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第8話 ~至福のひと時~

 謎の銀髪女から渡された飾りっ気のない片手用直剣《ZIN》は、実戦一本の地味な見た目から想像できないほど高スペックな剣だった。ただ序盤のほうにある武器と比較した場合の話になるが。

 攻略サイトで調べてみてある程度の情報は仕入れていたのだが、学校でその日の出来事を話すと撫子が頼んでもいないのにあれこれ話し始めた。ちなみに現在進行形で続けている。


「博人さんが手に入れた《ZIN》という剣はですね、ブレハーのパッケージ版プレミアパックに付いてきていた特典でありまして、序盤では破格の性能を持った剣なのですよ。生産数が少なかっただけに持っているプレイヤーはそうそういません!」

「あぁうん……」

「それにですね、強化していくと伝説級武器にも匹敵する性能になるというもっぱらの噂でして……博人さん、ちゃんと聞いているんですか!」


 聞いてます、聞いてますよ。

 だけどね撫子さん、その話って今しないとダメなのかな。個人的には帰りながらとか、ブレハー内でやってもいいと思うんだ。爽太なんて「おれはレベル上げしとくから、またあとでな」ってさっさと帰っちゃったし。


「大切なことなのでもう一度言いますけど、強化していくと最強レベルの剣になるそうなんですよ。ただ強化に必要なアイテムが馬鹿げた数量必要だったり、レアアイテムだったりするそうです。それに加えて、見た目は実戦一本の飾りっ気のない直剣のままらしいので……現在、《ZIN》の多くはきっとプレイヤーのストレージで眠っているでしょう」


 うん……あのね撫子、今言った情報って攻略サイトに載ってたから、ぶっちゃけ時間の無駄でしかなかったよ。言ったら泣きそうというか、帰るのが遅くなりそうだから心の内に留めておくけど。


「すっきりしたか?」

「はい、満足です。それで話に出てきていた謎の女性プレイヤーのことなんですが」

「まだ話すのか……」

「そんな露骨に嫌そうな顔しなくても……無表情が博人さんの良いところでもあり、悪いところじゃないですか」


 機嫌を直したいのか直したくないのか分からんセリフを吐く奴だな。

 いや、こんなことをしている場合ではない。早く帰ってブレハーにログインし、新たな愛剣と共に戦いたい。朝からずっとそれを考えてうずうずしてたし。


「じゃあ俺は帰るから」

「も、もう少しだけいいじゃないですかぁ!」


 歩いていた俺に制止を掛けようと勢い良く飛びついてきた撫子。言わなくても分かるだろうが、見事なまでに前方に倒れこんだ。顔を打ったりすることはなかったが、両手が地味に痛い。


「博人さん……ちゃんと受け止めてくださいよ」


 ……こいつは何を言っているのだろうか。前方から来たのならばまだ理解する余地はあるが、後方から飛びついてきたくせに受け止めろだなんて無茶もいいところだ。小学生くらいならまだしも、運動部でもない俺が撫子を受け止めきれるものか。


「重い、さっさと退け」

「はっ――!? 博人さん……乙女に向かって何てことをおっしゃるのですか」

「何でお前が怒るんだよ。高校生に乗られて重たくない人間なんていないだろうが。というか、こんなことばかりするからお前は女として見られないんだぞ」


 事実であろうことを述べただけなのだが、どうやら撫子にはクリティカルヒット(主に後半部分が)してしまったようで、床に指で文字を書きながら落ち込んでしまった。普段の彼女とは思えないほど、発せられる雰囲気はどんよりしている。

 今のうちに帰ることはできるが……これは何かしらフォローしておかないと、後々面倒になりそうだよな。女友達とかに言われたら俺の評価が爽太並みになりかねないし。つるんでる時点でなってるかもしれないけど。


「えーと、そのさすがに言い過ぎた。お前は……なんだ、それなりに美人でそこそこスタイル良いし、多分好意を抱いている奴はいるんじゃないかな」

「……博人さん、励ますのなら……それなりに! とか、そこそこ! とか、多分! とか付けないで言ってもらませんかね!」

「……面倒くさ」

「め、面倒……そんなんだから恋人ができないんですよ!」

「できたことない奴から言われてもなぁ」

「ひ、博人さんなんてもう知りませぇぇん!」


 撫子は涙を浮かべながら疾風のように教室から出て行った。その直後、今日のブレハーを行う待ち合わせ時間が書かれたメールが来るあたり、ダメージは皆無だったと思われる。

 本当に騒がしい奴……、なんて思いながらカバンを持って教室を出ると、出た瞬間にドアの近くに誰かが立っているのに気が付いた。


「あ、雨宮!?」


 いつも颯爽と帰宅しているイメージがある彼女が居たことに俺は大いに驚いた。周囲から見た場合は違うかもしれないが。


「ど、どうしたんだ? 誰かに用事でも……」


 ……って、教室には俺と撫子しかいなかったか。つまり俺が最後……まさか


「ううん、帰ろうとしてたら誰かが走って出てきたから……それで驚いて止まってただけ」


 ですよねー。

 分かってたことだけど地味に心が……いやいや、こうして話せてるだけでも充分進展しているか。うん、そうだ。きっと、そう……振られた直後に比べれば格段に良い状態なんだから。


「あぁ……それは悪かったな」

「何で神楽が謝るの?」

「いや、さっきの俺の知り合いだから。走ってたのに俺も関係しているし」

「そう……さっきの子と仲良いの?」

「え……まあガキの頃からの付き合いだから悪くはないと思うけど」


 もしかして……俺と撫子の関係を気にしているのか。俺に対して興味を持ってくれているのか?

