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シナジー  作者: 鵜野 花
41/62

chapter22 ③ ※

「中林さん?中林さんってば!」

「――え?ああ、悪い。この資料だよな?」

「違いますよ。この本を持ってるかって話ですよ」


(いかん!ボーっとしてしまった・・)


「・・・・・大丈夫ですか?体調悪いなら無理しないで下さいね」

「申し訳ない。これだよな?」

「ええ。でも、めずらしいですね。中林さんがぼんやりするなんて」


それは俺も自覚している。

ぼんやりする、と言うか、相当に落ち込んでいる、というこの状況を。

何故なら。

連絡がないのだ、彼女から。かれこれ一ヶ月も・・・。


あれから何も出来ない自分に腹が立っていた。彼女の想いを聞く事も許されず。

しかも、あの日の事を伝える術もなく。

何より、彼女にどう伝えればいいのか分からないでいるのだ。

本当に情けない・・・。


あの日。そう、彼女と喧嘩をしたあの日。

翌朝、ソファから起き上がって彼女の元へ向かうと、そこにあったのは、綺麗に整えられただけの、まるで証拠も痕跡すらも消そうとしたかのようなベッドが、そこにあるだけだった。

――まるで最初から存在していないかのように・・・。


慌てて携帯を掴んで電話しようが、メールしようが、彼女からは一切音沙汰がない。

そんな日が一週間も続き、さすがに心配を通り越して疲労が顔を覗かせ始めた頃に、やっと彼女から一通のメールが届いた。


『私から連絡するまで待っててください』


"彼女の気持ちを尊重する物分りのいい男"。

きっとそれでいいのだろうと、俺は信じて疑わなかった。

何故そう思っていたのか。彼女との間に広がる年の差の問題なのか。

気にしていない、と言い聞かせていて認めようとしない事への戒めなのか。


まさか、ここまで追い詰められるとは俺自身が認めたくなかった・・・・。








「お前、今日俺に付き合えよな」


そう、ぶっきらぼうな声が耳元で聞こえた時には肩に重い感触。

腕。そう石渡さんの腕、だ。


「パス」

「お前に拒否権ねぇよ。打ち合わせ終わったっていうのに、いつまでここにいるつもりだ」

「ちょっと休憩してただけですよ」


チラリと見やった腕時計には、ちょっとのつもりの休憩が、いつのまにか一時間も経過していた事を報せていた。

(信じらんねぇ。こんなに時間たってたのかよ・・・・)


「豪勢な休憩だな、もう夕方だってのに。そんな時間あるぐらいだから、わざわざ俺を待ってたんだろ?」

「・・・・・・・・」

「まぁ、美味いメシに付き合え。仕事終わったら連絡するからなー」


気がついた時には、手をひらひらさせながら俺に後姿を見せていた。


(・・・・・・・・)


――お節介な後輩か?

大方、俺を心配して石渡さんに相談でもしたんだろう・・・・。


「はぁ・・・・」


その日、何度目か分からない溜息をついた。



◆◆◆



「・・・・・渋い店ですね」

「汚い店だけどな。酒とメシだけは最高なんだよ」

「汚ねぇ店で悪かったな。そういうこと言うと、お前今後出禁にすんぞ」


テーブルに所狭しと並べられた肴に、更に美味そうな肴が追加される。

ここの店主が当然の怒りの主張と共に、美味そうな肉じゃがを持ってきたのだ。


「やだなー。ほんの軽い冗談だろー」

「毎回毎回、店閉めた後に来やがって。有難く思え!」


有難いですー、そう言って手を合わせる石渡さんは楽しそうだ。


「ここ、俺の幼馴染の店なんだ。基本的には定食中心なんだけどな。俺みたいなのに、たまにこうして酒も出してくれるんだ」

「・・・・・何だか古きよき時代って感じがして良いですね」

「お前んちの実家って、こういう食卓じゃないんだよな?」


そう言うと、石渡さんは俺のグラスにビールを注ぎ始める。

注ぎ終えたビールを奪うと、今度は石渡さんのグラスに注いだ。


「祖父母の家はこういう感じでしたけど、うちの実家は、まぁ何ていうか変わってましたねぇ。ちゃんとはしてましたけど、古今東西って感じでした」

「親父さん達、今、フランスなんだっけか?」

「ええ。半分仕事、半分遊びって感じです。年なんだからいい加減にしろって言ってるんですけど、相当向こうの空気が合ってるんでしょうね」


喉を通るアルコールがやけに染みる。

何でこんな俺の身の上話をしてるんだろうか―、そうゆっくり考えながら飲んでいたせいだろうか。


「で。仕事に身が入らない理由は何だ?」

「・・・・・・・・」

「こんな状態が続くんなら、俺だってさすがに黙ってられないぞ」


静かにコップを置く音。それが妙に俺をざわつかせた。

こういうのを、こんな石渡さんを以前に一度だけ見た事があった。

そう。あれは確か美沙子との―・・・・


「迷惑を掛けた事は謝ります。でもこれは・・・」

「――彼女か?」

「別にそういうんじゃ」


俺を見るわけでも、俺の反応を見るわけでもなく、石渡さんは箸を手に取ると目の前の美味そうな肴に手を伸ばした。


「食べないのか?」

「――え?あ、食べます・・・」


(・・・・・・・・)


多分、何かを知っている、そう悟った。

恐らく石渡さんは怒っているのだ。とても静かに。

・・・・・彼女の事で何かを知っているのだ。


「美味いですね」

「だろ?」


何でだろうなぁ。

この人は何でこう分かり易いんだろう。

極端なぐらいに、今の状況が分かるぐらいに、こうも分かり易い態度なんだろう。

俺を責めるでも、ストレートに聞いてくるでもなく、ただメシを食いながら時間が流れて行くだけなのだ。


「がっついて彼女に嫌われでもしたか?」

「え?」

「お前、何かもう彼女に盲目っぽかったもんなぁ。ガツガツして怒らせでもしたんじゃないのか?」


――これは試されてるのか?わざと、なのか?

