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シナジー  作者: 鵜野 花
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chapter24 ①

連休明けだからなのか、それともこれがいつも通りなのか。

実家へと向かう特急の電車内は、拍子抜けする程、閑散としていた。


「あー、そういえば。衣里のお父さんってどんな人?」

「うーん。普通、かな。怖くはないよ。安心して」


窓から差し込む日の光は明るい。なのに彼の顔色は優れない。

当然、だよね。婚約者の父親に会うんだもの・・・。


「はは。普通か。そういえば何の仕事してるの?」

「公務員。市役所勤務」

「あー、何かそんな感じするよ」


手にしたペットボトルを口にしながら笑顔でそうは答えてはいても、私に気を遣ってくれているのは手に取るように分かってくる。


「うちの家族が変過ぎるから、衣里のご両親に迷惑掛けないか心配だよ」

「そんな事ないよ。うちの親は頭固いから、逆に和哉さんに嫌な思いさせちゃうかも・・・」


いたたまれなくて、つい身を乗り出していた。

そんな私を見るなり、彼は目を細めて笑ってる。


「そりゃあ、親御さんからしたら俺の人となりを見極めようとするのは当たり前だろ。もし俺に娘が出来たらそうするしね・・・」


やっぱり・・・・、頭の中でその言葉が何度もリフレインしながら響き渡る。

それは挨拶に行ったあの日、少女の身を案じるような言動を見せた姿。


「ん?」

「か、和哉さんは、何だか厳しいお父さんになりそうだね・・・」

「――あ。この前の莉奈の件でそう言ってるだろ?」

「そ、そうじゃないけど・・・」


じっと見つめられるとバツが悪くて、つい視線を逸らす。

あの時の姿は明らかに私が知っていた彼の姿、ではない。それを庇護心、とでも言うのだろうか。


「何だか普段の和哉さんと違って、結構言うんだなぁって思っただけで・・・」

「衣里の家は厳しかった?」


私の家・・・。我が家はどうだったんだろうか。人と比べた事がないが、いわゆる普通―、ではなかろうか。


「・・・・そんな厳しくないと思うよ。大学も就職もこっちでした事に反対されなかったし、やりたい事も言いたい事も自由だった気がする」

「何もかもが自由だったわけじゃないでしょ?夜遊びとかしてた?」

「まさか」

「誰かに暴力ふるったり、犯罪行為とかしてないでしょ?」

「うん・・・・」

「厳しくは感じてないけど、善悪の判断とか、モラルだとか、ちゃんとご両親がしてたからそうなってるんだよ」

「・・・・・・・」

「当たり前だと思ってるから、自然に出来てるし受け止めてるわけでしょ?」


そうか・・・・。

あまりに当たり前過ぎて気が付いてなかった。


「俺が考えているのはそういう事。何もそれ以上、厳しい事をしようと思ってるわけじゃないからね」

「うん・・・・」


この先の自分の置かれている状況を考えれば緊張のピークであろう事は容易に想像出来る。

それなのに、穏やかに答えてくれる事が嬉しかった。


「でもさ。うちの親は法律はともかく、モラルの辺りが微妙ではあるし、俺はそういう親に育てられたから理想通りにいかない事の方が多いと思うんだ。だから、おかしいと思ったらちゃんと言って欲しい」

