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シナジー  作者: 鵜野 花
8/62

chapter5 ②

「・・それじゃ遠慮なく。隣いいかな?」

「はい。・・・あ、どうぞ・・」

私の、左隣に彼が座った。


・・・・・。

何ていうか・・・。

近い。

当たり前、なんだけど・・・。

今までは少し距離があったから、余計にそう感じてしまう。

――でも決して不快じゃない。

男性が至近距離にいるだけで、ひたすら緊張しか感じない自分には全く考えられない反応だ。



「この前はバタバタしてごめんね」

「いいえ。とても楽しかったです」

「あ、マスター。いつものでお願いします」

「かしこまりました」

彼は、またこちらに体を向けた。


「そういえば、あ、えーっと・・・、名前・・・衣里ちゃんって呼んでいいのかな?」

「はい。構いません」

「それじゃ・・改めて。衣里ちゃんは仕事何してる人?」

「私は、派遣で事務やってます」

「そうなんだ。職場はこの辺り?」

「いえ。2、3隣の駅で・・」

「そうかぁ。わざわざ来ちゃうぐらい、この店気に入ってるんだね」

「はい。すごく・・・」

何となく笑みを浮かべてしまった。


「俺もここ好きなんだよ。そういえば・・ここの店ってどうやって知ったの?」

「私の知り合いがマスターのご親戚の方で、それが縁でここに・・」

「ああ、そうなんだ」


不思議だ。

男性とスムーズに会話が進むことなんて滅多にない。

にも関わらず、彼とは自然に会話が出来ている。


「そういえばワイン好きなの?」

「えっ?」

「いつも来る度にワイン飲んでるような気がするから・・」


少し、心臓が高鳴った。

そんな風に見てくれてたんだ、と思ってしまったから。


「・・・果実系のお酒が好きで・・。それでワインも好きなのかもしれないです」

「そっか。俺、ワイン嫌いじゃないけど、少し苦いからあんまり飲めなくて。でも飲めちゃう君は結構強いんじゃない?」

「・・・そ、それはないと思います。1、2杯しか飲まないですし・・」

「マスター。彼女ってもしかして酒、強いんじゃない?」

「・・・・そうですね。同年代の他の女性に比べたら強い方かもしれないですねぇ」

「マ、マスター!何言ってるんですか!」


思わず声が出てしまった。

赤面してるんじゃないかと思うぐらい体が熱くなってくる。


「ははっ。別に悪いことじゃないんだし、恥ずかしがることないって」

軽く笑う彼を見ると、微かに鼻を掠める香り。


(・・・中林さんって柑橘系の香りがするよね)


前から感じてはいたが、コロンなのかトワレなのか、ほのかに香ってる気がした。

勿論、彼に近づかなければ感じられないぐらい程の淡い香り、だけど。

それはつまり、私が彼に近いって事を意味するわけで。

その香りは優しい彼を表すかのような穏やかな・・・。


「・・・大丈夫?」

目の前を彼の手が掠めた。


「あっ、すみません・・」

「大丈夫?具合悪い?」

彼は、少し心配そうに私を見た。


「ごめんなさい。大丈夫です。ぼーっとしちゃったみたいで・・」

緊張のせいなのか、アルコールのせいなのか、少し酔っ払ってしまったんだろうか。


「仕事大変?」

「・・・・えっ?」

「今日来た時からぼんやりしてるみたいだったから」

「すみません。お話中に不快にさせてしまって・・」

彼は持っていたグラスをテーブルに置いた。


「違う違う。不快じゃなくて心配!」

「あ・・・。体調とか大丈夫です。少し緊張してたので、それで・・」

(あっ!うわーーー!!何言ってんの私ってばーーー!!)

そう思った途単に全身が硬直してしまった。


「・・・・え?緊張?・・・」

「あ、あの。何ていうか・・・。中林さんのご迷惑も考えずにここに来ますとか言ったので・・。それで・・・・」

緊張のあまり、最後の言葉は尻切れとんぼになってしまった。


「ふっ。ははっ。アハハハハ」

彼の突然の笑いに面食らってしまった。

(・・・私、何か可笑しいこと言ったかな・・・?)


