chapter3~和哉side~
chapter3の和哉sideです。
chapter3と会話が被っている為、読みづらい所もあるかと思います。
お付き合い頂ければ幸いです。
今日はめずらしく仕事が早く終わった。
・・・・・。
と言うか、ほとんどないに等しい状況だった。
フリーランスで仕事してる以上、休みなどあってないに等しいようなものだ。
休める時には、休んでおいた方がいい時もある。
と言う訳で、あの店へ行く事に決めた。
仕事がないから、というのもあったが、一番の理由は、彼女だ。
2ヶ月前、お礼と称して、奢られた一件。
女性に奢られたままでは、俺の気持ちが収まらない。
夕方6時。
いくらなんでも早すぎたか?
まぁ、別にあそこは長居しても、居心地が悪くなるような店では決してない。
それに・・。
多分だが、一般的な会社に勤めていると思われる彼女の事だ。
早ければ7時頃に遭遇出来る確立が高い。
・・・・・・。
まぁ、彼女が来れば、の話だが・・・。
誰かを待ちながらの酒、というのも随分久しぶりな気がする。
店に着き、マスターにいつもの酒を注文する。
カウンターの奥の席が、俺のいつもの席だ。
「・・・今日はお早いんですね」
注文した酒を俺に渡しながら、マスターが話しかけてくる。
「ああ。うん。まぁ今日は休みみたいなもんだったから」
「そうでしたか・・。ではゆっくりしていってくださいね」
「ありがとう」
さすがにまだ客はおらず、店内は静かだ。
静かだが、心地よい音楽が控えめに流れている。
手持ち無沙汰気味になり、何故かバッグの中のメモ帳を取り出す。
今、手をつけている仕事のメモをまとめようかとも思ったが、出来るわけがなかった。
酒を飲みながらする仕事なんてロクな事がない。
分かってはいたが、なぜかそうせざるを得なかった。
そう。
妙に落ち着かないのだ。
(馬鹿か俺。緊張でもしてんのか?)
自分を戒めるように酒を煽った。
3杯目の酒を注文して暫くたった。
扉が開くたびに彼女が来たのかと、その都度さりげなくチェックする自分がいた。
もう今日は来ないのだろうと、この酒を飲み終えたら帰ろうと決めていた、その時だった。
「こんばんは」
「いらっしゃいませ」
彼女だ。
なぜか心臓が跳ねた気がした。
彼女を見ると俺と目が合った
ひどく驚いているようだった。
(おもしろいな。何回か会ってるのに)
少し微笑みながら彼女に挨拶をした。
「こんばんは」
「こ、こんばんは」
彼女はとまどいつつも挨拶を返してくれた。
以前から思っていたが、彼女はどうやら常連のようだ。
かなり若いと思われるが、マスターとあそこまで知り合いでいる、となると相当の通い慣れた雰囲気を感じる。
俺とだって遭遇する確率もあるだろうに、ああいう反応するとは何とも可笑しかった。
いや、むしろこういう反応をするから余計に気にしてしまうのも事実だった。
「お久しぶりですね。注文はいつもの、で宜しいですか?」
「・・・あ、ええ。お願いします」
タイミング的には今だと感じた。
「マスター、彼女のその注文、俺につけてね」
「かしこまりました」
「よろしくー」
(よし。これで今日のタスクは完了だ)
そう思った瞬間。
「・・・は?!」
彼女が席を立った。
「あの!えっと、仰ってる意味が・・」
そうくると思っていた。
「この前奢ってもらったからね。お返しです」
「いえ、あれは・・。お礼ですから・・・」
「じゃ、なおのこと。お返しね」
軽く微笑み返した。
「えっと・・。それじゃお礼にならないんじゃないかと・・・」
なかなか頑固なコだなーと、心の中で苦笑いをした。
「それじゃあ・・・。俺が奢りたいって言うのじゃ駄目かな?」
・・・・・・・彼女は固まっている。
何と言うか。
こういう状況に慣れてないコなんだろう、と前々から思ってはいた。
こういう店に通い慣れてる割には反応が幼い、というか。
(さて・・・。どうするか・・・)
俺自身も少々とまどいを隠せないでいた。
「滅多にない、せっかくの機会です。召し上がってはいかがですか?」
(お!マスター!!ナイスフォローだ!!)
「そうそう。大した金額じゃないんだし。どうぞ・・」
どうぞ座って飲んでくださいな、という気持ちで俺は手で促す。
「・・・・・では頂きます」
(ああ、良かった。良かった。断られたらマジでへこむとこだった・・)
心の声がバレないよう俺は笑顔で努めた。
「良かった。じゃマスター、俺帰るね」
「えっ。もう・・・ですか・・・?」
あまりに予想外な展開だった。
「す、すみません・・」
そう言うと彼女は視線を逸らした。
一瞬気が飛びそうになるのを感じた。
(それ、どういう意味だ・・)
軽い動揺を感じずにはいられなかった。
「また機会があったら・・。じゃ今日はこれで・・」
「はい。あ、お酒ありがとうございました」
「どういたしまして」
まさか彼女の前で慌てるわけにはいかず、何とか冷静さを保とうとした。
「それじゃマスター、ごちそうさま」
「はい。お気をつけて。またお待ちしてます」
扉を閉めて駅へと向かう。
が、耐え切れず途中でコンビニへ寄る羽目になった。
(彼女、俺の予想を裏切る反応してくれるよな・・・)
初めて会った時からそうだった。
自分らしからぬ反応をせざるを得なくなる。
女性には出来るだけ嫌がられないようにしているつもりだった。
が、そのたびに何と言うか・・・・女性の反応が手に取るように分かり、一気に興ざめしてしまう。
石渡さんには「大人になれ」と、いつもたしなめられる。
冷蔵庫からミネラルウォーターを一本掴むと、レジへと運ぶ。
清算を終え外へと出ると、ミネラルウォーターを一気に飲み干す。
「はー・・・・」
思わずため息が出た。
(久々に酔っ払ったかな・・・)
自分の気持ちから逃げたかったのか、それとも、あまりに久々過ぎて対処できなかったのか・・。
ただ・・。
ただ一つ言えるのは、また可能なら彼女に会ってみたい、という事だった。
ゴミ箱にペットボトルを捨てると、今度こそ駅へと向かった。