老けたおばさん
翌日、斉藤さんは研究室へとやってきた。
「お久しぶりですね」
「ええ、そうですね」と僕の目の前に座る女性はそっけなく答えた。
「老けましたか?」と僕が尋ねると、マリアが「ちょっと!」と言いながら僕を小突いた。
「ええ、そうですね。二年も経てば……私もそんなに若い方ではないので」
「それはそれは。苦労していらっしゃるんですね」
僕は、僕なりに斉藤さんを気遣ったつもりであったが、場の空気のこおり具合といったらなんとも言えない状況になっていた。
「依頼のほうですが……」
と僕が話すと斉藤さんは、僕をじっと見つめてきた。特にドキッとするような感じではなく、心配そうな目で訴えていた。
「実行に移します。二年経ちましたので」
斉藤さんは、ほっとしたようだった。
「どうして、二年も待つ必要があったのですか?」
マリアは、僕に質問をした。
「良い質問だ。それはだ。あの大学は、二年後、つまりあの時点から二年後に大学の機能の中枢を他の場所に移して、元の場所は研究所だけを残して縮小するという計画があったのだ。実際、そのようなことが本当かどうかを確かめるために僕は、二年前に潜入したんだけどね」
僕は、自慢げに話した。しかし、マリアは腑に落ちないようだった。
「じゃあ、どうして銃を発砲されるようなことになるんですか。単なる潜入ならそうはならないでしょう。私が、駆けつけた時には、既に先生は負傷していましたし」
「あれはだねぇ……」
僕をマリアが痴話喧嘩(マリアにとっては口論)をしていると、斉藤さんが割って話に入っていた。
「お取り込み中すいませんけど、依頼の件についてお伺いしたいのですが……」
「ああ、すいませんすいません」と僕が斉藤さんに返事をすると、マリアが、後で、しっかり説明してくださいねと小声で僕に耳打ちし、マリアの吐息に身震いした。
「明日の明朝に実行に移します。えっと、ファイルのコピーを取ってくるんでしたよね?」
「いや、ファイルの奪取です。ファイルの原本を持ってきてもらいたいのです」
「タイトルは?」
「アサガオの飼育、100日記録集です」
「変わったタイトルですねぇ。なんだか、小学校の夏休みの理科の宿題のようだ。まぁ、きっと偽装ファイルでしょうけど」
僕は、そういって斉藤さんの顔の変化を確かめたが、眉一つ動かさず、ソファの端っこを掴みながら私の顔をじっと見た。
「まぁ、良いです。とりあえず、そろそろ僕らも準備をしなければならないので、お帰りいただいてもよろしいですか」
「ああ、すいません。では、よろしくお願いします」
「期待していてください」
僕の目の前に居た女性は、ドアの前に立ち、一礼して研究室を出ていった。そして私も会釈を軽くした。マリアは今にも私を問いつめようという顔をしていたので「よし、準備準備」と言って、僕は奥の倉庫へと逃げるようにして入っていたのだった。