chapter22 ①
休日の繁華街は人の群れ。
見失わないように、はぐれないように、必死で追いつくのがやっとだ。
「か、和哉さん、待って」
「だからこうしようって言ってるでしょ」
珍しく語気を荒めてくれば繋がる手。
しかも強めに。
「これなら俺も安心」
「・・・・・・・」
手を繋ぐのは構わない。ううん、むしろ嬉しい。
でも・・・・。
「衣里?」
「和哉さん、ち、近い」
そう、つまり。彼はこの手を繋ぐのをいい事に近づいて・・・・・、つまり密着してくる。
必要以上に・・・。
「これだけ混んでるんだから平気だよ」
「で、でも、それでも近過ぎじゃない?」
二人きりならいいけど人目がある。いくら何でも恥ずかしい・・・。
と同時に上から小さく笑う声。
「な、なに?」
「うん。いまだにそんな風なんだなって思ったら可笑しくてさ」
「・・・・・・・・」
彼が私に対して余裕なんてない、と言い放ったあの日以降、相変わらず余裕綽綽な態度が続いている。
一つ変わった事と言えば、あれ以降、更に余裕ある態度を見せてくる―、つまり「余裕がない」と言いながら、必要以上に密着してくるようになったのだ。
困った事に、それが困惑以上のものを私にもたらしてくれているから、反面色んな意味でやっかいだったりする・・・。
(・・・・・・)
とは言え、ここでいちいち動揺していたら彼の思う壺。
小さく咳払いをして気持ちを立て直した。
「・・・・、で、和哉さん。欲しい物は決まりましたか?」
「衣里に任せるよ」
「もう。和哉さん、いつもそればっかり」
時期に彼の誕生日が近づく。
去年は何だかんだで彼へプレゼントを贈る事が出来なかったから、今年は気合を入れていたのだ。
にも関わらず、相変わらず彼は無理しない範囲内であれば何でもいいよ―、と繰り返すばかり。
そういう気遣いは嬉しい反面、とても困る。
会社勤めじゃない彼に贈るものにも限度があるし、かと言って贅沢品を贈ろうにも怒られる始末・・。
「だから、この前も言ったと思うけど、モノじゃなくてもいいって言わなかった?」
「・・・・・・・」
それは確かに聞いた気がする。
――あれは確か・・・・
「俺は衣里がいればいいって言わなかった?何ならリボン巻いてくれれば・・・」
「ああ、もう!いいから、分かったから!」
そこには私の反応を見て満足気に微笑む意地悪な人の顔。
・・・・・・本当にどうしようもなく意地悪な人だ。
「まぁ、俺の事で頭いっぱいになってる姿見るのは悪くないけどね」
「―――万年筆・・・・」
「え?」
「和哉さん、書く時ほとんどパソコンだと思うんだけど、たまに紙に書いたりしてますよね?」
休日の定まらない彼が、私の休む土日に仕事をしているのは日常茶飯事。
時々、デスクやリビングテーブルの上に資料やら筆記用具を載せているのは知っていた。
しかも。
ボールペンが使いづらいとか何とかよく言っていた事も―。
「うん。まぁ、書く事もあるね」
「じゃあ、万年筆はどうですか?――あ、それとももう持ってますか?」
「・・・・実は持ってるけど、もう一本ぐらい欲しいなぁって思ってた」
「・・・・・・」
自然に笑ってくれてる。本当に・・・。
でも。それでも気になる。
「・・・・また、俺が気を遣ったとか思ってるでしょ?」
「安易かなぁって。・・・・・でも他に思いつかないし」
「全然安易じゃないよ。万年筆プレゼントされるなんて初めてで驚いてたんだ」
「本当?ならいいんだけど・・・」
小さく笑う彼を見て、釣られるように微笑んだ。
――少しずつでいいんだ、と思った。
私なりの、私達なりのペースで、お互いの気持ちが少しずつ近づく。周りから見たら、きっと遅いと地団駄を踏まれそうなぐらい、ゆっくりでも。
私達が幸せだと思えれば・・・。
◆◆◆
「そういえば万年筆っていくらぐらいなんだろう」
「ピンキリだね。もの凄い高価なものから、まぁまぁ手頃なものまで」
――手頃、なの?この値段・・・。
知識もない私には目の前の品物が何をもって適正で妥当なのか、全く検討がつかない。
「あ」
「どうした?」
(この値段・・・、この万年筆ってすごくびっくりするぐらい安い・・・?)
