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シナジー  作者: 鵜野 花
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chapter5 ①

「来月に来ます」宣言の後、仕事中でもそれ以外でも常にフワフワとした気分に襲われていた。

そして約束の日が近づけば近づく程、フワフワとした感情はドキドキする感情へと変わっていった。





「・・・・・さん、松本さん?」

「ハイ?!」

「この資料、一緒に閉まっておいてくれる?」

振り返ると、胸の前に資料。慌ててそれを受け取った。


「わ、分かりました!」

(び、びっくりした・・・。全然聞こえなかった・・)


「すごい集中して整理してたのね?」

「・・・・えっ?」

「何度か呼びかけたけど、夢中で資料分けてたから・・」

「あっ・・。本当に申し訳ありません・・・」

「いいのよ。サボられるより全然マシ!それじゃその資料、悪いけどよろしくね!」

「分かりました」



渡された資料を眺めた。

正直に言うと最初は確かに集中して整理していた。

けど段々、あのフワフワした気持ちに襲われて、気がついたら中林さんの事を考えてしまっていた。

・・・・・・そう、今も、考えそうに―・・・。

(い、いけない。仕事!仕事!)

奥歯をグっと噛み締める。

そんな調子が約束の日まで続いてしまっていた。


そしてとうとう約束の日―。


朝からそわそわと落ち着かない。

・・・・もちろん彼が絶対に来る、という保障はない。

それでも全く落ち着くことが出来なかった。

仕事に支障が出ないよう細心の注意を払いつつ、時間まで指折り数えてしまっていた。

定時で上がれば会社のトイレで鏡チェックして、駅に着けば、駅のトイレでチェックして・・。

馬鹿だなと思いつつも、落ち着かない以上、そうせざるを得ない状況だったのだ。



モネの扉の前。

意を決して、扉を開ける。


「いらっしゃいませ」

「こんばんは」


いつもの席に視線を移す。

そして、ゆっくりと腰を掛けた。

これでいいような、悲しいような、複雑な気分だった・・・。


「いつもので宜しいですか?」

「・・・えっ?!」

「いつものワインで宜しいですか?」

「ハイ。お願いします・・」

「かしこまりました」

(やだ・・、凄いドキドキしてきた・・・・)


暫くしていつものワイン、と、見慣れぬお菓子が私の前に差し出された。


「マスター・・・。これ・・、チョコ・・ですか?」

「ええ。頂き物で恐縮なんですが宜しければ召し上がってください」

「いいんですか?・・・これって、すごい高いチョコレート、なんですけど・・」

――そう。簡単に頂けてしまうような代物でないぐらいな超高級なチョコなわけで・・。


「そうなんですか?私はチョコレートにあまり詳しくないもので・・・。多く頂いたんですが、食べきれない上にあまり甘いものは得意でなくて・・」

マスターが苦笑いをした。


「・・・・・じゃ、頂きます・・」

「どうぞ。あ、今すぐにいつものも用意しますね・・」


ワインを一口含んだ後、チョコを口の中へと放り込んだ。

(・・・うわ・・・・すごい美味しい・・・)


不思議だ。

あんなにそわそわしていたのに、スーッと落ちていくような安心感に満たされてきた。

・・・・・本当に甘くて、美味しい。心の底からそう感じた。

思わずマスターをこっそり眺めた。

そこにはいつもの表情、いつもと変わらない穏やかな表情のマスターがいる。

(まさか分かっててチョコくれた、とか?・・・・・・まさかね・・・偶然よね・・)

暫しチョコの甘さと、ワインの美味しさを堪能した。





来店して1時間が経過した。

目の前のワインは2杯目と進んでいた。


(そういえば私、来月末とは言ったけど、日付までは言ってなかったような・・・)

グラスをぎゅっと掴んだ。

(・・・・何て言ったっけ?)

頬杖をつく。

(そ、それ以前に彼が来るとは限らないんだから・・・)

グラスの前で両手を合わせる。

(・・・・でも、来てくれる気もする・・・)

さっきからこればっかり。答えのない無限ループ・・。

(自分に都合のいいように解釈し過ぎ・・・)

そう思うと、あまりに自分勝手な考えに何だか笑えてきて、思わず乾いた笑いが出そうになった。


「・・・こんばんは」

(・・・え)


頭上から聞き慣れた声がした、ような・・。

顔を上げると、そこには中林さんが立っていた。


「!・・こ、こんばんは・・」

「はは。ごめん。驚かせちゃったかな?」

「い、いいえ!大丈夫です!!」

(やだ。全然気づかなかった!)


「考え事してた?邪魔しちゃって悪かったかな・・」

「いいえ。違うんです。ちょっとボーっとしてて・・」

急に恥ずかしさがこみ上げ、苦笑いしながら俯いてしまった。

「・・・でも今日来て良かったよ。月末って言ってたから。多分金曜だとは思ってたけど、自信なくて」


言葉が、出なかった。

そして嬉しい想いが体中に溢れそうだった。

再度顔を上げ彼を見たはいいが、ぼんやりして動けずにいた。


「・・・そこの席にお座りください。あ、もちろんお二方が宜しければ、ですが・・」

マスターの声にハッと我に返った。

「あっ、ハイ!勿論です!」

緊張のせい、なのか思わず声が裏返ってしまった。

(・・・うわ・・・恥ずかしい)


彼が小さく笑うのが聞こえてきた・・・。




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