第4話 ~もうひとりの腐れ縁~
「あぁ……やっと終わった」
帰りのHRが終わってすぐに背伸びを伸ばす。金曜から日曜までブレハーに没頭していたため、すっかり体が鈍ってしまっていたのだ。それだけに先週に比べて今日の疲労は5割ほど増している気がする。
雨宮と話をしたいけど……さすがにまだ早いかな。
告白してからまだ日にちも経っていない。振られ方があれだっただけに思ったほどダメージは負っていないようだが、本人と話すとなると考えただけでも緊張やら不安で胸が一杯になる。きっとあちらも俺と話すのは避けたいはずだ。
こう考えると憂鬱な気分になってくるな……ブレハーでもやるか。
休日に長時間プレイした甲斐もあり、レベルは7にまで達した。スキルスロットもひとつ増え、《始まりの街》周辺の敵ならば集団が相手でも捌けるほどのステータスになっている。
増えたスロットに何を入れるか……実に悩むところだな。
現在のスロットは最初に取った《片手用直剣》、そして土曜に取った敏捷性に補正が掛かる《疾走》で埋まっている。自分からパーティーを組もうなどと言えないタイプの俺は、必然的にソロでの活動が多い。というか、現時点ではソロプレイしかやっていない。
臨時で組む可能性はゼロではないが、ここはソロでの効率を上げるために《索敵》といったスキルを取るべきだろうか。それとも攻撃力のために筋力値や武器の威力に補正が掛かるスキルを取るべきか……魔法を切り捨てていてもなかなか決まらないものだ。
「博人さん、どうかされたんですか?」
近くから聞こえた慣れた声に釣られ意識を向けると、そこには爽太とは別の腐れ縁が背筋を伸ばして立っていた。名前は藍川撫子。いつもと同じように栗色の長髪をポニーテールにしている。
……うん、いつ見てもそれなりに美人でそれなりにスタイル良いよな。勉強だってそれなりにできる奴だし……しかし、何でこうもときめかないんだろうか。
「むむ、何やら良からぬことを考えていませんか?」
「うーん……いや、どちらかといえば良いことを考えてたと思うぞ」
「本当ですか?」
「本当だけど?」
「……無表情過ぎて分からないです」
それはどうもすみませんね。けど小中高と付き合いがあるんだから、少しくらいは分かるもんなんじゃないですかね。
なんて思いもするが、まあ俺もこいつのことを完璧に理解しているわけではない。完璧に理解していないと思ったことがないだけに。
「博人、撫子に慰められてるのか?」
にやけ面で現れたのは平均的な運動能力と一歩間違えれば劣等性の烙印を押されてもおかしくない学力の持ち主、その名も古谷爽太である。
言っておくが、俺はただ事実を述べているだけであって、苛立ちを解消するために毒を吐いているわけではない。
「これは爽太さん。ん、慰める? やはり何かあったのですか?」
「何だ聞いてなかったのか。博人、先週失恋したんだと」
「なるほど……えぇ――!?」
俺は反射的に、「失恋ですか!?」とでも言おうとした撫子の口を塞いだ。爽太に話してしまっている以上、別に撫子に失恋のことを知られるのは構わない。しかし、他の人間にまで知られるのは困る。
教室に残っていたクラスメイト達から視線を向けられたが、それは一瞬だった。俺達の関係は知っている者は多いため、この程度のやりとりならば「あぁまたか……」くらいの認識しかされないようだ。
「何をするんですか。乙女の口を強引に塞ぐなんて……もうお嫁に行けません」
「いや、充分に行けるだろ。唇を奪ったわけじゃないんだし」
「…………」
「何でチラチラ見る?」
強引に奪ってほしいのか。欲求不満なのか。だとしても俺に言うんじゃない。言うにしても、まずは俺をときめかせてからにしろ。まあ現段階では無理だとは思うけど。
「まあいいです。話の続きなんですが、なぜそんな面白……大切な話を私にしてくださらなかったのですか?」
そんなのお前が今言葉にしそうになったように面白がるからに決まっているだろ。
「誰に……告白したんですか?」
「……顔が近い」
「うぅ……手を使って押し退けなくてもいいじゃないですか」
だったら必要以上に近づかなくていいじゃないですか。ないとは思うけど、誤解されたら困るでしょ、俺が。失恋って言ってるけど、まだ雨宮のこと諦めたわけじゃないし。
「で、誰なんです?」
「雨宮だってさ」
「何でお前が言うんだよ」
「別にいいだろ? どうせお前は言ってただろうし」
……まあ確かにお前が言ってなかったら俺が口にしてただろうけど。でも結果だけじゃなくて過程も大事だろ。過程を大切にしないからお前は数学とかで三角をもらったりするんだぞ。
「雨宮というと雨宮氷華さんですか?」
「……そうだよ」
「博人さん……良い趣味されてますね」
趣味という言い方はあれだが、まあ撫子の顔を見た限り俺に対して悪い感情は抱いていなさそうだ。ただ雨宮に対しては良からぬことを考えていそうではある。
それにしても、何で俺の手を握ってきたのだろうか。こう抵抗なく触れられると異性としての意識が減っていくのだが。普通は増すはずなのに減るところが撫子の不思議なところ――
「雨宮さんはクールビューティですし……メイド服とか……いえ、あれも良いですね。あの衣装も似合うのでは……」
――でもないな。
それなりに美人で、スタイルが良くて、勉強も運動もできる。スペックで言えば俺や爽太よりもモテることだろう。男女で比べていいものかは置いておくとして。
ただこいつって……今の発言を聞いた人間なら言わなくても分かるだろうけど、趣味でコスプレしてるんだよな。部屋には多数の衣装が存在していて、男の家(主に俺の家だが)にも普通に着てきたりする。
