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第5話 ~老騎士と獣人~

 待ち合わせの30分前に課題を終えた俺は、撫子から渡されていた『満足バー(チョコ風味)』というお菓子なのか栄養補助食品なのかよく分からんもので小腹を満たし、ブレハー内にログインした。

 待ち合わせ場所である《始まりの街》の中央広場。そこにある電灯に背を預けながら、腕を組んだ状態で周囲を確認する。

 視界の右上の隅にある時間は【18:18】と表示されている。

 ログイン前に課題にもう少し時間が掛かると連絡があった爽太は、あと数十分は来ないだろうが撫子は最低でも5分前に行動する奴だ。今日の浮かれ具合から考えるに、すでにログインしている可能性は大いにある。


「……そういや名前とか聞いてなかったな」


 帰宅と課題を優先したために即行で学校を出たのが仇となった。少し不安になってしまったが、まあ俺達は幼い頃から付き合いがある腐れ縁同士だ。何となく相手の考えは理解できるだろう。

 前にやってたゲームも一緒にしてた時期もあるし、俺の性格を多少なりとも知っている撫子なら俺が今の姿でプレイしているって思うだろう。探し回ったりせずにここで待っておくことにしよう。


「…………ん?」


 空いているスキルスロットを何で埋めようか考えていると、不意に視界が暗くなった。ウィンドウから視線を外してみると、俺よりも頭半個分ほど背の高い壮年の男性が立っていた。金属製の鎧を身に纏っていても保たれている姿勢と顔にある古傷のせいか、いかにも歴戦の戦士といった雰囲気がある。


「若、探しましたぞ」


 重みがあるがよく通る声で男性プレイヤーは話しかけてきた。視線からして『若』というのは、俺を指している言葉なのだろう。

 あまり考えたくはないことだが……このゲームは性別を偽ることが可能であるし、外見も現実とかけ離れたものにできる。学校でした待ち合わせに時間帯、無愛想な俺に親しげに話しかけたことからして、目の前にいるプレイヤーはあいつしか考えられない。


「お前……」

「おぉっと、リアルネームを口にするのはマナー違反ですぞ」


 ってことは……やっぱり撫子か。

 それなりにスタイルの良い美人の腐れ縁が、こんな渋い老騎士になると誰が予想しただろうか。まあゲームによる制約がなく、彼女の性格ならば可能性として考えられないわけではないのだが……俺はともかく、爽太は騒ぎそうである。


「いやはや、無事に合流できて良かった。名前や容姿について何も話しておりませんでしたからな。まあ若は前と似たようなお姿だと思っていましたが」


 と言って豪快に笑う撫子――もとい老騎士。

 現実のあいつを知らなければ……いや性別が男だったならば、まだすんなりと受け入れることができていただろう。

 ……けど、どういうプレイをしようと本人の自由だよな。間違って今の姿になったってことは考えられないし、こいつが良いのならそれでいいか。


「お名前は前と同様にカグヒトですかな?」

「ああ」

「そうですか。私はアイゼンと名乗っております。若、以後お見知りおきを」


 若って言い方からしてどこぞの家に仕えている騎士って設定なんだろうが……これだけ親しげに話しておいてお見知りおきをってのも変だと思うんだが。というか


「若ってなんだよ。俺、どこからどう見ても良いところの坊ちゃまじゃないぞ」

「それはですな、幼き頃の両親を失われ……」

「あぁうん、お前がそう呼びたいなら呼んでいいよ」


 爽太が来るまでの暇潰しに聞いてやってもいいのだが、とんでもなく長くなりそうだし、何よりあまり興味を持てていないのでつまらないと感じることだろう。それなら素直に呼ばせてやったほうがマシというものだ。現実でも呼び出したらさすがに何か言うだろうが。