知っててあえて聞かれてるのか、それとも単に探りを入れられてるのか。


「そんなわけないじゃないですか」

「じゃ何?そんなスかした態度見せてんの?」

「・・・・・っ」


どうしたらいいんだろうか、この応酬。

正直気分悪いし、だったらいっそのこと相談してみようか、そんな衝動に駆られてくる。


「・・・・・何をどう知ってるのか知りませんけど、彼女との事は個人的なことなんですから、それ以上の深入りは―・・・」

「この前、彼女に会ったんだ」

「――え?」

「俺、言ったはずだよな。彼女の味方だって」


これはまさかの予想外、だった。

頭を殴られたような、いや、罪人だとなじられたような気分だった。


「言っとくけど、彼女はお前の事を心配して聞いてきただけだからな」

「・・・・・何をですか」

「お前は元気かとか、体調を崩してないか、どんな様子かってな」


(・・・・・・・)


そんなシンプルだけど、ストレートな物言いが彼女らしくて思わず笑みが零れそうだった。

と同時に悲しくもなった。そんな事を言わせるような状況である事を・・・・。


「携帯番号も教えておいたのに、わざわざ編集部にかけてくるぐらいだからなぁ。何かあるんだろうと思ったよ。家に呼んで嫁さんと3人でメシ食った」

「・・・・・え?家、呼んだんですか?」

「ああ。俺だけじゃどうにもならんと思ったし、電話じゃ、彼女、遠慮して何も言わないだろうから先回りした」

「貴子さん、怒ってませんでした?」


何かを思い出したのか、石渡さんが目を細めてフっと小さく笑うと、「まぁな」とだけ小さく呟いた。


「彼女、お前と喧嘩した、とだけ言ってきた。・・・・・それから。元カノだけとだけしか言わなかったけど、美沙ちゃんに会ったんだろ?」

「っ」

「何かあったんじゃないかって、ひどく心配してるぞ」


自分が彼女に見せた態度を思えば、石渡さんに何を言われても仕方がない。

でも、石渡さんに尋ねるぐらいなら、いっそ俺の事を責めてくれれば―・・・


「お前、まさか何かあるのか?」

「何言ってるんですか!そんなわけないでしょ」

「じゃあ何でだ?」

「え?」


目の前の人は腕を組み、俺を軽く睨みつけてきた。

それは静かに憤る()だ。


「俺にはそうやって自分の気持ちを言ってくるくせに、何で彼女には同じように出来ないんだ?」

「――・・・・」


何だこれ・・・・。

殴られた、いや、打ちつけられたような気分だった。

痛くて動けないのだ、体が。

心が――。


「彼女にさ、美沙ちゃんとお前との間に何があったのか知りたいって聞かれた。勿論、そんなこと言えるわけないし、彼女もそんなことを知りたがってるわけじゃないことも分かってるんだけどな。ただ・・・」


そう言葉を区切ると何かを考え込むように遠くを見つめる。


「彼女に言うなって強く頼まれてたんだけど、お前の状況見てたら耐えらねぇな」

「っ、何かあるんですか?」

「彼女、自分が頼りにならないんじゃないかって落ち込んでるんだよ。例え過去に何があろうが、それでも話して欲しいって」

「――・・・・」


(・・・・・・・・)

俺は何て格好悪いんだろう。

彼女を尊重している、理解している、と言いながら何も見ていなかった。

最初から決めつけて何も行動していなかった。


「・・・・・俺、最低だな」

「そういうのだよ」

「え?」

「そういう気持ちを俺にじゃなくて彼女に言ってやれよ」

「そういうのは・・・」

「何でだ?彼女の事、信じられないのか?」


・・・・・・。

・・・・途端に思い出した。

以前、飲みながら愚痴を零した、あの時の彼女の事を。

愚痴を零してみっともないと嘆く俺を叱り飛ばしてくれたこと、例え全てを理解出来なくても分かろうとしてくれていたことを―。


「あ・・・・・・」

「このままにしていいのか?」


何かを悟って落ち着かない俺を促すような、それでいて優しい声。


「彼女に何か伝えることがあるんじゃないのか?」

「・・・・・・・・」


意を決した俺は、気が付くと椅子から立ち上がっていた。

携帯を片手に・・・。


「すみません、石渡さん。俺、用事を思い出したので」

「ああ」

「あ、ここの支払い・・・」

「オイ。そういう事するな。俺に格好つけさせろよ」

「――ありがとうございます。ご馳走様でした!」


満足気な笑みを浮かべた石渡さんを目の端に捉えた後、堪らず店を出た。

一刻も早く、聞きたい。会いたい。

――彼女に会いたい・・・。



『・・・・・もしもし』

「もう待てないから連絡した。今話してもいい?」

『はい・・・・・』

「話したいことがあるんだ」

『わ、私もあります!』


本当はもう声だけでなく、すぐにでも会いたかった。

でも電話をしたのは、せめてもの俺の詫びだった。


「・・・・じゃあ今から衣里の部屋に行くね」

『今から?!無理だよっ。私もう寝る準備してるし。そ、それに部屋も汚いかも・・・』

「会いたいんだ。もう我慢出来ない!」


静かに、でも納得するような沈黙が流れる。


『・・・・分かった。た、ただ部屋汚くても目つぶってね』

「そんなこと気にするわけないだろ」


震える彼女の声を、遠慮気味な彼女の声を懐かしみながら、心の底から感じた。

彼女がたまらなく愛しい――、と・・・・。





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