「うん・・・」


彼の真剣さがいつも以上なのは嬉しい。素直に・・・。

でも真剣であればある程、ある考えが頭をもたげてしまうのだ。


「えっと・・・・。和哉さんがちゃんと考えてくれているのはとても嬉しいんだけど。けど・・・、子供の事はまだ気が早いんだと思うんだ・・・」


不快に思われないように、ぎこちなく笑って、おまけに彼の手も握って・・・。

でも、目の前の人は、私の言葉を受け止めると同時に確信に満ちた笑顔で、―あの、見覚えのある笑顔になっていた。


「俺はいつでも子供の事は準備出来てるよ」


そう告げながら笑う顔は、あの意地悪ないつもの笑顔。

いつの間にか手は握り返されていて、私のぎこちない笑顔を見事なまでに覆い尽くしてしまった。


「・・・・そ、それはまたおいおいって事で・・・」

「OK」


いつものように耐え切れなくて視線を床に落とす。結局、彼には色んな意味でまだまだ適わない・・。

とにかく・・・・、そう呟く声が落ちてきてゆっくり顔を上げた。


「衣里を育てた人達だ。しっかりした誠実な人達である事は間違いない筈だよ。だから俺も誠実に対応したいと思ってるから」

「うん、ありがとう。ごめんね。緊張してるのにそんな風に気を遣ってくれて」

「全然。そんなのどうって事ないよ」


両親の問題は・・・・、恐らく彼との年齢差とか彼の仕事についてとか、頭の固い人達ならではの問題なのは、あらかじめ分かってる。

それについて彼を責め立てるような真似をしたら、責め返す自信は持ってるし、そう決意してる。

問題なのは。

ううん。問題なのではなく、ひどく厄介で気がかりな事が一つ・・・・。


「あのね・・・」

「ん?」

「私ね、弟がいるんだけど」

「え?そうなの?」

「・・・・・・そんなにびっくりした?」


身を乗り出さんばかりの驚きように、かえってこっちが驚いてしまう。そこまで驚かれると、この後の発するべき言葉すら見失いそうだ―・・・。


「あ、うん。てっきり一人っ子だと思ってて」

「それ、本当よく言われるなぁ。多分、弟と年が離れてるせいかも・・・」


不満気な声を上げてしまったのは緊張なのか、予想外な返答のせいなのか。

彼の反応はいたって普通なのに・・・。


「いくつなの?弟さん」

「今年19歳。今は大学生」

「ああ、丁度10違うんだ。って事はほとんど一緒に住んでないんじゃない?」


そう、彼の言う通りだ。実家にいた頃、弟とは10年も一緒に住んでいない。

進学の為に上京するまで住んでいたとはいえ、弟のほとんどの記憶には私はほぼいないに等しい。


「うん、そうなの。弟が物心ついた頃には、私はもう中学生で自分の事でいっぱいいっぱいで、あんまり構ってやれなかったっていうか・・・」

「まぁ、それぐらい離れてるとね」

「だからなのか分からないんだけど、何ていうか・・・」


思わず口篭ってしまった。

それを自らの口に出して言う事が果たして適切なのかどうか、ためらいが落ちてくる。


「・・・・ちょっとシスコンっぽい、というか心配性というか」

「そうなの?」

「私が東京に出てから余計にそうなってるみたいで。今回の報告だって、両親以上に絶叫してて・・・」

「ああ、そうなんだ」


その言葉とともに落ちてくるのは静かに笑う声。


「まぁ、俺は姉に対してそう思った事はないから、何だか不思議だよ」


笑ってくれるレベルで済めばいいが、弟がどういう言動に出るのか正直想像がつかない。

彼が嫌な思いをするのが明白なわけで・・・。


「なので、弟が和哉さんに嫌な思いをさせると思うので、もしそうなったら私は全力で和哉さんを守ります」


それでも笑い続ける彼を見つめ続けていると優しく頭に手が乗せられていた。


「頼りにしてます」



◆◆◆



(うわー・・・。明らかに機嫌悪いし・・・)


案の定、だった。

ぎこちなく笑う両親の顔とは対照的な程、不満気な顔を晒して、しかもそれを隠そうともしない。


「えっと、中林さんは何の仕事を・・・?」

「フリーランスでライターの仕事をしております。と言っても不定期とかではなくて、有難いことに複数社から定期的に仕事を頂けてますので、経済的な面で衣里さんに苦労をお掛けする事は少ないとは思っています」

「ラ、ライター・・・・?具体的にどういった事を?」


父は意外な程に落ち着いていて、彼の話に出来るだけ耳を傾けてくれていた。

もっと何か言われるのだろうと思っていただけに、少々面食らった。


「元々は出版社にいたんですか・・・・。そうですか」


その肩を落として、うな垂れる姿は何を意味しているの?

嫌味?それとも知らない世界に触れた虚無感・・・?


「あのね。和哉さんはちゃんと複数社と取引してるし、収入は安定してるの。心配しないで!」

「いや、そうじゃなくて・・・」

「お父さんはね、そういう事が言いたいんじゃないの。和哉さんの人となりが知りたいのよ」


両親へ更なる反論の口を出そうとした私を手でやんわり制止してくると、彼は両親に向かって穏やかに微笑んだ。


「他に聞きたい事があれば、どんどん仰ってください」


その瞬間、仏頂面を続けていた弟が大きな音を立てていきなり立ち上がった。


「年は?どうみても姉ちゃんより、すっげぇ年上に見えるんだけど!」


荒っぽい言葉とともに、テーブルの上の湯のみも音を立てる。中身をぶちまけながら。


「尚之!何やってるの。座りなさい」


弟の腕を掴みながら母も立ち上がると台所から慌てながら布巾を運んで来た。


「和哉さん、ごめんなさいね。尚之はもう衣里の事となると興奮しちゃうもんだから。いつも注意してるつもりなんだけど・・・」

「いいえ。お姉さん思いなんですね。僕とは大違いですよ」


棒立ちのまま動けず睨み続ける弟。零れたお茶を母と一緒に片付ける和哉さん。

その和哉さんに慈愛に満ちた笑顔で答えられた弟は真っ赤な顔をして座り始めた。

改めてお茶を入れ直し始めた頃、彼は弟に向けて語り始める。


「僕は今42です。年が離れている事はやはり心配ですか?」

「はぁ?!42?」


弟の怒号とともに我が家のリビングが静まり返ってしまった。





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