ウェイクアップアップ
「はかせー、はかせー」
可愛らしい女性の声が、部屋の中の壁で反射し響いた。
「おかしいなぁ」
その女性は、顎に右手を当て悩ましげなポーズを取った。
「今日は、研究室に籠っているはずなのに……」
その女性は、独り言をぶつぶつと言いながら小さな洗面台の所に行き、備え付けてあった電気ポットに水をいれて、スイッチを押してお湯を沸かし始めた。
電気ポットから、湯気がふくふくと出て行き、しばらくしてカチッと音が鳴ってお湯が沸いた。彼女は、手際よくコーヒーマグにインスタントコーヒーを入れ、お湯を注いだ。コーヒーミルクを一つ入れ、マドラーでかき混ぜた。出来上がったコーヒーを持って、彼女はソファに腰掛けた。
「まぁ、いいか……そのうちくるか」
彼女が入れたコーヒーがマグから無くなる頃、研究室の扉が勢いよく大きな音を立てて開いた。
「やぁ、来ていたか。今日は、休むんじゃなかったのか。デートだとかなんとかで」
義足の男は、そういって小さな洗面台の所に向かって歩いて行った。
「デートねぇ……降られましたよ。ええ」
「降られた!?そりゃ滑稽だねぇ。ははは」と男は、大声で笑いながら電気ポットに水をいれて、スイッチを押してお湯を沸かし始めた。
「どうも、慰めありがとうございます」と女性は不機嫌になった。
「おいおい。怒ることは無いだろう。僕には何の原因もないよ。ええと、確かロシア人の彼だっけ?」
「違います!ブルガリア人です!」
「僕からしたら、どっちもどっちだけどねぇ……」と言いつつ、義足の男は手際よくコーヒーマグにインスタントコーヒーを入れ、お湯を注いだ。マドラーでかき混ぜ、出来上がったコーヒーを持って、女性の座るソファに腰掛けた。一口すすり「ううん。薄いな」と言った。それは、彼の口癖であったため、彼女はスルーした。
「博士」
「なんだね、マリアくん」
「明日ですよ。いよいよ」
「何が?」
「斉藤さん」
「最終回か何かか」
「違います。はぐらかさないでください。斉藤さんとの依頼を実行する日です」
男は、頭をぽりぽりとかきながら研究室の窓の外を見た。外は、お昼だというのに、今にも雪が降りそうなグレーの曇り空であった。
「そう……だったな。まぁ、準備はできてるよ」
そう言われた、彼女はほっとした顔をした。いかにも忘れっぽい博士であるため、今回もわすれているのではないかと心配していたからだ。
「まぁ、とりあえず今日は、前祝いだ。君も降られたことだしね」
男は、両手で拍手を三回くらいし、両手を広げて言った。
「僕の胸に飛び込んでおいで。寂しいんだろ?ほら?」
彼女は、無言で彼に鉄拳制裁を行い、彼の顔面は地面にめり込んだ。
「最低!」そういって、彼女は研究室を出て行ってしまった。男は、両腕を組んで悩んだ。
「何か、悪いことをしただろうか……」