業務日誌
「先生どうして早く言わなかったんですか」
マリアは困惑した表情をしていた。
「いや、さっきまでは理解していたのだが、一つだけブルーシートが貼付けてあった壁があって、そこの裏が前回行った道だったと思うんだけど、まっすぐ行けばつくだろうと思って。そしたら、どんどんわけのわからない道が現れて……で、今ということです」
僕は、両手を天にあげ、お手上げのポーズをとった。暗視ゴーグル越しに映る僕の姿はさぞ滑稽であったことであろう。しかし、このまま暗闇をぬけぬけと彷徨っている場合ではない。はやくしないと、夜が明けてしまう。そうすれば、大人数ではないにせよ、人がこの荒れ果てた大学にやってくるだろう。早くしないと。
「先生、とりあえず、近くの部屋に入ってみましょう。教室でも用務員室でもなんでも。ドアノブを回すんです」
マリアは、ドアノブを回すジェスチャーを僕の前でしていた。
僕は、ため息を聞こえない程度にして「そうしよう」と彼女に言った。僕たちは改めて歩き始め、目の前に現れたドアノブのついた扉を見つけた。
「回しましょう」
また、マリアはドアノブを回すジェスチャーをしていた。僕は、ドアノブを回して部屋の中に入っていた。中は、思いのほか広い空間が広がっていた。しかし、机は無造作におかれており、椅子もバラバラに散らばっていた。机の上にはモノというモノは置いてなかった。どうやら、引っ越し作業が完了した部屋であるらしかった。
「何も、ないですね……」
マリアは、辺りを見回しながら僕に言った。僕は、「そうだねぇ」と同意をしようとしたが、僕は机の下に何かが落ちているモノを発見した。それは、古びた日誌のようなものであった。
「日誌ですねぇ……」
「見ればわかる」
表紙には業務日誌というタイトルが書かれていた。私は、暗視ゴーグルを外し、リュックの中からペンライトを取り出し、日誌にライトを当てた。
「そんなもの持ってきてたんですね」
「ああ、だが、電池を交換し忘れてそろそろ電池がきれそうなんだ」
「しっかりしてくださいよ……」
そんな冗談よりも、日誌である。僕は、日誌を読み始めた。
『8月20日 この大学もいよいよ来年には取り壊される。原因はわかっている。今日もその原因は研究を続けている。全く、せっかくこの地にも慣れてきたのに。さっそく転勤か。切ないな。』
『8月21日 ネズミが一匹、学生課に現れた。愛ちゃんが大きな悲鳴を上げていた。どうやら、ネズミが大の苦手らしい。可愛らしいところもあるもんだ。』
『8月30日 ネズミがまた出たらしい。しかも今度は5匹も。全くどうなっているんだか。ここは、そんな田舎ではないんだけどな。』
『9月2日 愛ちゃんが亡くなったらしい。こんなことは業務と関係ない。書くべきではない。愛ちゃん……』
と、ここで日誌は終わっていた。正確には、これ以降のページが抜け落ちていたのである。一体、何があったのか気になってきた。愛ちゃんとはどれほど可愛かったのだろうか。
「博士、アレ!」
マリアはある場所を指しながら僕に耳打ちをした。またしも僕は、震えた。