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第1話 ~失恋から始まる~

 俺……神楽博人は、現在進行形で机に突っ伏している。

 何があったのかというと、つい先ほど俺は好きな女の子に告白したのだ。結果は今の状態を見れば分かるとおり、見事に振られた。


「ん、誰かと思えば博人じゃん」


 誰かと思って視線だけ向けてみると、いかにも今時の……チャラそうな外見をしている男が立っていた。

 男の名前は古谷爽太。俺のクラスメイトであり、小学校から付き合いのある所謂腐れ縁というやつだ。小さい頃は真面目そうな外見だったというのに、どうしてこうもチャラくなってしまったのだろうか。まあ正直に言えばどうでもいいのだが。

 そもそも、今はこいつとの話すような気分ではない。必要以上にテンションの高いこいつとの会話は、基本的にテンションの低い俺にとっては疲れるものなのだから。


「よ、何やってんだよ?」

「…………」

「おいおい、せめて挨拶くらいあってもいいんじゃねぇの?」

「……さっさと帰ったらどうだ?」


 正直に言って、今お前のテノールボイスを聞くのは物凄く癪に障るから。

 そういう感情を乗せて言ったつもりだったのだが、爽太は何も感じていないように隣の席に腰を下ろすと、顔を覗き込むようにして話しかけてきた。


「なんだなんだ、今日はえらく辛気臭い顔してんな。これなら、いつもの無愛想な面のほうがマシだぜ」

「黙れチャラ男」

「おいおい、なに感情的になってんだよ。お前らしくもない。というか、チャラ男っておれよりもチャラい奴はたくさん……」


 チャラいことを否定する爽太の言葉は面倒なので聞き流す。失恋したばかりの俺にはどうでもいい話だ。


「おい、聞いてるのかよ?」

「いや、全く聞いてない」

「聞けよ! というか、聞いてないだけでいいだろ。全くを付けるな、まるでおれの話に価値がないみてぇじゃねぇか!」


 爽太の話に価値があることなどあっただろうか。いや、俺の記憶上には存在していない。

 こいつが話すことなんて「あの子可愛いよな」とか「あの子、何気に人気があるんだぜ」とか「むむ、おれのデータよりも心なしかバストサイズが……」なんて女子に関することばかりだ。

 爽太も年頃の男子ということで普通ではあるが、毎回のように女子の話ばかりだと、こいつはどれだけ女好きなんだろうかと思ってしまう。

 それに本音を言えば、爽太が女子からどう思われようと構いはしない。だが近くにいる俺にまで悪評が飛び火するのは困る。無愛想な俺だって人並みの心はあるのだ。感情が表に出にくいだけで。別にモテたいとは思っていないが、好き好んで人から嫌われたくはない。


「今の俺からすれば、お前の話どころか存在自体に価値はないな」

「ぐはっ! うぐぐ……いつもよりも格段に切れ味の鋭い言葉を吐きやがって。おれのハートは結構繊細なんだぜ。もう少し手加減してくれねぇと」

「壊れればいい。壊れても誰も困らんだろうし」

「言うなとは言わんが、せめてもっと明るい口調で言えよ! お前の低い声で言われたら何か怖いだろうが!」


 今の俺に明るく振舞えって?

 そんなことが出来るなら、振られてすぐに家に帰ってるっつうの。お前は馬鹿なの、馬鹿なのか、いやすまん馬鹿だったな。テストの成績も赤点ギリギリが多くてあまり良くないし。


「あのさ、何かすげぇ馬鹿にされてる気分なんだが?」

「気にするな……いや、やっぱり気にしろ。お前はこのままじゃ無事に卒業できるか分からん」

「それって馬鹿にしてるってことだよな。というか、今みたいな言い方ならまだ気にするなってだけのほうが良かったよ!」

「爽太……現実から目を背けるなよ」


 俺だって振られた事実を今もこうして受け止めようとしているんだから。

 世の中にいるカップルって凄いよな。片思いだったにしろ、両思いにだったにしろ、どちらかが告白したのは間違いない。断られたらどうしよう……でも受け入れてくれたら。そんな思考を何度も行って不安と期待を胸を膨らませて。

