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シナジー  作者: 鵜野 花
42/62

chapter22 ④

黙って部屋を出てきてしまった・・・・。

メモも何も残さず。

彼の辛そうな寝顔を見ていると、自分の態度が酷い事なのだと思い知らされるようで、何も頭に思い浮かばなくなってしまうのだ。

彼の気持ちが分からない。


彼が分からない―・・・・。








着信音に意識が浮上させられる。

彼、からだ。

この一週間、毎日メールや電話が来る。内容は同じ。


『とにかく返事が欲しい。会いたい』


涙が零れそうになる。でも、それ以上に深く、深く沈んでくる。

そして、ただ一点しか思いつかないのだ。

"どうすればいいのか"。

このままでいいわけがない。でも何が一番いいのかも分からない。

このまま彼を無視し続けたくない・・・・。


湧き上がる、どうしようもない、こびりついてくる想いを蹴散らすように、勢いよく飛び上がった。

瞬間、足に何かが当たり、バッグの中身が広がった。


「――ああ、もう・・・・」


ふと、体が強張った。

それは自分のイラつきを咎められるような、それでいてまるでメッセージのような"救い"にも見えた。


「石渡さん・・・」


手帳から飛び出してきた、石渡さんの名刺、だった。



『コイツの事で何か聞きたいこととか困ったことあったら、いつでも電話して』



まさか石渡さんが彼の過去のことを話すとは思っていない。

違う。

過去の事なんてどうでもいいのだ。

彼の、彼自身の気持ちが知りたいだけなのだ。


「・・・・・・」


気が付くと手の中の名刺を強く掴み始めていた。

――私って何なんだろう。

私ってどういう存在なんだろう・・・・。



◆◆◆



「編集長、2番に外線でーす」

「誰?」

「あ、女性っす。名前忘れました。すんません、俺ちょっとトイレ!」

「おい!・・・・ったく、しょうがねぇな」


ぶつくさ言いながら受話器を取ると、いつもの荒々しさとは別の、所謂営業用の声音に変わる。


『お電話変わりました。石渡ですが―・・』

「あ、あの。お忙しいところ申し訳ありません。私、松本です。松本衣里です」

『・・・・・・松本さん?!』





平日はオフィスにしかいない―、そう言われていても、せっかく携帯電話の番号も聞いてもいたけれど、わざわざオフィスに掛けてしまった・・・。

きっと何か聞き出せるのではないか、そうずるい考えが頭をよぎったのだ。



「今、お話大丈夫でしょうか?」

『大丈夫だよ。久しぶりだね。元気?』

「はい。あ、昨年は色々とお世話になりましてありがとうございました」

『・・・・はは。相変わらずだね。聞いてて気分良いよ』


電話の向こうではきっと屈託なく笑っているのだろう、そう思わせる口ぶりだった。

こっちの方が気分が良くなってくるよ・・・・、そう自然に感じさせてくれる石渡さんはやっぱり凄い人だ。


「そんな事は。あの・・・。っ、和哉さんと最近お会いしてますか?」

『うん。おととい打ち合わせでここで会ったけど』

「げ、元気にしてますか?その、体調とか悪くしたりしてません?今寒いので・・・」


久しぶりに会話する人に何て事を聞いているんだろう・・・。

石渡さんに話を振りながら、一方でそう冷静に考える自分がそこにいた。


『・・・・・うん、まぁいつも通りだね』


優しい声音で答えてくれても微妙な間合いが感じ取れる。当然だ。

他人の恋人の体調を尋ねられて、不思議に思わない人間なんていない。


「そうですか。良かったです。あ、最近ちょっと忙しかったから会えてなかったので。これぐらいで掛けてしまってすみませんでした」

『松本さんさ、今週末か来週末空いてる?』

「え?」

『うちの嫁さんって料理作んの大好きでさ。人呼んで食わせるの好きなんだよ。よければメシ食わない?』


予想外過ぎた・・・。

まさかの切り返しに言葉が詰まる。

きっと察して言ってくれたんだと思う。でも一方でそんな事を言わせてしまった自分が恥ずかしい・・・。


「そんな、ご迷惑なので・・・!」

『嫁さんの都合聞くから、日にちははっきりしないけど決まったら連絡する』

「あ、あの―・・・」


あれよあれよと言う間に、自分の携帯番号を伝える状況になり、翌日、石渡さんから早速日にちが伝えられ、都合を尋ねられてしまった・・・。


『嫁さん、楽しみにしてるってさ。中林の彼女だって言ったら、そりゃもう大喜びで』

「突然お邪魔してしまう事と、私も楽しみにしてますっていう事を奥様にお伝えください」

『そんなに緊張しないでよ!』


私の声音から緊張が伝わったんだろう。

石渡さんは終始、私を解そうと常に明るく振舞ってくれていた・・・。



◆◆◆



「本日はお招きありがとうございます」

「はじめまして~。貴子です。そんな堅苦しい挨拶はいいから。さぁ、上がって!」


目の前に現れた石渡さんの奥さんは、私の想像を遥かに超えた人だった。

石渡さんにふさわしい、というか、石渡さん以上に人を心地良くさせる、そんな人だった。


「もし宜しければ、これ皆さんで・・・」

「え?わ。そんなに気を遣わなくてもいいのに~。・・・・・・って、あれ?これ、もしかしてワイゼンのバウムクーヘン?」

「はい。お口に合うといいんですが・・・」


一瞬の間が私を固まらせた。

――もしかして嫌い、だったとか・・・?


