魔女の末裔(?)の重たい助言。
光は幼い頃から察しが良い。
無論、20年以上の付き合いだし、俺のことになると尚のこと。
それにしても、あの一瞬見せたの隙だけで、俺が考えていたことを察するって…恐ろしい。
ひょっとして、魔法使い…いや…妖艶な容姿からして、魔女の末永なんじゃないだろうか、アイツ。
あのあと、追いかけて捕まえた光からお土産を受け取った時、
「なんかもしかしたら、丁度良かったかも。」
と、光は呟いていた。
そして、光にしては珍しく強い口調でこう言った。
「これは絶対に梓ママちゃんに渡しちゃダメだよ!梓ママちゃんには僕が別にお土産を渡すから。ちゃんと有効に使うこと!」
俺の母親を未だに“ママちゃん”って呼ぶ辺りで、口調の強さが半減していたものの、光の勢いに押されて頷くしかなかった。
丁度良かったかもって、なんだよ…。
なんのことやら分からないまま、受け取った土産物の入った紙袋を講義の後、研究室で机に座り、片手で頬杖をつき、目の前にぶら下げてマジマジと見ていると後輩の高井 沙羅が声をかけてきた。
「コレ、どうしたんですか?」
一瞬、光の名前が出そうになったが、それだけで騒ぎになりそうな気がして濁す言い方にした。
「ああ、幼馴染みからのお土産。」
「へぇ…それギリシャのKORRESってオーガニック化粧品で有名なブランドですよ!」
「え?そうなの?」
「ハンドクリームとかリップバターとか、特にワイルドローズの使ったものは人気なんです!幼馴染みさん、ギリシャに行ってきたんですね~良いなぁ~。」
なるほど…それで光は俺にコレを有効に使えと言ったワケか…。
「松原には無用の長物なんじゃないか?お前、彼女いないんだろう?」
そう教授がからかう様に言いながら、研究室に入ってきた。
「女性向けとは限りませんよ、教授!KORRESにはメンズラインもあるんですから!」
「ほう、そうなのか。だが松原が洒落っ気を出したところで、イケメンに拍車がかかるだけだ。他の男子は面白くなかろう。」
「大丈夫です!松原が残念イケメンなのは皆分かってきてますから!」
桐谷の言葉に笑いが起きる。
「残念で結構です。容姿だけで好かれても嬉しくないですから。」
「そろそろ彼女作らないと有ること無いこと噂になるぞ!」
さっきまで青い顔して、俺と光の関係を疑ってた奴が良く言う。
「お前が流さなければ、噂にもならねーよ!」
一仕切り笑いが収まると馬鹿話は終わりだと言う風に教授に手招きされて、教授の机の前に立った。
「研究データのまとめ、ご苦労。とりあえず暫くは企業との共同開発案件とお前の会社の方に集中してくれて大丈夫だ。」
「ありがとうございます。卒業まで余裕がある内に共同開発の案件、そろそろ後輩に任せたいんですが…」
「ワシは構わんが、お前を名指しで指名してくれた葛城部長には筋を通しておけ。卒業後の顔繋ぎにもなるからな。」
「分かりました。」
「後任は誰にするつもりだ?」
「御原と増淵が適任かと…。なにかと手伝って貰ってましたし、二人の研究テーマの方向性も葛城部長の案件に向いてます。」
「正式に話がまとまったら報告してくれ。」
「はい。」
返事をした俺の顔をみて、教授が溜め息を吐く。
「お前、本当に大学に残るつもりはないのか?ワシは研究者として残って欲しいんだがなぁ…。」
「済みません。魅力的な話ではあるんですが、俺にもやりたいことが…。」
「だよな。まぁ…気の早い話だが卒業後も協力は惜しまんから、気軽に訪ねてくるといい。」
「はい、ありがとうございます!」
その時、高井が俺の後ろの方でコソッと桐谷に話しかけていた。
「そう言えば、松原先輩のやりたいことってなんなんですか?」
「平たく言えば、軽量化と耐久性を兼ね備えたエコロジー物質の開発。アイツの場合は地球環境に優しい物質処理の簡素化を盛り込んでいる。植物性のものとか。科学的に色んな物質を混ぜてしまえば、ゴミとして処理する際に有害な物も出やすくなるからね。」
「なるほど…」
「アイツ、幼いときから人間が作り出した物なのに、ゴミ処理に苦労していることが謎だったらしいんだよね。」
「なるほど…着目点はとても素晴らしいですが…先輩の華やかなお顔から見て、内容はジミですね。」
「だよな。」
教授との話が終わって、大体想像のつく二人の笑い声に、俺は背後から高井さんと桐谷に話しかけた。
「ジミで悪かったな。」
「ま、松原先輩!!」
「でた、社長の地獄耳!」
「大体お前らが話していることなんて、聞こえなくても想像がつくわい!とりあえず、俺は帰るから後はよろしく!」
「お、お疲れ様です!」
研究室を出た後の俺の頭は、光からの土産をどうやって由梨子さんに渡すか?でイッパイになっていた。
ぶっちゃけ、物心ついてから母親以外の女性にプレゼントなどした記憶はない。
年端もいかない子供の頃に、幼稚園の遊び時間に作った折り紙の朝顔をせがまれて渡したぐらいだ。
バスを降りて、自宅近くの商店街を歩きながら考えるも妙案が浮かばない。
少し前のぷに子版・由梨子さんだった頃なら、時期的に母の日の便乗でプレゼントしたかも知れないが、今の由梨子さんには死んでもそんなプレゼントの仕方はしたくない。
しかし、光からのお土産をただ渡すと言うのはどうなんだろうか?
結局、俺からは何もプレゼントしていないことになる。
どんなに考えても渡す理由が見つからないプレゼント…。
光の「有効に使うこと!」という言葉のせいで、なんか妙に重たい気持ちになってきた。
暫くは保留でもいいかも知れない。
俺の気持ちも定まっている訳ではないし、慌てて失敗はしたくなかった。
自宅マンションに着いて玄関のドアを開けると、明かりが消えていた。
「あれ?」
今朝、俺は由梨子さんに今日は早く帰ると話していたハズだ。
首を捻りながら、リビングへと歩いていく。
「ただいま~?由梨子さん?」
リビングも明かりがついていない。
夕暮れの太陽の光りが差し込んでいるものの、電気なしでは不便を感じるレベルだ。
そして、ある筈の由梨子さんの姿もなかった。
キッチンに行くと特に準備されている形跡もない。
「おかしい…」
こんなことは初めてだった。
俺が帰る時間が早い時は、必ず由梨子さんは全て食事の準備を終わらせている。
それが何一つ終わっていないのだ。
急な買い物に出るなら出るで、メモ書きを置いていくハズだが、思うにメモ書きを残す必要がない時間帯に由梨子さんは出掛けたのかもしれない。
と、言うことは…かなり前に買い物に出たことになる。
由梨子さんがいつも買い物するのは、近所の大きな商店街だ。
マンションからは、さほど離れてない。
俺は何となく不安になって、財布とスマフォと鍵をパーカーのポケットに突っ込んで、マンションを飛び出した。