chapter24 ②
呆然として口が開かない弟はともかく、一緒になって口を閉ざす両親が気がかりだった。
「・・・・中林さんは42でいらしたんですか?」
「はい」
「てっきり30半ばぐらいかと・・・」
「あ、若く見えますかね?」
「・・・・・」
この場で冗談を笑い飛ばせる程、頭の固い両親達にユーモアの欠片は、ない。
しかも、この場でそんな冗談を飛ばす彼って・・・。
「ってか、オッサンじゃねぇかよ。ふざけんな!」
「尚之!」
母が反応するより先に私の方が反応してしまった。しかも、いつものように弟の頭を叩きながら・・・。
「ってぇ」
「尚之。言って良い事と悪い事があるの。和哉さんに謝って」
「はぁ?」
「衣里。彼が驚くのも無理ないよ。だから落ち着いて」
鈍るような痛みを感じながら、彼が私の手に触れてくる。彼を見つめていると、徐々にクールダウンしてきた。
(――あ。つい叩いちゃった・・・)
「そうだ。俺は悪くない。何でこんなオッサンなんか選ぶんだ。もっと年近いのいるだろ!」
弟は、鋭く睨みつけた私に一瞬、肩をびくつかせた。が、それでも怯むことなく、むしろ更に赤い顔を続けて来る。
「言っておくけど、彼以外に考えられないから。彼しかいないんだから!」
弟以上にそう大きな声で発して、はたと気づいた。
今までの人生の中で、弟はおろか、両親の前でそういった類の話――つまり、恋愛に関わる話なんて一度もした事がない。と言うか、恥ずかしくて出来なかった。
それなのに・・・・。
結婚報告とはいえ、こんな言葉を発している自分が信じられなかった。
「な、何言ってんだよ。姉ちゃんは騙されてんだ」
「――尚之君・・・」
「何だよ!」
「どうやったら僕が本気だって思ってくれるのかな?」
自分の状況に硬直して固まったままでいると、隣にいる彼が優しく弟に語り掛けていた。
「・・・・っ。じゃあ、今から言うものを持って来たら認めてやる」
「何かな?」
「仏の御石の鉢、蓬莱の珠の枝、火鼠の皮衣、竜の頸の珠、燕の子安貝」
(・・・・ん?)
「・・・・・・竹取物語、かぐや姫の話かぁ。尚之君、文学青年なのかな?」
「なっ、何言ってんだ!」
「尚之!!何言ってんのはアンタの方よ。それ以上ふざけると、もう帰るからね」
「衣里!尚之!もういい加減にしなさい」
喧嘩が本格的な闘いに突入しようとしたまさにその時、いつものように母の怒号が飛んでくる。
そして、いつものように部屋が静まり返った。
「和哉さん」
「はい」
「年齢の事は、はっきり言って今、知らされて驚いてます。それに衣里とも年が離れてる事も正直気になるし、あなたのお仕事以上に気がかりです」
「はい・・・」
「お母さん?何言ってるの?」
「衣里は黙ってて。今、和哉さんと話をしてるの」
「っ」
(何で?何でよ。そんなに年が離れてる事が問題なわけ?何でよ!)
弟のふざけた態度、母の融通の利かない詰問。
思うのだ。こんな時なのに、―いや、こういうフラストレーションがループしている時だからこそ思ってしまうのだ。
――この母の融通の利かなさは、私も受け継いでいるのだ、と・・・。
「親としては、それが一番心配です」
「・・・・・そう思われるのは当然だと思います。僕が同じ立場であれば、そう考えると思います」
「それは、反対されたら止めるっていう意味ですか?」
彼のご両親は年の差なんて関係ないと言ってくれた。何よりも私達が幸せである事が大切なのだと・・・。
それなのに。
それなのに私の両親ときたら!!
「出来れば、ご両親には衣里さんを祝福して欲しいって思っています。だから反対されたまま結婚する事は避けたいと思っています」
「そうね。衣里には何の問題もない結婚をしてもらいたいわ」
「やめてよ!何でそういう事言うの?さっきも言ったけど、彼しかいないって言ったでしょ?お母さん達が反対したって、私、和哉さんと結婚するから!」
そして思うのだ。
こういう時の、こういう爆発した時の私の怒りに満ちた声は、母の説教を凌駕する程、部屋の空気を一変させる。
こういうところも母に似ているのだ。悲しい程・・・・。
「衣里、落ち着いて。俺の話はまだ終わってないから」
「え・・・・」
「反対されたままで、祝福されないままで結婚はしたくないよ。そんなんじゃ誰も幸せになれないから」
「私はっ」
胸の前にスッと静かに彼の右手が伸びてきた。
――まだ話は終わってないよ。
そう訴えてきたようで、口をつぐんだ。
「僕は、お義父さん、お義母さんが反対なら納得されるまで、こうやって話し合いを続けていきます。嫌だと言われても、こうやって会いに来ます。這いつくばってでもここに来ます。僕は本気で衣里さんと結婚したいですから」
「衣里を幸せに出来るんですか?」
怒り、とも不快、とも取れない母の顔から零れる低くて冷たい声。
(・・・・何でこんな事言うの?)
