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義体 〜iPhone6に機種変しました

作者: 日暮奈津子

この作品は機種変更したばかりの新しい義体で執筆しました。

 予約してあった新型の義体が入荷したとメールがあったので、地下鉄に乗って義体屋へ行った。

 路地の奥にある義体屋に着いたのは開店時間の前だったが、既に私の他にもう一人の客が待っていた。

 店が開く頃には後ろに三人が並んでいた。

 やはり早く来ておいて正解だった。

 2人目の店員に案内されてカウンターの席につく。

 予約番号とIDを告げると、店員はすぐに新しい義体を店の奥から持ってきた。

「こちらで間違いないですか?」

  メタリックシルバーの真新しい義体が、白い小さな箱にぴったりと収まっていた。

 前評判どおり、やや大きい。

 それでも取り回しに支障はないだろう。

 私がうなずくと、店員は今度は同意書を持ってきて、いくつかの確認とサインを求めた。

「16万テラで大丈夫ですか?」

「今の義体も16万で、半分も使ってないですからね。まあ、大丈夫でしょう」

「義体のデータバックアップはお済みですね? ……ああ、それと、今のプランだと『義体あんしんパックプラス』がついてないですね。万一の故障時は義体の交換対応となりますが、正規価格の8割まで保障がつきますから……あと、留守番電話サービスはいりますかね?」

「ええ……? そんなの付けてたっけ……?」

 ぜんぜん思い出せない。

「義体本体の留守録より増やしたくてつけてたのかな……」

「確かに、6000件まで録音は増やせますが」

「うわ。それはいらないや」

「じゃあ、外しておきますね」

 同意書にサインをして、店員の後について義体変更ブースに入った。

「ちょっとビリッとしますよ。では大きく息を吸って〜……はい、止めるーー! ……はい、お疲れ様でした。終了です」

 ビリッと感じるひまもなく変更は終了した。

 以前より大きい義体のはずだが、まったく差を感じない。

 むしろ、従来品より薄く軽量になっているというのがはっきりと体感できる。

「いかがですか?」

「なんだか、すべすべしてますね」

「あっ、それは保護シールですね」 

 余計なことを言うんじゃなかった。

 交換ブースからカウンターに戻る間に真っ先にアシスティブタッチを画面に設置し、とりあえずy-Tunesから『さえずり』をインストールしてメッセージを送ってみる。


『新しい体に生まれ変わった、なう。』


「特に問題なさそうですね」

 私が義体を操作する様子を見て、店員が言った。

「義体のデータバックアップはy-Cloudにありますか?」

「いや、自宅のストレージです」

 店員が意外そうな顔を見せた。

「あ、そうですか……。y-Cloudでしたら、今すぐここでバックアップデータを入れられたんですが……」

 それは考えていなかった。

 なんとなく、義体のデータをネット上にアップするのは抵抗があって、y-Cloudは利用したことがなかった。

 当然、何重にも対策は取られているのだろうが、それでもたったひとつのセキュリティホールがあれば、そこからデータはだだ漏れになってしまう。そう考えると、そもそも個人データはネットに上げず、スタンドアロンの端末に預けておくのもセキュリティ対策のひとつだろうと思って、ずっとそのようにしてきた。

 もっとも、そんな私の考え方はもうあまりに古すぎるものなのかも知れないが。

 いずれにせよ、今ここでどうこうできることではない。

 再びy-Tunesから、今度は『おサイフ義体』と『全国地下鉄時刻表』をインストールする。

 これがないと自宅に戻ることもできない。

 両方ともちゃんと使えるのを確認して、店員に見送られて義体屋を出た。

 駅まで歩き、地下鉄に乗る。

 時刻表の時間どおりにやってきた列車に乗り、義体を操作してみる。

『さえずり』で使っている16個のアカウントすべてを登録しなおしてタイムラインに戻ると、やっと息継ぎができたような気がした。

 だが、ホーム画面には、デフォルトで入っているアプリの他には3つしかアプリのアイコンがない。

 電話帳すら真っ白だ。

 そのくせ、メールボックスには時折スパムメールだけが入ってくる。

 使い慣れたアプリもなく、データも空っぽだ。

 なんだかひどく心細い。

 早く帰ろう。

 うちに帰りさえすれば、バックアップデータを使って全ての義体の機能を復旧できる。

 だが車内ではどうしようもない。

 仕方なく、設定画面を開き、あれこれといじってみる。

 壁紙の設定を見る。

 初期状態では、夜空に輝く天の河の画像が設定されている。

 どうもそれがしっくりこない。

 前の義体では、充電中に表示される画面を自分で改変して、壊れた電池から液が流れ出している画像を作ってそれを壁紙にしていたのだが、もちろんその画像データはこの義体にはない。