「もう、カグヒトさんつれないです。せめてもう少し話を聞いてから承諾してください」

「素に戻ってるぞ」

「ははは、何のことですかな」


 うん、違和感はさすがにまだ拭えないけどまだこっちの話し方のほうがいいな。今の姿で普段の話し方されると正直に言って気持ち悪く感じたし。


「それにしても、そろそろ約束の時間ですがこちらに来そうなプレイヤーはいませんな」

「ん? あぁ、あいつなら少し遅れるかもって連絡が来てたぞ」

「そうですか……やれやれ、なぜ私にも伝えてくれぬのか。大した手間ではないでしょうに」


 それはそうだが……すでにログインして探している可能性もゼロではない。かなり必死なのはメールからも伝わってきていたし。

 俺はともかく、撫子がこんなだからな……見つけたとしても違うって思われる可能性は充分にある。こっちから見つけられればいいが、あいつがどんな容姿してるか分からんしな。まあ19時くらいまで待ってみて考えることにするか。


「ところで、若は今レベルはいくつです?」

「7になったばかりだけど」

「む、始めたのは先週と言っておりましたな。それですでにレベル7とはなかなかのハイペース。さすがは若です。ちなみに私は21です」


 まあ装備を見たときから何となく分かっていたことだからいいんだけど、何故に対抗意識を燃やしているような口調で言ったんだよ。別にお前に勝ちたいとか思ってないから。


「若のご友人は……おそらくレベル1でしょうな」

「だろうな……なあ、若はあっちじゃダメなのか?」

「それは……ちょっと」


 リアルな反応見せるなよ。表面上は取り繕ってるけど、もしかしてあいつのこと嫌いなの……、みたいに思っちゃうだろ。そうじゃないよな、ただ自分の中にある設定ががらりと変わるからそういう反応したんだよな。


「まあ……若って呼んでいいって言った以上、お前の設定が変わらない限りそれでいいけどさ。それで、今後の動きはどう考えているんだ? 俺やあいつはまだレベル低いわけだし」

「そうですな……ただ若もご友人も新人であっても初心者ではありません。ですので……《ささやく森》などはどうでしょう?」


 ささやく森……確かこの街の東にある森で推奨レベルは5以上だったな。奥に進むと最高でレベル10ほどのモンスターが出るって情報もあった気がする。

 俺はともかく、レベル1であろう爽太には厳しい気がするが……まあこの老騎士が守ってくれるか。そうじゃなけきゃ自分から言い出さないだろうし。


「ん、いいんじゃないの。お前があいつのことは守るんだろ?」

「もちろんですとも。若の命とあらば、このアイゼンたとえ……」

「お前さ、あいつのこと本当は嫌いだったりする?」

「いえ、そんなことはありませんよ。嫌いだったら今日まで付き合いがあるはずありませんし」

「ふーん、ならいいけど……あと迂闊なこと言わないほうがいいぞ。言ったら火の中にも水の中にもぶち込むから」

「そんなぁ、それはあんまりじゃないですか。ゲームの中での設定なんですから、それくらい言わせてくださいよぉ!」


 分かった、分かったからそれ以上近づくな。現実のお前ならまだしも、今のお前に泣きつかれるのは嫌だ。これ以上距離を詰められるなら鉄拳制裁もありえる。見た目は男とはいえ、中身が女を殴るのはさすがに……


「私とカグヒトさんの仲じゃないで――」

「近い!」

「――すか……んぐ!?」


 …………あっ。

 しまった……つい右手が。街中は安全圏だからHPの減少はないが、力加減を間違えればGMコールの対象になってしまう。撫子もといアイゼンがGMに報告するとは思わないが……面倒になるよな多分。


