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シナジー  作者: 鵜野 花
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chapter23 ②

はぁ、と溜息が零れたかと思うと疲れを帯びた声も漏れてきた。


「まったく。やっと帰って来た・・・」

「しょうがないでしょ。今回は予定外の帰国で滞在時間も限られてるから、この機会にする事いっぱいあるのよ」

「息子の結婚報告の時ぐらい予定ずらせよな」


思わず生唾を飲み込んだ。


(落ち着いて。そう、落ち着くの・・・・)


奮い立たせるように、重ねていた手を強く握った。


「は、はじめまして。松本衣里と申します」

「あらっ!はじめまして~。和哉の母です」


圧倒された。

背は―、私より低い。でもピンとした背筋から威厳というオーラを放っていて、もはや言葉では言い表せない。―違う、言葉なんか不要なのだ・・・。

それに。

シンプルなのに仕立てがいい服で、とてもよく似合ってる。皺は刻まれてはいるが、それすら魅力的。

何より・・・・。


(良い匂いがする・・・!)


「・・・・・衣里?」


目の前を何かが掠めた気がして身構えた。

――そうだ!ここは彼の家、目の前の人は彼のお母さんだ!!


「す、すみません。私ってば・・・」

「そんなに緊張しなくていいよ。この人達はそういうの気にしないから」

「そうよ~。これから家族となる人で、全くの他人ってわけじゃないんだからー」


にこやかに穏やかに、そうゆっくり微笑む姿に全く敵意は感じられない。

その雰囲気に香りに、良い意味で呑み込まれそうで、でも、寸でのところで私も何とか引き攣るように笑顔を作った。


「――あ。でも私、赤の他人には全然関心持つ気ないのよ~」

「・・・・え」

「母さん!一言余計。それより親父は?」

「あ、そうそう。今、本屋にいるから暫くしたら来るんじゃない?」


またかよ・・・、そう投げやりな言葉とともに彼の口から深い溜息が零れる。

・・・・確かに。

お義母さんの雰囲気に圧倒されてて気が付かなかった。

お義父さんがいない―・・・。


「そうだ。衣里さん、この間にお話しましょうよ」

「は、はいっ」


彼のお母さんへの態度も、そんな彼を華麗にスルーするのも、まるでいつもの事のようで、そうしているかのがごく自然のようだった。

何も出来ず逡巡する私の腕を掴むと、久しぶりに再会した友人のような笑顔を向けられてしまった。


(す、凄い・・・・。本当に不思議な人だ・・・)


そこに不快感などは全くない。

しかも年齢も感じさせない、―いや、年齢も立場すらも吹っ飛ばす程の可愛らしい破壊力に包まれてしまった。










「衣里さんは、和哉のどこが好き?」


彼のお姉さんが置いてくれたコーヒーに互いに口をつけ、気づかれぬように小さくふぅ、と息を零した後のいきなりの核心、だった。そこには好奇心に満ち満ちた乙女のような笑顔・・・。


「っ」


むせそうになる。

自分の身の上だろうか、それとも彼との馴れ初めだろうか。お義母さんに訊かれるであろうの類をあらかじめ考えていた私を見事に打ち砕いた。

いや、砕いたんじゃない、のは分かってはいる。ただ、戸惑ってるだけで・・・・。


「えっと・・・」


そういえば、石渡さんの時にも同じ事を訊かれたな。

何だか今日はそんな事ばかり考えている気がする。


(・・・・・落ち着くの。そう落ち着くの。大丈夫。ちゃんと答えられる)


お義母さんから少しだけ視線を落として、でもわざとだとは思われないように、小さく咳払いをする。


「・・・・自分の足りない部分とか、良い部分とか、知らない部分を教えてくれて、もっと直そうとか、もっと良くなろうとか気づかせてくれるところです」

「・・・・・・」

「何より一緒にいて安心出来るし、それに・・・」


上手く言えてるだろうか。体が強張ってくるのが自分でも分かってくる。痛い程に。

膝の上で組んでいた手を更に強く握ってしまう。


「和哉さんにもっと幸せでいて欲しいって思うんです。心の底から。和哉さんが幸せだと私も嬉しいです」


床に落としていた視線を少しだけ上げると、お義母さんの顔から笑顔が減っていった。

疑問、とも不快、とも、どの言葉も説明出来ない複雑さが合わさった顔で・・・。


(え?)


途端、血の気が引いていった。

これは・・・、とてもマズイ事を言ったんでは―・・・?

心臓が早鐘を打って、喉も渇いてきた。


「すごーい」


うろたえる私を横目に、感嘆する声を上げたのは莉奈ちゃん。


「聞いてるこっちが照れちゃうよ!ね?」

「そ、そうね・・・」


ぎこちなさに少しの笑顔を覗かせて、彼のお姉さんはまごついていた。一方で凍りつきそうな私の心を、まるで莉奈ちゃんが解していくようだった。

彼は、というと・・・。お義姉さん以上にぎこちなくて動けないでいるようだ。


(・・・・でも、お義母さんの様子が何だか変、なんだよね・・・)


「わあっ、びっくりした」


驚きの声をあげた莉奈ちゃんの視線の先を辿ると、そこには扉の前に立つ老齢の男性―・・・。


「おじいちゃん!びっくりするから声かけてよ」

「そこのお嬢さんが熱弁ふるってるから申し訳ないと思って・・・」


(!!)