「この万年筆、値段が全然違う・・・」
「ああ、それは子供用の万年筆だよ」
「子供用?!」
そこには色とりどりの万年筆。
黒や茶色、といった重厚な色と違って圧倒的に明るさが違う。
「ドイツとかでは鉛筆やボールペンを使う前に、まずは万年筆で書き方をきちんと覚えるんだって。で、きちんと正しく書けるようになったら、ボールペンに移行させるらしいよ」
「・・・・・へぇ」
だから、こんなにカラフルで楽しい見た目になっているのか・・・。
「勿論、大人でも初心者とか、そうでなくてもデザインがいいから大人でも使うのに何の問題もないと思うよ。何より使いやすいから」
「・・・・そうなんだ」
万年筆の世界って、実はすごい奥深かったんだ。
「・・・・・どれかお気に入りでもあった?」
「このオレンジの可愛いなぁって」
「じゃあ、俺からプレゼントするよ」
「えっ?!」
な、何言ってるの?
今日は彼のプレゼントを買いに来てるのに―・・・
「だ、駄目だよ。今日は和哉さんのプレゼントを買いに来てるのに」
「だから、俺は衣里に、衣里は俺に、ね?」
ね?って、そんなににっこり笑っても・・・。
こ、困った。
こういう時の彼の提案には逆らえないから困る・・・。
「・・・・・じゃあ、お揃いにしようか?それなら衣里もいいでしょ?」
「え」
「こういうデザインのもの持ってないし、何より衣里とお揃いだしね」
・・・・・・・・。
魅力的な提案過ぎて逆らえない。
本当、いつも彼の思う壺。
「じゃあ二つとも私が買うから、絶対に。和哉さんの言い分は受け容れません。いいですよね?」
「うん、いいよ」
「・・・・・・」
満足気に微笑む彼の顔を見て、良かったような、違うような複雑な気分になった。
まぁ、プレゼントを買えた、というミッションはクリア出来たわけだけど・・・・。
「ありがとう衣里。大切にするよ」
「えっと、どういたしまして?」
「何でそんな複雑そうな顔してるの?」
「・・・・・・・。和哉さんが私にくれるプレゼントに比べたら、これでいいのかなって」
愚痴のように、ひとりごとのように小さく不満気に呟くと、繋がれていた手を強く握り返された。
「プレゼントは気持ちの問題だよ。俺が衣里にプレゼントした時、気持ちこもってなかった?」
「・・・・そ、それはないよっ」
――そういう言い方してくるなんて・・・。
そんなこと思ってるわけないじゃない。
「俺はこの衣里からのプレゼントにすごい愛を感じたんだけどなぁ」
「そう言ってくれて嬉しいです・・・・・」
「そりゃ嬉しいよ。俺の事で頭いっぱいになった衣里が真剣になって考えてくれたんだからね」
「!」
にっこりと、それでいて茶化すようなあの意地悪な顔。
また・・・・!
「――何だか言えば言うほど、自分の考えがちっぽけに思えてくる・・・」
「それ、褒め言葉だと受け止めておくね」
何だか良い意味で疲れてきて、彼にもたれかかってしまう。
一体いつになったら彼を論破出来るんだろう・・・。
「衣里からくっついてきてくれるなんて予想外だな」
「っ、そんなんじゃ」
「―――和哉?」
尋ねるような、それでいて落ち着いて優しい声。
私達の後ろから聞こえてくる。
立ち止まって振り返った彼に続いて、私も小さく後ろを見る。
「やっぱり和哉だ!」
「・・・・美沙子?!」
彼の名を呼ぶ女性の姿、だった・・・・・。