「ぐす……殴るなんてひどいです」

「あぁ……うん、殴ったのは悪かった」


 だから今の姿で女らしい格好をしないでくれ。周りの目が凄いことになってるから。


「もうお嫁にいけません……」

「それは大丈夫だろ。ここでは、お前は婿に行くだから」

「もう少し慌てたりしてくれても良いのではないですか?」

「人の目があるところで今のを続けるのはごめんだ」


 はたから見たら引かれてもおかしくないやりとりだっただろうし。

 そういえば……俺はこっちでも現実同じで170半ばくらいの背丈にしているわけだが、目の前にいる老騎士の背丈は俺よりも高い。大体180前半といったところだろうか。

 現実の撫子の背丈が160半ばくらいのはずだから……感覚のズレは大丈夫なのか。数cmならまだしも、20cm近く高くしているわけだが。


「なあ」

「何ですかな?」

「そんなに背丈変えて大丈夫なのか?」

「ふっ、問題ありませんよ……最初は苦労しましたがね」

「ドヤ顔で言うのは前半だけにしとけよ」


 正直なのは良いことだけど、カッコいいかと言われたら全くカッコ良くないから。

 現実と変わらない他愛もない会話をしていると、こちらに駆けてくる足音が聞こえた。視線を向けてみると、チャラそうな印象の獣人が息切れを起こしていた。


「わりぃ……遅くなった。……というか、もっと中央のほうに居ろよ」


 キツネのような耳が付いているが、顔立ちは現実のあいつのものだ。装備は見るからに俺と同じ初期装備だが、俺とは違って遠距離主体のようで弓を持っている。


「遅れて奴から言われたくないんだが」

「ぐ……悪かったよ。えっと、カグヒトでいいのか?」

「ああ。お前は?」

「ヴァンだよ……ところで」


 爽太もといヴァンの視線は、俺の隣へと向けられた。まあそれも当然だと言える。一緒にいると思っていた撫子は渋い老騎士になっているのだから。


「そのじいさん誰?」

「あぁ、こいつは」

「はじめまして、私はアイゼンと申します」


 はじめまして?

 撫子はいったい何を言っているのだろう、と思ったが、爽太をからかうつもりなのだとすぐに分かった。今の姿ならば俺が合わせれば確実に騙せるだろうが、あとで面倒になりそうな気もする。撫子だと分かったときの爽太の顔を考えると流れに乗ってもいいとも思うが。


「あぁどうも」

「実はですな、待ち合わせをされていた彼女なのですが急な用事が出来てしまったらしく、急遽私が助っ人として呼ばれたのですよ」

「え、そうなんですか? ったく、しょうがねぇなあいつも」


 遅れてきたお前が言うな……と言いたいところだが、迂闊に会話に参加すると笑いが堪えなくなりそうだ。


「えーと、アイゼンさんですっけ」

「アイゼンで構いませぬよ。礼儀やマナーは大切ですが、ここはゲームの中ですからな。もっとフランクにいきましょう」

「でも、そっちは」

「ははは、私は従士という設定ですからな。今日はカグヒト殿を主として戦う所存ですぞ。無論、ご友人のヴァン殿もお守りしますからご安心を」


 キャラを作っていると言われてしまっては、ヴァンもこれ以上は何も言えないらしく、普段俺と話すように話し始めた。アイゼンが撫子だと分かっている俺は、見ている内に笑いがこみ上げてきてしまう。だが笑ってしまえば、理由を問われてアイゼンが撫子だとバレてしまうだろう。

 これは……きついな。

 なぜあいつはあそこまで自然体で会話できているのだろう。自分だって笑いたい気持ちはあるだろうに。


「ん、どうしたカグヒト?」

「いや……何でもない」

「何でもないって……気分でも悪いのか?」

「大丈夫だ」

「そうか……ならいいけどよ。何かあったときは我慢せずにログアウトしろよ」


 こういうときのお前は本当に良い奴だよな……おいアイゼン、見られていないからって笑ってるんじゃねぇよ。お前のせいでこうなってるんだろうが。助けないならお前の正体バラすぞ。


「時間ももったいないですし、移動しましょうか」

「そ……そうだな。行こう」

「ん、どこに行くか決めてんのか?」

「ああ。《ささやく森》に行くつもりだ」

「え、そこって確か……おれ、レベル1なんだけど」

「ふっ、お任せくだされ。私がおふたりとも守ってみせますよ」

「アイゼン……」


 アイゼンの言葉に感動しているヴァン。それを見た俺は、思わず笑い声が漏れそうになってしまった。

 や……やばい。今日1日笑いを堪えるのは無理かもしれない。今にも笑いそうだし……撫子、慣れるまでは今以上のことはやるなよ。というか、さっさとバラせ。





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