「うわあ、嬉しい!ありがとう~。(しょう)ちゃん見てー。ワイゼンのバウムクーヘンだよー」

「おお。そこのバウムクーヘン、なかなか遠くて行くの大変な上に、通販もしてないんだよね。松本さん、よくゲット出来たね」


まるで十代のカップルのように嬉々としている二人が何だか眩しくて、初々しささえ感じてしまう。


「・・・・実は実家の近くにあるので、送ってもらったんです」

「そうだったの~。本当にありがとう。あ、ごめんなさい。上がって上がって」


二人の雰囲気に圧倒されながらも不快感は全くなく、――いや、初めてなのに不思議と居心地の良ささえ感じ始めていた。





「衣里さん、中林君の彼女なんだってね。驚いちゃった。―あ、衣里さんって呼んでもいいかしら?」

「はいっ」


目の前に広がる美味しそうな食事や二人の和やかな雰囲気に圧倒されそうな中、かろうじて声だけを返す事が出来た。


「・・・・フフ。衣里さん、そんな緊張しないでね」

「はい・・・」

「松本さんは真面目な人なんだよ。今時珍しいよね」


キッチンから戻った石渡さんは、グラスやら取り皿やらをテーブルに置きつつ、貴子さんに朗らかに話し掛けていた。

咄嗟に立ち上がり手伝おうとする私をやんわりと制止した。


「ああ、なるほど~。だから中林君、惚れちゃったんだね」

「え?」


貴子さんは小さく呟く私の疑問の声に気が付くと、にっこりと微笑んだ。

それはまるで当たり前だと言わんばかりで――。


「中林君って優しいでしょ?あれって実は誰にも優しくないっていう事でもあるんだよね」

「―あ、うちの嫁さんもね俺と同じ会社にいたの。だから中林のこともよく知ってるんだよ」

「そうだったんですか・・・・」


(・・・・・・)


出来れば彼の話はしたくないような、でも知りたいような。

せっかくのこんな滅多にない機会だ。彼の事を深く知っておきたい衝動に駆られる。

が、今の私が冷静に、それでいて違和感なく聞いている事が出来るだろうか・・・・。


「中林君ね、興味のない人には、とことん壁作るから。それを悟られないよう術も身につけてるし、意外に嫌な奴なのよ」


極めて明るく振舞う貴子さんではあったけれど、さりげなく毒っ気を感じる。

何となくだが彼の姿が目に浮かんだ。


「あ、どんどん食べて。口に合うといいんだけど」

「いただきます」


口にした煮物は素朴だけど優しくて繊細。でもそれでいて深く印象に残る。


「凄く美味しいです。何だか祖母の作る煮物に似ていて・・・」


ありがとう―、貴子さんは大きく笑った。


「中林君って、不真面目な人とか、礼儀のなってない人嫌いだしね。章ちゃんはそういうのきちんと説教するけど、奴はもう無視よ、無視!」

「受け容れているようでさりげなく拒否するからなぁ。言葉でも態度でも示さない分、一番分かりづらいよ、アイツは・・・」


知らなかった・・・。

初めて会った頃、話をしていても、そんな素振りは全く感じられなかった。

・・・・・。

そうだった。

彼はそういう風に装うのが上手いんだった。本音を表に出さない人だった・・・。


「だから、礼儀正しくてきちんとしてる衣里さんに惚れたんだろうなぁってこと」

「あ、そ、そうだったんですか・・・」


(・・・・・・・)


どうしよう。とても複雑な心境に駆られてくる。

嬉しいような。悲しいような・・・。

作り笑いを浮かべる私を見た石渡さんは、気づいたような、気づいてないような笑顔を向けて、私に食べて、と勧めてきた。

他愛ない会話、美味しい食事、終始進む時間に次第に私の心もまどろんで、気が付くとかなりくつろいでいった・・・。








「石渡さん、本当に奥様の事、大切にしてらっしゃるのが凄くよく分かりました」


穏やかな空気のせい、なのか、アルコールを口にしているわけでもないのに、つい、そんな事を口走っていた。


「あら・・・」


小さく、にこやかに笑う貴子さんは、まさに大人の女性の対応で、何故だかその姿が例の美沙子さんに重なってきて、少し切なくなった。


「松本さんって、ちゃんとこうやって口にしてくれるんだよ。気分良いよね」

「そんなっ。石渡さんの方がきちんと相手の事見てらっしゃって、ちゃんと口にされる方だと思います」


私の思いなんて、ただ状況をそのまま口にしているだけのもの。まだまだ相手を喜ばせるだけの重みなんてない。

その点、石渡さんは都度的確に明瞭に相手の心を打つ。

私には到底適わない―・・・。


「・・・・何で?松本さんだってきちんと相手のこと見て言ってるでしょ?そういう事を口に出来るって素晴らしいことだよ」

「・・・・・・・」

「謙虚って悪くないけどさ、時に度が過ぎると自分を追い詰めるから、こういう時はそうなんだって自信に思うといいよ」


ね?と大きく笑う石渡さんが、私の奥の、もっと奥の扉を開けた、気がした。

それは私という人間をまるごと受け容れてもらえたような、それは固まっていた気持ちを解すような・・・・・・・。

何かを押されたようで、全身を何かが駆け巡ってくるようで、ひどくざわつかせる。


「あ、りがとうございます」

「うん。それそれ」


聞いてみようか、尋ねてみようか。

このまま一人で堂々巡りをするぐらいなら、少しでも何かを打破することが出来るなら。

零れ落ちそうな想いを堪えながら、奥歯をグっと噛み締めた。

石渡さん・・・、そう小さく呟きながら少しずつ顔を上げると、穏やかに私を見つめてくれていた。


「お聞きしたい事があるんです」









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