 一度で幸せを掴んだ人もいれば、何度も失恋してそれでも新しい恋を見つけて幸せを掴んだ人だっている。俺は一度の経験だけで参ってしまっているというのに……俺も時間が経てば立ち直ることができるんのだろうか。


「博人、マジでどうしたんだよ。今日のお前おかしいぜ」

「……おかしくもなるさ。……失恋したんだから」

「そっか、失恋か……し、失恋!?」


 あまりに驚いた爽太は、驚愕の表情を浮かべながら盛大に後方にぶっ倒れた。鈍い音が聞こえたのでどこかしら強打したに違いない。

 しかし、何事もなかったように立ち上がると倒れてしまったイスを元に戻し話しかけてくる。これは口にしないことだが、見た目に反して爽太は良い奴なのである。


「ぶっきらぼうで無愛想の博人がここ告白だと……」

「最初の部分は別にいらんだろ」

「だ、誰に告ったんだよ?」

「誰でもいいだろ」

「良くねぇよ!」


 いや、別にいいだろ。こいつの失恋話なんて面白いネタを逃す手はねぇ、みたいな顔してる奴には言いたくないのが一般的な人間の心境だろうし。


「誰なんだよ? 九条先輩か? それとも妹の一夏ちゃん?」


 今出た九条先輩というのはこの学校の生徒会長だ。フルネームは九条美鈴。容姿端麗で頭脳明晰、また運動神経抜群でスタイルも良いという非の打ち所がない女性である。そのため男子達の間では、学校一の美女と名高い存在だ。

 一夏というの爽太が言ったとおり、美鈴先輩の妹さんだ。歳は俺のひとつ下で現在高校1年生。美鈴先輩が華麗に咲き誇る花だとすれば、彼女は道端に咲く花のようにそっと寄り添ってくれるタイプだろうか。容姿も性格も純朴で、美鈴先輩同様に人気がある。

 どうしてこのふたりの名前が出てきたのかというと、おそらくもうひとりの腐れ縁の存在が関わってくるだろう。

 もうひとりの腐れ縁は女子であり、一夏と親しい間柄にある。その繋がりもあって、俺も九条姉妹とは面識があり挨拶くらいはする関係だ。

 まあ現実を言えば、九条姉妹と挨拶くらいしかしない関係なので、俺にも彼女達にも強い想いは存在していないのだが。


「……両方違う」

「本当か?」

「……ああ」

「そうか……となると……いや、博人と話す女子なんてそうそういないしな」


 事実ではあるが、こいつに言われると無性に腹が立ってくる。

 普通失恋した相手にここまでグイグイと質問してくるだろうか。親切に答えてやっているのだから1発くらい殴っても許されるのではなかろうか。


「まさか……あいつか?」


 爽太の今の顔は、「嘘だろ……」と言わんばかりのものだ。

 確かに俺の異性との付き合いが薄さを考えると、あいつ――もうひとりの腐れ縁が浮かびそうではあるが、正直にいって彼女ではない。

 というか、今の爽太の顔はあいつに悪いのではないだろうか。

 明るく気さくな性格のあいつは、確かに異性という壁を感じさせないタイプではあるが、あれでも俺達と同い年の女子だ。長年水泳で鍛えているだけあって、プロポーションだってそれなりに良い。好きな奴が居たっておかしくはない。


「いや、あいつでもない」

「そ、そうか……だよな。あいつを女として見れる奴はそうそういねぇからな。付き合いの長いおれ達だと余計に」


 お前……それをあいつに言ったら鉄拳で制裁されてもおかしくないぞ。あいつのノリは男子に近いものがあるから。


「にしても、あいつでもねぇのか…………分からん。おい、誰に告ったんだよ?」

「お前さ……俺、失恋したって言ったよな。いくら何でもグイグイきすぎじゃないか?」

「あのな博人、おれの経験上こういうのは話したほうが楽になるんだよ」


 それは……まあ先ほどまでよりは多少気が晴れているような気がしないでもないが。

 しかし、俺はお前から失恋話を聞かされた覚えがないのだが。可愛い子がいつの間にか付き合い始めていて、悔しがる姿は何度も見てはいるけども……これは失恋と言えるのだろうか。