 なんてことを隣を歩く雨宮をチラ見しながら考えるが、彼女の表情はいつもどおり感情が見えないフラットな状態だ。普通に考えて、撫子の存在を話題として使ってくれただけだろう。

 何だか一緒に帰れているが、良くても校門までかもしれない。ここで会話を終わらせるわけにはいかないよな。


「その……今日は帰るの遅いんだな」

「本読んでたから」

「そ、そうなんだ」


 はい、会話終了。

 いやいや、ダメだろ俺。何を読んでたの、とか色々と膨らまし方あっただろうが。……くそ、一度沈黙が流れ始めると聞きづらくて仕方がない。……俺はもうダメかもしれない。

 内心で深いため息を吐きながら歩いていると、不意に言葉が耳に届いた。誰かというと、無論隣に居た彼女しか居ない。


「本は買えた?」

「え……」

「この前……私に譲ってくれた」

「あ、あぁうん、あの後すぐに別の場所に行って買った」

「そう……」


 淡々とした声ではあるが、どことなく雨宮の顔には安心したような色が見える。この前のことを気にしてくれていたのかもしれない。

 それに雨宮のほうから話しかけてくれるなんて……やばい、顔がにやけそうだ。我慢、我慢だ博人。ここでにやけてたら変な奴だと思われる。


「……そういえば、神楽は今どこを拠点にしてるの?」

「拠点? ブレハーの?」

「うん」

「今はまだ《始まりの街》だな。多分数日中には《中央》のほうに移ると思うけど」


 正式名称は《スヴェート》という街……いや、大きさから都市といったほうが正しいかもしれない。

 この都市は大陸中央の位置に存在しているため、《中央》と呼ばれることが多い。早い者はレベルが10に達した段階で、遅くとも20前後で訪れる。

 中央からは大陸全土へ行ける道が無数に存在しているため、多くのプレイヤーが拠点にしている。それは戦闘系ではなく生産系のプレイヤーもだ。ある意味では《中央》に到達してからが、真のブレハーの始まりとも言えることだろう。


「そう……頑張って」

「ありがと……その」

「何?」

「えっと……いや、何でもない」


 一緒にしよう、どころか生産系の知り合いを紹介してくれないかとも言えない俺はヘタレなのだろう。

 ……でもさ、仕方ないだろ。ろくに話したこともなかったんだからさ。あまりガツガツ行くと嫌われるかもしれないじゃん。


「「………………」」


 あぁー本格的に沈黙してしまったぞ。すでに下駄箱付近に来てしまっているし、至福の時間もここまでか。

 などと思っているうちに、クラスが別であるために別々の下駄箱へ。その際に会話はおろか目配せのような一切なかった。やはり雨宮の中で俺は大した存在ではないらしい。

 雨宮の姿がないことを良いことに(使い道がおかしいかもしれないが)、俺は思いっきり肩を落とした。靴を履き替え玄関から出たときには、すでに彼女の姿はなかった。

 先に帰ったのか……いや、まあ俺を待つ理由もないんだけどさ。でもせめて後姿くらい見たかったな。すでに姿がないとか、どれだけ急いで帰ったんだよって話だし。雨宮が優しさで会話してくれてただけで、俺ってやっぱり避けられてるのかな。


「神楽?」

「――っ!?」


 背後から聞こえてきた声に、俺は盛大に身震いをした。振り返ってみると、そこにはやや首を傾げた雨宮の姿が。どうやら靴を履き替えた後、そのまま前方にある玄関から出ずに俺のほうに回っていたようだ。

 まだ一緒に居れるってことで嬉しいけど……心臓に悪いな。驚愕や緊張でバクバク言ってるし。


「どうかした?」

「い、いや、そのちょっと考え事を……」

「考え事?」


 お前のことを考えたんだ。

 なんて言えるわけがない。だって告白して振られた身ですし。そんなこと言ったら嫌われること間違いなしだもの。かといって切り出せる手札もそう多くないわけで……


「えっと……スキルとか装備どうしようかなって」

「あぁ……うん、そういうのは悩むよね」

「そうなんだよ。まあ、悩むのも楽しいんだけどさ」

「うん、分かる」


 そう言った雨宮の顔は、ほんのわずかであるが笑っていた。俺の心が撃ち抜かれたのは言うまでない。

 神様、普段はいるとは思っていないけど今日は感謝するよ。俺、今凄く幸せです。今日という日を今後忘れません。

 顔には出さないようにしながら幸福感を噛み締めつつ校門へと向かっていく。至福の時間もついに終了を迎えるわけだが、でも笑顔を見れただけで充分過ぎる。これ以上欲張ったりはしない。


「……またね神楽」


 雨宮は男相手には言い慣れていないのか、どこか恥ずかしげな顔で小さく手を振る。そのあまりの破壊力に思考が停止しかけるが、どうにか俺も小さく手を振りながら「また」と言うことが出来た。

 ただそれで限界を迎えてしまった俺は、雨宮の姿が見えなくなるまでその場に立ち尽くしたのだった。



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