家の中でならともかく、その手のイベント会場でもないのに外で着るのは恥ずかしくないのだろうか。一般人なら恥ずかしいと思うのだが……コスプレ姿を人に見られるのが快感なのか。もしそうならば……まあ何も言うまい。
コスプレのことばかりもあれなので他のことも言っておくと、撫子の部屋には漫画とアニメ、ゲームが山のように存在している。無論、プラモやフィギュアもそこらかしこに並べられている。しばらく彼女の部屋には入っていないが、おそらく前よりも増えているに違いない。
撫子という名前には、大和撫子のようになってほしいという願いが込められていそうなものだが……どうしてこのように育ってしまったのだろう。まあ彼女の両親はこれといって何も言っていないようなので余計な心配なんだろうが。
「博人さん、博人さんはどういう衣装が似合うと思います? 私は……」
「撫子……失恋って言葉から俺が振られたってのは分かるよな? なのに何でそういう話をする?」
「それは、ここで慰めてしまうと私達の関係に変化が起こってしまうのではないかと」
ない、それはない。慰められたからってお前に惚れることは現段階じゃ全くもってない。
「冗談、冗談です。ですからそんな目で見ないでください」
「はいはい。そういや爽太」
「何だよ?」
「お前ブレハー前に買ってたよな?」
「おう」
「これからやらないか?」
別にソロプレイでもいいのだが、パーティープレイの感覚も取り戻しておくべきだろう。先に進めば進むほどソロでは厳しくなっていくし、臨時でパーティーを組むことだったあるはずなのだから。
そんな思いから気軽に誘える爽太に声を掛けたのだが、なぜか彼は俯いて肩を震わせている。感動する場面ではないと思うのだが、いったい何を考えているのだろうか。
「なあ博人……先週言ってたゲームってブレハーのことか?」
「そうだな」
「そうだなって、なら先週誘えよ! お前が買ってからやろうと思ってキャラしか作ってなかったんだぞ!」
……お前ってそのへんは良い奴だよな。もっと真面目な格好すればモテるんじゃないかって思えるくらいには。
「てっきりやってるもんだと」
「いやまぁ、その考えも分かるけど。でも普通は聞かないか? 聞いとけば土日一緒に出来たよな?」
「確かにそうだが……誘ってたらお前課題しなさそうだったし」
「うっ……」
あっさりと言葉を詰まらせる奴だな。あれだけ勢い良くきてたんなら、ここで「やるに決まってるだろ」くらい言ってみろよ。
……にしても、何か視線を感じるな。ニュアンスとしては「私は誘ってくれないんですか?」みたいな感じのやつを。……視線を合わせたら目の輝きが増したな。
「ちょっ、何でそっぽを向くのですか!?」
「さっき見るなって言われたし」
「そうですけど、さっきと今じゃ違うじゃないですか。そういう意地悪なことしないでくださいよぅ!」
このグループにおいて俺の立場というか役割というのはこういうものだと思っていたのだが、そう思っていたのは俺だけなのだろうか。
などと思いつつ不意に視線を廊下側に向けた瞬間、銀色の髪をなびかせながら歩く少女の姿が見えた。人形のような端正だが感情が見えない顔。それからも分かるように少女は周囲に関心を抱いていないように見えた。
「「…………っ!?」」
しかし、ほんの偶然か神様のいたずらなのか少女と視線が重なってしまう。
告白して振られた側、告白されて振った側という違いはあれど、相手に対して抱く感情は似たものがある。そのため、視線が重なったのはほんの一瞬のことだった。
雨宮……やっぱり話しかけるのはもう少し時間が経ってからのほうが良さそうだな。今話しかけても逃げられそうな雰囲気があるし。
「……博人さん?」
「ん、あぁいや……そもそもの話だけど、撫子ってブレハーやってるわけ?」
「やっていますとも! 大体やっていなければあんな眼差しは向けません!」
それはそうだろうが……もう少し元気というか興奮を抑えてくれないかな。突然ハイテンションになったせいで話の流れが分かってた爽太を除いた他の生徒が驚いてるし。
「ほしい漫画、ゲーム、アニメや特撮のdvdの購入を我慢し、ようやく先月手に入れましたから。思い出しただけでも涙が出そうになる苦しい日々でした……が、それだけの価値はありました!」
コロコロと表情を変えて忙しい奴だ。それに、ここまではっきりかつ堂々とアニメやゲームが好きと言える女子はそうそういない気がする。いくら文化のひとつして認知されている時代としても、ここは学校なのだから。
ただ……こんなだから誰もが気さくに話せるのかもしれないな。代償として異性として見られないようだけど。ま、そのへんは俺が口を出すところでもないか。本人が恋愛をしたいと言っているわけでもないし。
「もうドハマリですよ。1日中でも潜っていたいです!」
「いや、食事や課題とか最低限のことはしろよ」
「言われなくてもしてますよ。嫌々なところがありますが」
そう、ならいいか……年頃の女が言っていいセリフとは思えないけど。廃人化が進むようなら、こいつの両親に相談しよう。腐れ縁とはいえ、最低限度の真っ当な人生を歩んでほしいし。
「今は……16時前。帰宅時間と課題を考えて……18時半に始まりの街の中央広場に集合というのはどうでしょう!」
「聞くような言い方の割りに断定してるよな。まあ俺はそれでいいけど」
「えぇ~、もう少し早めにやろうぜ」
「爽太さんがきちんとあとで課題をされるなら構いませんが?」
「……自信がないのでそれでいいです」