 仕方なく、あらかじめインストールされている画像から、白い背景に若葉が一枚、大きく表示されている画像を選んだ。

 パスワードも細かく設定し直す。

 やがて地下鉄が駅に到着し、改札を出る。

『おサイフ義体』で運賃の精算も滞りなくできた。

 足早に自宅に戻る。

 早速、自室に設置してある大容量ストレージから義体にバックアップデータを読み込ませようと思ったが、なんだかひどく疲れているのを感じた。

 慣れない義体を使って帰ってきたせいだろう。

 データ復旧の前に少し仮眠をとることにした。

 あとでまた出かける予定はあるが、時間は充分ある。

 最初から入っている時計アプリのアラーム機能を立ち上げて、15分後に設定する。

 アラーム音のバリエーションが旧型よりはるかに増えている。

『海岸で』とか、『頂点』とか、『煎茶』とか、一体どんな音だろうと思って聞いてみたが、何故そういう名前なのかやっぱりよくわからない。

 しょうがないので、今まで使っていたのと同じ『教会の鐘』にしてからベッドに横になり、義体をスリーブモードにした。


* * *


 きっかり15分後にアラームが鳴って、義体がスリープ状態から復帰した。

 すぐに新しい義体の付属ケーブルでストレージに接続し、バックアップデータの読み込みを開始しようとした。

 ところが読み込みが始まらない。

 代わりに、私の目の前の空間にメッセージが現れた。


『y-Tunesが新しい義体に対応していません。アップデートしますか?』


 なんだって…?

 私は慌てて空中の『アップデート許可』をタップした。『アップデートには規約への同意が必要です。最後までお読みの上『同意する』をタップして……』ええい面倒だ。流し読みでスクロールして最後の同意ボタンをタップ。


『しばらくお待ち下さい』


 早くしろって。予定があるんだから。


 心配するほど待たされることもなくy-Tuneのアップデートは終了し、いよいよ記憶ストレージからの機能復元を試みる。


『新しい義体にようこそ。バックアップから復元しますか?』

 目の前に浮かぶメッセージを、タップする。新しい、手で。


『お待ち下さい』


 視界がブラックアウトする。しばらくして目を開くと、見覚えのあるホーム画面に、以前の義体と全く同じアプリがすべて並んでいた。アイコンのデザインが若干違う物もあるが、全部同じだ。

 電話帳、スケジュール帳、メモ帳、リマインダー、ブラウザのブックマークなど、全部のデータが漏れなく移行しているのを確認する。

 ところが、よく見るとy-Tuneのウインドウに『ソフトウェアの新しいバージョン8.0.2があります。アップデートしますか?』のメッセージが出ている。少し考えて『後で行う』をタップした。

 まだまだこの義体に慣れていない状態で新しいOSを試すのは心もとない。

『さえずり』に、フォロワーのtakaからメッセージが届いていた。


「新しい義体おめでとう。調子はどうだい?」


 とりあえず「すべすべしている」とリプライすると、「そうじゃないw」と笑われたので、薄くて軽いので大きくなったわりに違和感がないこと、OSのアップデートを保留にしてあることを答えると、跳ね返るように返事がきた。


「通信の不具合があるらしいので、早めのアップデートをオススメするよ。まだまだ不具合は残るものの、かなり改善されるらしいからね」


 こういう時が本当にありがたい。

 だが、もう出かける時間が近い。

 takaに、今夜じゅうにアップデートしておくと返事して、『さえずり』の画面を閉じた。

 ホーム画面に戻り、また地下鉄の時刻表を見ようとして、ふと違和感を覚えた。

 新しい義体なのに、新しいという気がしない。

 少し考えて、その理由に気付いた。

 壁紙が、液漏れした電池の画像に戻っているのだ。

 ストレージから前の義体のバックアップデータを全部引き継いだのだから、壁紙も前と同じになるのは当たり前のことだ。

 データが総て引き継がれたからこそ、支障なく義体が使えているのはわかっている。

 でも、これではぜんぜん新鮮味がない。

 せっかく新しい義体になったというのに……。


「そうだ」


 設定画面を開き、壁紙設定へ。

 最初から入っている画像からひとつ選んでタップした。

 設定を終了する。

 ホーム画面に並んだアプリのアイコンの後ろに、白い背景に一枚の大きな若葉が表示された。


「これでいい」


 せっかくの最新型義体なんだから、壊れた電池の画像なんて似合わない。

 さて、もう本当に行かなくちゃ。

 ケーブルを引き抜いて、部屋を出る。

 私は新しい私になって、再び街に出た。


                          (おわり)


この作品は、『新しい義体』ことiPhone6で全文を執筆しました。

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