今にも詰め寄りたい衝動を抑えるのに必死だった。
「いや、どうでしょう」
「は?!」
「衣里さんが幸せかどうかは衣里さんに聞かないと分かりません。でもはっきり言えるのは、僕は衣里さんといると、これ以上ない程に幸せだって事です。衣里さんでないと生きてる意味がないって事です」
母も私も、いや弟も父も目が泳いでいた。
この気まずさは久しぶりに味わう。家族で何か見てはいけなかったものを見てしまった時のあの雰囲気に・・・・。
対峙する母と彼の姿を交互に眺めながら、安堵と羞恥と、次に何を発するべきか・・、そうは思っていても、ただただ脱力するだけで。体中から怒りという怒りが抜け落ちていくようで・・・。
でも、一つだけ違う事がある。
気まずいけれどとても嬉しい、という事だ。
はっきりと、堂々と、私の家族の前で宣言してくれた事が・・・・。
「お父さん、お母さん。確かに私と和哉さんは年が離れてるけど、それが何?何がどういう風に問題なの?何で反対なの?いくら反対しても私は絶対止めないから。諦めないから!」
もう怒りはない。そこにあるのは彼しかいないという確信。
年が離れていようと恥ずかしい事など一つもない。
「別に反対なんかしてないんだけど」
「――は?!」
「そりゃあ離れてるのは気がかりよ。だってどうやったって和哉さんの方が先に死ぬ確立高いわけでしょ?それにそんな離れてるなんて初めて聞いたわけだし。すぐに、はい、そうですかって受け入れられるわけないでしょ」
「だって、あんなに怒って和哉さんを責めてたじゃない!」
私の焦りと、そんな私を見ながら悠長にお茶をすする母が恨めしくて一層カチンときてしまう。
「責めてないわよ。ただ単に質問してただけじゃない!」
「はぁ?!あれのどこが単なる質問なのよ!」
「衣里、もういいから」
苦笑いを浮かべて私をなだめる彼があまりに不憫で・・・。
でも一方で、そんな彼の為に、それ以上事を荒立てるのも忍びなかった。
「これでよく分かったから。もう別に何も言う事ないわよ」
「――え?」
「まぁ。色々思う事はあるけど、これ以上言っても衣里が頑なになるだけだしね」
「なっ、また自分のせいじゃないとか言うし」
「だって、そうでしょ?言えば言うほど頑固になるんだもの」
・・・・こういうところ、だ。
こういうところがひどく怒りがこみ上げてくるのだ。
(・・・誰のせいだと思ってるのよ?!)
「良かったです。反対されたままでは誰も幸せになれませんから」
「和哉さ・・・」
「でも賛成とも言ってないのよね」
「お母さん!」
私が怒りの声を上げるのもお構いなく、またお茶をすすってる。
(・・・本当、いつもこう。私のやる事、なす事、いちいち文句言ってくるんだから)
「それは今後の僕の努力次第って事ですよね。反対されないよう今後も頑張りますので宜しくお願いします」
途端、薄笑いを浮かべていた母の動きが止まる。
まるで予想外だったと言わんばかりで・・・。
「衣里さんはいつも一生懸命ですし、何よりも真面目な方です。僕はそういうところをいつも尊敬しています。何よりご両親が、衣里さんをそのように育てられたからなんです。だから、僕も呆れられないよう努めていきます」
行き場のない怒りがどこかに飛んだ。代わりにあるのは、沸々としてくる羞恥と、どうしようもないむず痒さ。
「衣里さんの真面目さや、自分を律するところは、お母様譲りなんですね。でも、衣里さんはそれ以上に優しさと思いやりを持ち合わせている素晴らしい人なんです。だから僕も、それに負けじと努力を続けていきます」
(・・・・・・)
誰も何も言葉を発しなかった。いや、発せられなかった。
私の勘違いでなければ、両親や私をなだめながら、さりげなく私の味方をしてくれている気がしたから・・・。
「参ったわね」
むず痒くて、でもそれでいて自分の考えは少しだけ自信が持てずに躊躇していると、母が口火を切ってきた。
「和哉さんがそんな事言うなんて予想外よ。これじゃあ何も言えないじゃない」
「お母さん・・・?」
「まさしく褒め殺しね。参ったわ。それに面白い。あなた勇気あるわ」
あの、人にも自分にも厳しい母が他人を褒めている。自分の娘や息子すら、めったに褒めない母が・・・・・。
「恐れ入ります。僕は自分の事より衣里さんの方が大事ですから。それは分かってください」
「ええ。それはよーく分かったわ。―あ、和哉さん、お茶のお代わりはいる?」
「はい。頂きます」
◆◆◆
「お母さん。お風呂の準備出来たよ」
「うん。そうだ、これ片付けて」
「・・・・分かった」
夕飯に使用した大きな皿を渡されると、棚の扉を開けて片付け始める。
少し重たくて、何だかそれが二人の間の空気と重なるような、と思うのは気のせいだろうか。
「明日、何時の電車で帰るの?」
「午後の一番早いので帰る」
