては例外的に人の営みに興味を持つアグニアはその名前を知っていた。


《見よ、我が仔よ。小さき者どもが成し遂げた目もくらむような芸術を》


 アグニアの言葉に、隣を飛ぶ娘が視線を眼下へと向ける。

 モノカンヌスは潟湖の島を中心に作られた大陸有数の大都市だ。中心となる島には瀟洒な街並みが、島の向かい、潟湖の湖岸にはややくすんだ色合いの乱雑な街並みが広がっている。2つの街並みは湖を渡る一本の細い糸――モノカンヌス金門橋で結ばれていた。

 アグニアの娘が、疑問の声を上げた。

 竜の知能の発達は人に比べて随分時間がかかる。アグニアの娘はまだ明確な言語を獲得するには至っていない。が、言語とは別に知能そのものは人の子どもと遜色ない程度には発達していた。


《なぜ島とその周囲とで街並みが異なるのか……か? よい疑問だ、わが仔よ》


 アグニアは数十年前に聞きかじった知識を思い出しながら娘に答える。


《人間は群れで暮らす。それも、尋常ではない数の巨大な群れを作る。これほどに巨大な群れを作る動物は自然界には人間以外に存在しない。蟻や蜂ですらこれほどの規模の集落は形成しない。しいて例を探すなら、ゴブリンやオークどもも群れを作るが、それらの規模は大きなものでも百程度だろう。我が仔よ、あの都市に人間がどのくらいいると思う?》


 娘は考える様子を見せてから、両手を握ったり開いたりする。

 アグニアは苦笑した。


《すまぬ。おまえがまだ数を言えぬのを忘れていた。だが、おまえが想像するよりはるかに多くの人間があそこにはいる。我の知識はやや古いが、20万を超える数の人間が住んでいるはずだ。》


 娘が驚く。


《我とおまえとの間ですら、考えは時に食い違う。それが20万。これをいかに率いるか?》


 娘が考えこむ。


《その意味では人間の王は我には想像もつかぬほど複雑な問題に常に晒されているのだ。それぞれに別の考え、別の利害を持つ20万の個体をまとめあげねばならぬのだからな》


 娘が疑問を呈するように啼く。


《どのようにそれを実現するか、か? 理想は、すべての個体の意見を取り入れ、全員の納得できる方針を採用すること……となろうが、これは現実的ではない。実際には、王が臣下を支配し、臣下が民を支配する。誰が命じ、誰が従うかをあらかじめ決めておくという手段が取られる》


 娘が嫌そうな顔をした。


《うむ。竜は支配されることを嫌う。むろん、人とて、程度の差はあれどそれは同じだ。だから法というものを作り出す。自分は他人に暴力を振るわないとするかわりに、他人にも自分に暴力を振るうことを禁じるのだ。片手に剣を持った人間同士が、自らの安全のためにもう片方の手で互いの手を握り合う。その関係はやがて個体の範疇を超えて集落全体に共有されるようになる。が、その過程で強者と弱者が、命じる者と命じられる者とが分化する。おまえが今、あの集落を見て感じた違和感はそれだよ。命じる者は裕福になり、命じられる者は貧しくなる》


 娘が悲しげに啼いた。


《そう、それは不幸なことだ。あのきらびやかな、竜の大きな手では造り出しえない集落の中に、いったいどれほどの不幸と苦難がつめこまれていることか。それが、人の子の哀しさというものだ。さいわいにして、人の子の命は我らよりも短い。我が以前、おまえが生まれる前に見たあの集落と、今の集落は大して変わっていないように見える。が、昨日の川と今日の川が同じではありえぬように、人の世も常に移ろっている》


 娘は難しそうに考えこむ。


《……すこし、難しかったかもしれぬな。が、我らが爪牙は強大にして鋭く、鱗は人の子の武器では貫けぬ。我ら竜は圧倒的強者であるといえよう。しかしだからといって小さき者どもをいたずらに虐げてはならぬ。おまえには人の子の哀しみがわかる竜になってもらいたい》


 そう言うと、娘が反論するように啼いた。


《ふふっ。たしかに何事にも例外はつきものだ。エドガー・キュレベルか。かの善神の使徒は、我はともかくとして、おまえならば退けかねんほどの力を持っていたな。我ですら、場合によっては危ういかもしれぬ》


 娘が啼く。


《そうか、勝ちたいか。それもよかろう。が、人の子は命短きがゆえに成長も早い。一方我ら竜は大きくなるのに時間がかかる。しばらくはエドガー・キュレベルの有利となるであろう。もっとも、悠久の時を考えれば、それほどの力を持っていてもやがては滅び去る運命にあるのだがな》