「はは・・・。あ、ごめんね。」

私は、お酒を口に含むと、またテーブルに置いた。


「何で全然緊張することないよ。それとも俺の事が怖いとか思って緊張してたとか?」

「・・・いえ、そうじゃない、です。何て言うか・・」

思わずグラスをぎゅっと掴んだ。


「今日来てくれるかなとか、来なくてもそれはそれで当たり前だし。そういう事をずっと考えてて・・・・。で、今日、来てくれて。それで・・」

たどたどしく話す私を彼は真剣に、でも優しい顔つきで見てくれていた。

「本当に来てくれて、それで・・・、何か色々あれこれ勝手に考えてたのとか、でもこうやって話すと楽しくて・・・」

手を強く握りながら彼の方へ体ごと向ける。


「つ、つまり・・・。ごちゃごちゃしてたのでぼーっとしてしまいました・・・」

「そうなんだ」

彼は穏やかに微笑んだ。


「・・・ごめんなさい。思わず力込めすぎました・・」

胸の前で作った拳に気がついて、正面に向き直した。

「全然。謝ることじゃないよ。こういうことスルーしてシラけてる人より全然良いと思うけどね」

お酒を飲む彼の横顔に思わず見入ってしまった。


「ん?何かついてる?」

「いいえ!」

慌てて視線を正面に向ける。


「・・・衣里ちゃんってさ、おもしろい人だよね・・・」

「私が、ですか・・・?」

「あ、変な意味でなくて、良い意味でね」

「・・・・そう、ですか?」

「うん」


そうなんだろうか?

今まで変わってる、とか言われたことはあったが、おもしろい、と言われたのは初めてだった。


「俺の勝手に想像してる衣里ちゃん像と全然違う反応してくるから」

「・・・?・・・それって手に負えない、とか、そういう意味ですか?」

「あー・・、違う違う。予想出来ない反応だからこそ追及したくなるっていうか・・」

一瞬押し黙ったかと思うと、私の方を見た。



「興味が掻きたてられるんだよね」



「―――・・・・・」

一際高く心臓が高鳴った。


「・・・・・・」

何も言うことが出来ず、ただ目を泳がせるだけの動きしかとれなかった。

僅かな手の震えを感じる。


「・・・あれ?またぼんやりしてる?」

「いえっ」

「これ飲んだら駅まで送ってくよ」

「・・・えっ?」

「やっぱりあんまり体調よくなさそうだし」

「あ、いえ、あの・・」


体調は悪くないと告げたが、やはり私といるのは嫌ってことなんだろうか。

・・・・仕方ない。

彼に無理強いをするわけにはいかないし・・・。

と。

頭上に温かい手の感触・・・。


「衣里ちゃんさえよければ、今日はこの辺でお開き。そんで・・」

そう言うと彼は微笑んだ。

「来月また会うって事でどうかな?」

(・・・・・・・)

彼の手の温かさと思いもよらない言葉と、何から処理するべきなのか、思考が一時停止しそうになる。


「・・・・は、はい!」


真っ白になりそうな頭から搾り出せた唯一の言葉。

それ以上の言葉が見当たらなかった。







奢るよ、という彼の申し出は丁重にお断りして、マスターにお勘定と挨拶をして店を出た。

駅までの道のり、どこに住んでいるのか、電車で帰れそうか、他愛もない会話を続けた。


「あ」

道中、彼が突然立ち止まる。


「どうしました?」

「寄っていいかな?」

立ち止まったのはコンビニの前。

「はい」

扉を開ける彼の後ろから入ろうとすると、私の方から先に入るように促された。


「私はこの辺で待ってます」

「分かった。ごめんね。すぐ買ってくるから」


そう言うと彼は奥の冷蔵庫へと足を運ぶ。

清算を済ませ外へと出る時も、彼は私の方から先に出るように促された。

(・・・中林さんって、女の人皆に、こういう風なのかな・・・)

あまりに自然なその物腰に、感心すると同時に違う感情も芽生える。


「はい。どうぞ」

「えっ・・」

私の前にミネラルウォーターを差し出す。

「辛くなったら飲んで。で、これぐらいは奢らせてくれる?」

苦笑いを浮かべながら私に渡そうとしている。

「・・・・・あ、ありがとうございます」

微かに芽生えた不穏な思いは、あっという間に消し去られた。




「送って頂いてありがとうございます。それからお水、ありがとうございました。お休みなさい」

「気をつけてね。お休み」

名残惜しくて振り向いて頭を下げれば、微笑まれながら軽く手を挙げて反応してくれる。


地に足がつかないような、でもそれでいてはっきりとした意識を感じずにはいられなかった。

――また来月、彼に会える・・・・。



そう思うと電車内で一人にやけてしまった。




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