頭が真っ白になった。

勿論、その人が誰なのか分かっている。どう動いて、どう言葉を発するべきなのかも分かってる。

でも、どうしても出来ない。

体が動かない―・・・!


「親父、おせーよ」

「しょうがないだろ。気になる本あったんだから」

「だったら買ってこいよ。後で読めばいいだろ?」

「面白くなかったらどうしてくれるんだ?返品してくれるのか?勿体無いだろ?」


はぁー・・・、と一際大きく溜息をつく彼は、腰に手を当てて大きく項垂れている。

こんな彼の姿、初めて見たかもしれない・・・。


「あ。和哉の父です。宜しくね」

「・・・は、初めまして。松本衣里と申します」


お義父さんの言葉で我に帰った。瞬間、力を込めて立ち上がる。

――身長が高い・・・・。

彼より高くてスラっとしてる。それににっこり笑った顔が彼にとてもよく似ている。

先程、私を見てきょとんとした顔とは明らかに違う。

とまどいながら頭を下げた私に気が付いたのか、気づいてないのか。彼のお父さんは、そのままキッチンにいるお義母さんの傍へと歩いて行ってしまった。


(・・・・・えっと、こ、これで良かったの、かな・・・)


まさか、これでいいわけがないだろう―・・・・・、そうは思っていても笑うべきなのか、どうするべきなのか、頭を上げつつ落ちて来る疑問。


(な、何か話すべき・・・?)


「親父。衣里がまだ挨拶してる途中だろ?」

「――え?そうなの?もう、いいんじゃない?堅苦しいのなしでいいよ」


そう思っているのはお義母さんも一緒のようで。コーヒー、と呟くお義父さんに促されて、お義母さんはマグカップを渡している。


「・・・・・ごめん、衣里。つまり、うちの両親はこういう人達なんだよ」

「そんな全然―・・・」


無理に笑顔を作った。

そうでもしないと、とまどい・複雑な感情・全ての気持ちと態度が漏れ出てしまいそうで・・・。


「和哉は堅苦し過ぎるよ。衣里さんはもう他人じゃないんだし。それにいつも言ってるだろ。和哉が選んだ人に間違いなんてないんだって」


コーヒーを口にしながらそう告げると、私と彼の間を優雅に通り過ぎてしまった。

考える間も与えないまま、お義父さんはソファにゆっくりと腰を下ろしている。


(――・・・・・・・)


す、凄すぎる・・・。

反論はおろか、肯定すら与える隙もないまま終わってしまった。


「あ、そうだ。衣里さんも飲まない?美味しいよ」


私を見てそう呟く人が、どこか遠くの、そう、まるでテレビ画面の中のような出来事な気がして。

彼に似ている人が私の名を呼んで、ゆっくり笑う―・・・


「――はい。いただきます・・・」

「そうだ。ゆっくりしていけるんでしょ?衣里さんも夕飯食べてってよ。ご馳走作るってんで、昨日から準備してるんだ」

「えっと・・・」


まるで動けないように、その場に立ちすくんで言葉も発してこない彼が気がかりで、横目でゆっくりと捉えると、そこには心底疲れきっている彼がいた。


(勝手に返事していいのかな・・・・)


彼も心配だけれど、何よりせっかく私達の為に準備してくれた彼らに対して失礼だ。

それは彼の事を考える以上に・・・。


「ではお言葉に甘えて・・・」

「衣里、無理しなくてもいいんだよ」

「え?無理なんかじゃ・・・」

「そうよ、和哉。何、警戒してんのよ」


いつのまにか私達の間にはお義母さんが割り込んできていた。その顔は笑顔で、先程の私の心配を吹き飛ばすように。


「さっきも言ったけど、衣里さんは家族よ?ご飯くらい食べてくれていってもいいじゃない。そうそう会えるわけでもないんだから」

「そうよ。和哉は本当、心配性~。誰に似たのかな」


お義母さんに助太刀するようにお義姉さんが口を添えてくる。それは見事な連携で、きっと普段からこういうやり取りが日常なんだろうと思わせるようだった。


「分かったよ。で、何作んの?俺も手伝うよ」

「――私、やります。何か出来る事があれば仰ってください」


圧倒されてぼんやりしてる暇なんてない。

私だって彼らの一員となるのだ。全てを受け止める事は出来ないかもしれないが、努力している姿は見せたい。


「あ。そういえば足らない材料があったのよ。買物行くから衣里さんも付き合ってくれる?」

「はいっ」

「それぐらいなら俺が行くよ。わざわざ衣里に行かせなくても・・・」

「アンタは来なくていい!」


そうピシャリと撥ね退けると、お義母さんは財布を片手に私の方へくるっと体を向けて来た。

その動きは可憐で、それにフワリと良い香りも漂ってくる。

同性でも、彼のお義母さんだとしても思う。

――とても可愛らしい・・・・。


「行きましょうか?」







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