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シナジー  作者: 鵜野 花
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chapter4

あれから一ヶ月。


毎週のように、店へ行きたい衝動に駆られていた。

昼間の疲労が蓄積すればする程、浮かぶのは彼の顔。

しかも笑顔。



(いつ行こうか、明日行く?・・・それとも来週?)



自問自答を繰り返しながら、来るべき日に備えていた。








「いらっしゃいませ」

「こんばんは」



(・・・・来てない、よね・・・)



時間は8時を過ぎていた。

定時で仕事を終えようとしていたが、夕方になっていきなり仕事を回されてきた。

無下にも断れず、辿り着いた時にはこんな時間。


「今日はお忙しかったですか?」

「ええ。ちょっと残業する事になってしまって・・」

「そうでしたか。じゃあいつもの、すぐにお作りしますね」

「ありがとうございます」


残業を頼まれつつ、浮かんできたのは、もしかしたら遅い時間にお店へ行けば会えるんじゃないだろうか、という淡い期待。


(私・・・気になってるのかな・・・)


ここのところ自分の気持ちが分からず、振り回され気味だ。

ただ・・。

もう一度会いたい、というのは正直に思うところだ。

今日は会える事を願うばかりだった。






そわそわ落ち着かないまま、時計を見れば1時間以上経過していた。

もう現れる気配がないのだから、今日は無理なのだろうと諦めた。

精神的にしんどい一日だったからこそ会いたかったが、それこそこっちの我侭というものだろう。

諦めて、帰り支度を始めようとした時だった。


「いらっしゃいませ」

「こんばんは」


思わず手が止まった。

聞き慣れた声、いや、聞きたかった声というべきか。


「・・こ、こんばんは・・」

「・・ああ。こんばんは・・・」


私の声に気づき、振り返った彼は、ひどく驚いている。

しかも何だか妙に上の空のような生返事だった。

(・・・・・・・もしかして迷惑、だった・・?)


「マスター。ひっさしぶりー」


彼の肩越しに、少し顔の赤い男性が満面の笑みを浮かべながら、マスターに声を掛けて来た。

石渡 (いしわたり)さん!ほらっ、周りに迷惑っ!」

「・・・あれ?今、女の子に声掛けられてたでしょ?なになに、知り合い?」

彼の連れのようだ。

「ほらっ。ソファ席に行きますよ」

彼は石渡さんと呼ばれた男性の腕を掴むと、奥へと移動しようとする。

するりと、その腕をほどきつつ、私の方へ体を向けた。

「ねぇ。アイツと知り合い?」

「・・・えっ」

あまりに突然の出来事に声が出てしまう。

これは・・・、いろんな意味で予想以上の展開、だった。


「石渡さん!何やってるんすか。行きますよ」

けど、またとないチャンス、かも。そう心の奥底から聞こえてくるようだった。

「えっと・・知り合いと言うか・・。少々面識がある程度です・・」

「えっ?!ホント?じゃあ一緒に飲もうよ!」


彼が再度、『石渡さん』の腕を掴み始めた。

「・・・ごめんなさいね。無視してくれて全然構わないから」

苦笑いしながら私に話しかけてきた。

苦笑い、というか、困惑、というか・・・・。

「・・・えっと・・・私で・・良ければ・・」

(って、私なに言ってんのーーーーーーー!!!)

「ほらっ。彼女もこう言ってることだし。いいよな?」

「・・・・・分かりましたよ」


最近の私はおかしい。

心の中で思った事をすぐストレートに言ってしまう。

男性に対して、ここまで自分の気持ちを言ったことなど、今までの経験でほとんどない。

けど、彼にならすぐ言えてしまうのだ・・。

と言うかここで「Yes」と言わないと、一生終わってしまうような気さえしてくる。

・・・でも彼の困惑した顔を見てると、間違っていたのか、と非常に不安を覚える。

自分の荷物とグラスを持って、彼らと同じ席へと移動する。

視界の端に入ったマスターは、にっこりと微笑んでいた。


「で。いつから知り合いなんだ?」

着席早々、『石渡さん』は、そう質問してくる。

私か、彼か、どちらからでも答え易いよう交互に顔を見比べながらー。

すかさず彼が反応する。

「・・・別に知り合いって程じゃないって、さっき彼女が言いましたよね?聞いてました?」

「かずやくん、つめたーい・・」


(うわー・・、凄い機嫌悪い・・。やっぱりマズかったかな・・・)

