キャッツ症候群
大学は、殺風景だった。学生は全くおらず、守衛さんも居ない。ほとんどの大学の機能は移転先に移っているため、今この場所にいるのは大学で研究を行っている研究者か、ここに住み着いて毎日守衛さんから餌を貰っていたネコである。
僕が、大学の校門の前につくと一匹のネコがすり寄ってきた。「にゃー」という人を魅了する魅惑の鳴き声を発しながら僕の右足に頬をこすりつけてきた。
ここまで言っておいてなんだが、私はネコが大嫌いである。ネコアレルギーだからとかではなく、純粋に嫌いだからである。その昔、僕がまだまだ小さかった頃、友達の家にゲームをしに遊びにいった時の話だ。友達の家には、ロシアンブルーという種類のネコが居た。しかも、そのネコはロシアンブルーのしゅっとしたスタイルのネコではなく、あまりにも餌をやり過ぎたためにブクブクと醜く太っていた。いや、人によってはその丸い姿が愛おしく見れるのかもしれない。しかし、僕には醜く見えた。
僕が、友達と対戦ゲームをしているときにそのネコは現れた。さらに、間がいいのか悪いのか、対戦ゲーム(レースゲーム)は私が僅差で勝っていたのだ。最後のコーナーを曲がり、ウイニングロードと言わんばかりのストレートでアクセル全開にすれば勝利といういい感じの状況であった。もう察しがいい人はお気づきであるだろうが、なんと、コーナーに突入しようとしたときに、ネコが僕のかいていたあぐらの中に入ろうとしたのである。当然、あぐらの上にコントローラーを持ちながらプレイしていたため、そのコントローラーの上にも乗っかろうとしていた。
僕が、「うわッ!」と大きな声を出した瞬間には時既に遅しであり、画面の中の車は、縁石を乗り上げ、曲がりきれなかった車がコース外にはみ出さないようにする壁に激突していた。僕は、悔しさのあまりそのネコのしっぽを引っ張ると、ネコはこの世の声とは思えないような奇声を発し、僕の顔に爪痕を残して部屋を出て行った。あの時の姿は、僕にはアフリカのセレンゲッティにいるライオンのように見え、それ以来ネコ嫌いは治っていない。
「何をしているんですか。早く行きましょうよ」
マリアが僕を催促していた。
「マリアくん」
「なんですか急に改まって。気持ち悪い」
「このネコをなんとかしてくれ」
「ネコ嫌いなんですか?」
「嫌いだ」
僕が、明らかな拒絶反応を示していると、マリアはそれを面白がって見ていた。しかし、それも数分の話であり、マリアもこのままでは仕事にならないと思ったのか、ネコの目の前に、持っていたにぼしをちらつかせ、それを大学とは反対の方向へと投げ、ネコはそれを追って走っていた。
「マリアくん」
「はい」
「どうして、にぼしなんか持っているんだ」
「おやつです。カルシウムに良いので」
僕は、遠くの空を眺めてみた。良い、青空であった。
僕たちは、研究室が集まる、研究棟を目指すことにした。研究棟は、門から入って一番奥の方にあるというのは前回の潜入で知り得ていたため、一から探すという手間は省けていた。
しかし、簡単な仕事になるはずもなかった。そのことを僕たちはまだ知らなかった。