 それは自分も同じかと、アグニアは内心で自戒した。竜の寿命は長いが、事故で死ぬことはありうるし、稀ではあるが竜を(しい)そうと試みる命知らずの人間もいる。

 しばらく無言で、アグニアと娘は空を飛ぶ。モノカンヌスはすぐに後方へと去り、王都周辺の穀倉地帯が続く。穀倉地帯は森林にぶつかって途切れ、森林の先には乾いた砂漠が現れた。

 アグニアの知識が古くなっていなければ、人の子がソノラート王国と呼んでいるはずの地域に入った。

 ちょうど、アグニアの通過する真下を、騎馬の一団が駆け抜けていくのが見えた。といっても、この高さからでは蟻の行列ほどにしか見えないが。

 娘が不思議そうに聞いてくる。


《あれが軍というものだ。ソノラート王国は荒れている。あるいは他の軍と戦いに行く最中なのやもしれぬ》


 娘は一層不思議そうな顔をした。


《なぜ人間同士で戦うのか、か。彼らに直接聞けば、いろいろに説明することだろう。が、煎じ詰めれば単純な問題だ。ここに1つしかない肉がある。我がそれを食ってしまえばおまえは食えぬ。おまえが食ってしまえば我が食えぬ。人の子にも、奪い合うしかないものがある。土地、水源、食糧、異性……群れて暮らす人間にとっては、群れの中での順位も重要だ。人の子の生は、他の人間との奪い合いによって成り立っているといっても極論ではなかろう》


 娘が啼く。


《そうだ。だからこそ我は人の子とは争わぬ。争いとは、限られたものを奪い合うことだ。強き者が弱き者と争えば、弱き者は必ず何かを奪われることになる。むろん、我にも譲れぬものはあるが、それ以外であれば、土地に縛られ身分に縛られ、不自由のまま短き一生を送る人の子らに譲ってやるべきだと思うのだ》


 だからこそ、造りかけの巣を放棄した。そして、新しい巣を探す旅に出た。

 再び無言でアグニアは飛ぶ。サンタマナに比べ荒れた様子のソノラートの集落や耕作が放棄された畑を見下ろしながら飛び続ける。竜蛇舌大陸(ミドガルズタン)の大地が徐々に様子を変えてきた。ところどころで隆起し、褶曲し、地面が複雑な曲線を描くようになる。地面はやがて、見渡す限り続く長い断崖によって遮られた。断崖は東西に走り、北側が高地に、南側が低地になっている。


《人の子には不便の多い地勢だということはわかるだろう?》


 娘が頷く。


《この断崖を堺に、土地の様子は大きく変わる。気候も異なる。当然、住んでいる人間らの様相も異なってくる》


 娘は驚いたようだ。


《この先にも人が住んでいるのか、か。さよう。この先にも人の子は住んでいる。中央高原と呼ばれる比較的平坦な土地に人間の国が存在する。そのさらに向こうは極端な寒冷地で、悪神に魅入られた魔族たちの跋扈する土地だ。人間は平坦な土地で産み、耕し、軍備を整え、北の魔族と対決している。あまり、近づきたくはない。竜を魔物と見なす者も多いからな》


 娘が疑問の声を漏らす。


《気にせず返り討ちにすればいい、か。だが、そうもいかぬ。これは我の思想信条によるものではない。単純に、強いのだよ。魔族も、それに抗っている人間たちも。中央高原――とくに北のフロストバイトと呼ばれる地域で行われているのは、善神たちと悪神モヌゴェヌェスの代理戦争のようなものだ。力を磨き、蓄え、殺しあう。中には竜に手傷を負わせるほどの手練れもいる。……むろん、我を倒せるほどの者は数えるほどもいないであろうが、巻き込まれれば激しい戦いになるだろう。何も好き好んで、そんなところにおまえを連れて行きたくはないのだ》


 娘が納得したように唸りを上げた。


《……やれやれ。やはり、大陸の東側は人の子が多すぎる。山脈の西側に行くしかなかろうな。部の民には移動の負担をかけてしまうが、しかたあるまい。……まったく、よい棲処が見つかったと思ったのだがな》


 まさか、他の集落からあれほど離れた荒野に住み着く人間がいるとは思ってもみなかったのだ。

 エドガー・キュレベル。あの善神の使徒と話せたのはよい経験ではあったと思うが。

 ちなみに、アグニアはあの人間の子らが娘を傷つけたことについては気にしていない。自己再生のアビリティがある以上、あの程度の怪我は織り込み済みだ。娘にとってもいい経験となっただろう。竜は大きければ大きいほど強いとされるが、人の子の強さは見かけとは関係のないところにある。竜は強き者である。それは事実として揺るぎないが、だからといって油断しては、痛い目を見ることもあるのだ。


 アグニアは翼を翻す。大陸を横断する長大な断崖に沿う形で旋回する。

 火竜の親子は、西から差す夕日に溶けこむように見えなくなった。

『NO FATIGUE ~24時間戦える男の転生譚~③』、今日くらいから書店に並ぶそうです。よろしくお願いいたします!

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