「そう。ところで住む場所とか、どうするつもりなの?」
「・・・・まだ全然考えてなくて。もしかしたら入籍だけ先に済ませて、後で一緒に住むかもしれない」
洗い物の途中なのに、母は水道の蛇口を閉めるとガチャンと音をたてた。
「何で一緒に住まないの?別居するつもり?」
「そんなわけないでしょ。和哉さんの仕事の状況みながらとか、私の仕事場の事とか考えながら、今話し合ってるの!」
「そんな怒鳴らなくてもいいじゃない」
「だって・・・」
これまでの関係がそうであったように、いきなり母と関係を変える事なんて出来ない。
ましてや、彼の事が絡むとなると・・・。
「衣里は昔から、こうだって決めると反対したってやり抜くから危なっかしくて見てらんなかったのよ。親なら心配して当たり前でしょ?」
「・・・・お母さんは、最初から駄目みたいな言い方してくるから、私だって頭にくるの!」
そう。応援してるようでしていない。賛成しているようで反対。
言葉や態度の全てが矛盾だらけで癇に障るのだ。
「お母さんだって出来る限り衣里を尊重してるつもりだけど、やっぱりつい、口出したくなるのよ。それが親ってもんなのよ」
「・・・・・・」
「お父さんは衣里のする事、なあんにも言わないだけに余計にね。だからお父さんの分も言ってるんだって思って欲しいのよ」
「それは、そうかもしれないけど・・・・」
「尚之が生まれてくるまで一人っ子みたいなもんだったでしょ?周りに一人っ子は可哀想だって言われ続けて、どれだけ嫌だったか。だからつい厳しく当たったのは悪かったと思ってるから・・・」
「・・・・・・」
それは以前から薄々感じてはいた事だった。
二番目がなかなか出来なかった事。それを周りから色々言われていた事。直接的ではなかったけれど耳に入っていたのだ。
――だからこそ母は私に厳しいのではないのか、と・・・。
「いいよ、もう。一人っ子だから甘やかされたって言われるの嫌だったし。そう言われてるの、お母さんが嫌がってたのも知ってるし・・・」
「知ってたの?」
「何となく・・・」
「・・・でも、お陰で衣里はまっとうに育ったから、ある意味間違えてなかったって事だしね」
「だから、そういうところが嫌なの!」
(・・・・・・)
そういえば。
母と、こういう話をするのは初めてだ・・・。
それに思うのだ。
嫌な思いをしても、怒りが沸いてきても、いつもこうやって面と向かって互いに思いをぶつけてきていたな、と・・・。
「だってそうじゃない。和哉さん見れば、衣里は間違ってないって、はっきりしてるんだから」
「え」
「単なる優男じゃない。我が子ながら、よくもまぁってびっくりよ」
「・・・・・・」
くすぐったい、本当に・・・。
母との和解?以上に、その事が嬉しくてたまらなかった。
「っ、そういえば、お父さん達はどこにいるの?」
「ああ。和哉さんとコンビニ行ってる」
「ええっ?!何でそんな事させてるの!」
手にしていたお皿を落としそうになって、慌ててテーブルに置き直した。
「ビールがなくなっちゃったから二人で買いに行ってる」
「尚之に行かせればいいでしょ」
「尚之はいつも通りに引き篭ってるわよ」
(まったく・・・)
溜息とともに零れる憂鬱。
父が彼に迷惑を掛けてなければいいのだが・・・。
「和哉さんと話したいんでしょ?」
「――え?」
「ずっとお母さんが喋っちゃったから」
「あ・・・・」
確かに・・・。
母の独断場、というか、母のワンマンショーというか。
母と私と彼のやりとりを、父と弟は、ただぼんやりといつも通りに眺めているだけだった。
「お父さんは別に反対してないんだし、和哉さんの人となりを確かめるだけでいいんじゃない?いつもそうでしょ?衣里のする事に反対した事なんてないんだし」
「まぁ、そうだけど・・・」
「予想外に早くて慌ててるだけだろとは思うけど」
「予想外?!」
母から差し出してくるお皿を受け取ると、棚へとゆっくりとそれを戻した。
「もう2・3年先だと思ってたわよ。楓ちゃんは予想通りだけどね」
「・・・・・・・」
「と言うより、衣里は不器用だしね。結婚出来るか心配してたぐらい」
「っ、もういいよ」
やっぱり自分の母親と改まってこういう話をするのは苦手だ。ましてや、自分とよく似ている人なら尚更・・・。
きっと、この先もこんな関係が続いていくんだろうなぁ。
決して仲が悪いわけではない。けど、しょっちゅう衝突して言いたい事は言い合う。
「私も子供が出来たら、こうやって喧嘩するのかな」
「そりゃそうでしょ。それが親子ってもんよ。どんなに罵り合っても、次の日は顔を合わせてご飯食べて、いつのまにか喧嘩してた事も忘れて、喋ってまた喧嘩する。その繰り返しよ。ずっとね」
そうだね。
大事なのは、そこにいる事。隣にいつもいて、安心出来る場所がある。
そういうことなんだろう。
きっと・・・・。