あせる気持ちを押さえ込むように、手を強く握り締めた。

「あ、えと・・・、数ヶ月前に、ここの店で初めてお会いしました・・」

そして、この空気に耐え切れず口を開いた。

「へー・・。そうなんだ」

石渡さんはグラスに口をつけた。

直後、ニヤリとしながらー。

「で、お前からナンパしたんだ!」

「ちょっ。人聞き悪いこと言わないでくださいよ!」


「ち、違います!私は助けてもらったんです!」

「・・・・へっ?」

首を傾けたまま、口を開けたまま、こちらを見る石渡さんの表情は何だか可笑しかった。

「あー・・・」

観念したように俯いた彼が気になった。

でも、私のお喋りは何故か止まらなかった。


「この店で絡まれてた時に助けてもらって・・」

「・・・助けた?コイツが・・?」

「?・・・ハイ・・・」

「ハハハハハ。マジか?へー。あーそう。へー」

石渡さんは彼の肩を小突き始めた。

「痛いですよ!」

「あー、悪い悪い。だってお前そういうキャラじゃないだろー。俺は今猛烈に感動してるんだよ!」

「よく言いますよ。まったく・・」

彼は、ふてくされたようにグラスを口に運ぶ。

石渡さんは、おいてけぼりにならないよう私の方を見て笑った。

「こいつねー。来る者拒まずなんだけど、去る者は追わずな奴でさー。だから意外でびっくりしてんの!」

「余計な事、言わなくていいからっ!」

石渡さんは、ニヤニヤしながらグラスをテーブルに置いた。

「で、かずやくん!彼女は名前何て言うの?」

「・・・・いや・・ちょっと・・」

「・・・はっ?!まさか聞いてないってことはないよね?」

「いや、だからさっき知り合いって程じゃないって言いましたよね?」

「お前、今日名刺あるよな?」

「・・・は?」

「早く出して彼女に渡せ!あっ、良かったらついでに俺のもー・・」

「あんたのはいいから!」

彼もグラスをテーブルに置くと、胸ポケットから名刺を一枚取り出した。

「お前・・・なんでそんな所に名刺入れてんの?」

石渡さんの疑問は無視するかのように、彼は私に名刺を差し出した。


『フリーランスライター 中林和哉』


これが彼の名前と職業、だった。

何故か心臓が高鳴った気がした・・・。


「で・・・お名前何て言うの?」

まじまじと名刺を見続ける私に、石渡さんがにっこりと話しかけてきた。

「俺はちなみに石渡って言うの。コイツの元上司でーす」

「あ・・私は、松本衣里っていいます」

「衣里ちゃんかー!可愛い名前だねー」

少し顔を近づけてきた。

「もっちろん名前以外も可愛いよー」


「オイ!オッサン!!何してんだよ」

中林さんが石渡さんの首を羽交い絞めしている。

「アー、ギブギブ!本気で苦しいってば!」

首から手を離しながら、彼は盛大なため息をついた。

「いくら酔ってても、やっていいことと悪いことの区別ぐらいつけてくださいよ。いい年して全く・・」

「・・・フフ」

「・・・何ですか?」

「和哉君。凄い感情がむき出しですよ」

「セクハラオヤジ。外に放り出すぞ」

「はいはーい。すみませんでしたー。ってなわけで俺はトイレねー」

そう言うと立ち上がり、石渡さんはトイレへと駆け込んで行った。

(・・・はは。慌ただしい人だ・・・)


「ごめんね」

「えっ・・」

「石渡さん。あのエロオヤジのこと・・」

「・・あっ、いえ。大丈夫です」

出来るだけ笑顔を作った。

本当に大丈夫だし・・・・、そもそも今回の件で色々知る事が出来たし、何より名前も知ることが出来た。

だから本当に嫌だなんて思ってない。


「あの人・・・。仕事はめちゃくちゃ尊敬出来る人なんだけど」

彼は、ふうっとため息をついた。

「酒が入ると壊れるっていうか・・・。あんな風になっちゃって・・。なので本当は君を巻き込みたくなかったんだ。迷惑かけちゃうと思って」

・・・・・。

何だ、そうだった、のか・・・。

機嫌が悪そう、と思ってたのはそういうことだったのか・・・。

「そんなこと・・。そんなことないです。今日、凄く楽しいです」

「本当?ならいいんだけど・・。ただ・・」

私から少し視線をずらすと、恥ずかしそうに俯いた。

「君を助けた云々の話は、俺的には非常に恥ずかしくてさ・・・」

そういうと彼はやっと笑ってくれた。

暗闇にやっと明かりが点灯したかのような気分だった。


「あの・・・。私こそ、図々しくお邪魔してしまったんじゃないかと不安でした」

「それはない。断じてないから安心して」

私を安心させるような、諭すような言い方だった。

本当に心の底から安心した。


「ってなわけで、あのオッサンが帰ってくると更にヤバイ事になるから、今日はこの辺で帰った方がいいと思われるんだ」

「・・・あ。そう・・・ですね。そろそろ終電も心配なので・・じゃあ・・」

「ごめんね。慌ただしくて・・」

「いえ。今日は本当に楽しかったです。ありがとうございました」

ソファから立ち、頭を下げた。

「俺の方こそ。嫌な思いさせちゃってごめんね」

思わず、大きく首を横に振っていた。

「あ、じゃあお勘定を・・」

「ああ、いい。それはあのオッサンが払うから。心配しないで」

ね?と小首を傾けるように私に訴えてくる。

(うわ・・・これは絶対に、こ、断れない・・・)

とまどいながらも、今回は彼に従う事にした。

「それじゃ、お言葉に甘えて。ありがとうございます・・」

改めて頭を下げた。

「いえいえ」


顔を上げれば、そこには優しい顔、笑顔があった。

その笑顔を見た瞬間、胸が締め付けられそうな程の感情に襲われた。

言わなくちゃ・・・、これで終わりにしちゃ駄目だよっ、って、どこからから聞こえてくる気がした。

「あ、あの・・」

「・・・ん?」

「・・・またここで、この店で会えますか?」

「・・・そうだね。絶対的な約束は出来ないけど、また来るよ」

「私は来月末にここに来ます!」

「・・・分かった。考えておくよ」

(うわ、うわあああああああ。し、信じられない!)

多分、はたから見ると、馬鹿みたいな笑顔だったに違いない。

自分でもそう感じる程だった。

「ありがとうございます!・・・それじゃ、おやすみなさい」

「おやすみ。あ、遅いから気をつけてね」

「はい」

軽快な足取りでドアへと向かう。

「マスター、ごちそう様でした。おやすみなさい」

「ありがとうございました。お気をつけて。おやすみなさいませ」


夢心地な今日の出来事と、信じられない自分の行動に興奮冷めやらぬまま、駅へと向かっていく。

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