「で、誰なんだよ?」

「……雨宮」

「雨宮? ……もしかして雨宮氷華か?」


 しばしの無言の後に首を縦に振ると、爽太は何か言いそうになったが、感情が複雑に絡まって言葉に出来なかったのか、結局何も言ってこなかった。

 数秒の沈黙の後、爽太は何とも言えない顔を浮かべながら口を開いた。


「そうか……雨宮か。……うん、まあ可愛いよな。いつもすっげぇ無表情だけど」


 爽太の言うとおり、雨宮は普段無表情だ。それも相まって整っている顔が作り物に見えてしまう人もいることだろう。それが冷たい印象を与えているのか、彼女に言い寄る男子は多くない。


「それにあんまり人と話してるところも見たことねぇし……でもまぁ、あれだな。お前にぴったりな感じはする」

「あのな爽太」

「うん?」

「俺はすでに告白して振られているんだ。今の言葉は告白する前に言うことじゃないのか?」


 苛立ちを隠さずに言葉に乗せると、爽太は申し訳なさそうな顔で謝ってきた。素直に謝った以上、俺からこれ以上追求することはできない。

 ……雨宮。

 少し雨宮のことを考えただけでも、はっきり思い出せる。先ほどの出来事を。

 誰も居ない屋上で、黙って俺を待っていた雨宮。夕日を浴びた彼女の銀髪は、煌びやかに輝いていた。ぶっきらぼうながらに俺が想いを告げると、一瞬だけであるが驚愕と羞恥、そして罪悪感を表に出してくれた。


『……気持ちは嬉しい。でも、ごめんなさい』


 それが雨宮の返事だった。

 それを聞いた瞬間、心がズタズタに引き裂かれて砕けるような気がした。だが雨宮の口はそれで止まらなかった。もしも続きがなく、彼女が口を閉ざして立ち去っていたならば……俺は爽太と話す気力はなかっただろう。


『私、今ブレハーに命を掛けているって言っていいくらい嵌っているの。だから現実では付き合えないというか、誰とも付き合うつもりはない。だからごめんなさい……時間が勿体ないから帰らせてもらうね』


 俺が思うに、このような断られ方をする男はそういないのではないだろうか。

 ブレハーというのはブレイブハート・オンラインというVRMMOのことだろう。俺もやろうと思っていたゲームではあるのだが、発売直後に買うことはできなかった。その後も買うために足を運んでも売れ切ればかりだったので、いつの間にか熱が冷めてしまったのである。

 何ていうか……別に嫌いとか無理と言われたわけでもないから、落ち込むにも落ち込めない部分があるんだよな。今は恋よりも趣味を優先するって言われたようなものだし。俺次第では友人から始めるのは可能なのでは、とさえ思う。


 …………割り切りは良い方だと思うが、さすがにあの断られ方じゃ諦めがつかないな。


 そのような思考に至った俺は、まずあるべきことを決めた。

 今の俺では雨宮と接点がなさすぎる。だが相手が嵌っていることは今日の告白で分かったのだ。ならば相手の趣味に踏み込むまで。発売して1年ほど経っている今ならば、あれをすぐに買うこともできるはずだ。


「よし博人、学校は今日で終わりだし明日明後日とパァーと遊ぶか」

「いや、悪いが明日も明後日も部屋に篭らせてもらう」

「えぇぇぇッ!? 断られそうだとは思ったけど、何でそんな決意に満ちた目で言ってるわけ!? お前、いったい何をする気だよ?」

「そんなのゲームに決まってるだろ」

「いやいやいや、振られてショックなのは分かるがまだ高校2年生だろ。廃人になろうとするなよ、人生まだまだこれからじゃねぇか!?」


 こいつはいったい何を慌てているというか驚いているのだろうか。休日の間は廃人並みにログインする可能性はゼロではないが、平日まで廃人化するほどプレイするつもりはないのだが。


「誰も廃人になるとは言ってないだろ。……もうこんな時間か。じゃあ俺は寄るところがあるから帰る。また来週な」

「お、おぉ……あいつって振られたんだよな。何であんなに元気というか、生き生きしてんだろ?」



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