chapter21 ②
何その、ど直球で痛快なほど明快な質問は――!
「あ、さすがにいきなり過ぎたので言い方替えますね。和哉さんは衣里との事、つまり将来についてどうお考えですか」
声音が、変わった。
しかも笑顔も消えた。明らかに日常会話として聞いてるんじゃない。
つまり、楓は真剣に聞いてるのだ。
「衣里はあの通り真面目な性格です。和哉さんもご承知かと思いますけど、男性とお付き合いするに当たってだって心底悩み抜いて付き合うタイプなんです。もし和哉さんにその気がないのなら、今すぐに正直に言って欲しいんですけど」
(・・・・・ま、まさか、こんな事を言われるなんて・・・)
背中に冷たいものが流れている、と悟った時、手元で小さくカタカタ鳴る音に気づいた。
動揺、いや、震えてる・・・。
「先日、衣里にプロポーズしました。結果は衣里の返事待ちです。親友である楓さんなら衣里の事をご承知かと思いますが、僕と付き合う事も真剣に考えてくれているぐらいです。結婚についても真剣に考え抜いてくれるんじゃないかと思います。結果どうであれ僕は不真面目に付き合ってるつもりは全くありません」
震えてくる手を必死で押さえつつ聞こえてきた彼の真剣な声。
どこかその声は遠くて、目の前で繰り広げられているとは思えないほど・・・。
ですからー・・・、彼の続きの声が紡がれる。
「ですから安心してください」
笑顔とともに優しい声が部屋の空気を一遍させる。
「・・・やっだあ。もう、和哉さんってば素敵じゃないですかあ!」
(――え?)
「そんな風に言われちゃうと私の方が照れちゃうじゃないですか、もう!」
「か、楓?」
呼び掛ける私へゆっくり体を傾けて、楓はにっこり微笑む。
「なるほどね。和哉さんはやっぱり大人だねぇ」
「・・・あの、私だけ置いて勝手に話を進めないでください」
「でも大人過ぎです」
え、と小さな声を挙げた彼に向かって微笑む楓。
彼は何とも言えない、ぎこちない笑顔を作っている。
「和哉さんが衣里の事を大切に考えている事は充分に理解出来ました。でも・・・」
目を伏せたかと思うと一呼吸おく楓。
次の瞬間、意を決したように彼を見つめる。
「完結形で話されちゃうと隙がなさ過ぎてとまどうと思いますよ、衣里だと・・・」
・・・こ、これは、ど、どう反応すればよいのか。
3人を包む空気が生温いような、冷たいような、どうしようもないものが流れる。
笑う?怒る?
――それとも、誤魔化す・・・?
「・・・・そうか、なるほど・・・」
穏やかな口調で口火を切るのは彼。
「俺、いつも完結形で話をしてたんだな・・・」
完結形ー?
・・・・考えてみると、言われてみると、そうかもしれない。
彼なりに熟慮した上での結論だから、嫌だと思う事はほぼないのは事実。でもその熟慮の過程で彼が何を想っているのか気になるのは好き故なのか・・・。
「でも二人が思い合ってるのは疑いようがないし、何より結婚の話まで出てたなんて、私が口を挟む事じゃなかったです。ごめんなさい。失礼な真似をして・・」
「いいえ。それだけ楓さんが友達思いだっていう証拠です。ここまで心配してくれる親友がいるって良いものですね」
楓と彼と、お互いが微笑み合った。
(・・・・・・・・・)
い、いがみ合うよりは良いと思うけれど、二人の間に流れる空気が独特過ぎて置いていかれる・・・。
「・・・さて、衣里。和哉さんがいくら大人な対応で、まぁ恐らく何も言えなくなってるんだって想像出来るけど、それでも!何か言いたい事あればちゃんと言いなさいよ」
「え?・・・あの」
次から次へ変わる展開に面食らう。
ただし、楓の言ってる事はもっともなだけに、何をどう言い返そうが軽く論破されそうではあるが・・。
そう。つまり、私はこう言うしかない。
「・・・わ、分かりました」
私の小さな返事に楓は声をたてて笑い返した。
彼は、というと釣られる様ににっこり微笑んでいる。
◆◆◆
白い息が頭上に広がる。
彼の息より私の方がより広がった気がするのは気のせいだろうか。
他愛ない話で間を持たせつつも、どう言おうかキッカケを探し続けていた。
――彼はどう思っているんだろうか・・・。
和哉さん・・、そう小さく呼び止めると彼は優しい声で返答する。
「あの、さっき楓が言っていた事なんですけど・・・」
「友達思いないい人だよね。ちょっと羨ましいよ」
え、そう小さく呟く私はあまりに予想外で面食らう。
羨ましい―・・・?
「俺にはあそこまで言ってくれる友達がいないからさ。だから羨ましい」
「――・・・・、少し意外」
「何が?」
冷たい風を感じたからなのか、それともこれから告げる想いへの決意なのか。
繋がれていた手を少し強く握った。
「楓の物言いが攻撃的だったから。あ、楓はいつもあんな感じではあるんですけど、今日はそれ以上に言っていて。多分、私のせいかもしれないから・・・」
「・・・・何かあったの?」
私を問うその声はいつもと変わらない優しいもの。
でも一方で私を見つめる瞳は心配を帯びた色。
「こ、この前、楓と世間話してる時に和哉さんの話をしてて・・。それで多分、和哉さんにあんなストレートに聞いたんだと思います・・・」
「まぁ、そうしたら必然的にそうなるんだろうね」
「ご、ごめんなさい・・・」
彼が重い口調で言ったわけでも、声音が怖い、というわけでもない。
ただ、いつものように言っただけ。でも何故かいてもたってもいられず、謝罪の言葉が口から出ていた。
「・・・・謝ることじゃないと思うよ」
「・・・・・・」
どうして謝罪の言葉なのか、それは自分が投げかけた悩みが楓の思わぬ言動に結びついた事へ、なのか・・・。それとも、楓への彼の思わぬ態度が予想外で心が慌ててるだけなのか。
「――何か悩んでるんなら言って?」
彼の顔をゆっくり見上げれば、優しさの中にも真剣さを垣間見た・・・・。
「・・・・っ。か、和哉さん、いつも優しいし、私の事、優先してくれる。けど、いつもそうだから。だから、迷惑じゃないかなって思ってて・・・」
「それで悩んでたの?」
冷たい風が吹く。二人の間に・・・。
「・・・・和哉さん大人だし、いつも余裕あるから。わ、私がただ、慌てるだけっていう話なのかもしれないけど」
「俺、そんなに余裕あるようにみえるの?」
「え?」
そこには意外だ、とでも言いたげな顔。
私のすぐ隣で、私の愛しい人は歩みを止めた。それはまるで心外だ、とでも言いたげにー・・・。
「・・・そうか。あんまり伝わってなかったんだなぁ」
「和哉さん?」
「勿論、全部ってわけじゃないけど、衣里の事に関しては余裕のない事だらけだよ」
(・・・・嘘でしょ?どこが――?)
「うーん・・。言い方悪かったらごめんね。目の前にご褒美がぶら下がってて一生我慢しろって言われてる気分になるんだよ」
「え?」
分からない。目の前の人は意味ありげに小さく微笑むだけで、私のシンプルな疑問に答えようとはしてくれない。
そんな姿さえ余裕あるだけにしか見えない・・・。
「衣里にふさわしい男でいたいと思ってるから、常に葛藤だらけだよ」
「そ、んな風には見えないけど・・・・」
「経験の差。そういう風に装ってるだけ」
・・・・・・・。
経験・・・。その言葉が何故だかズシリと重くのしかかる。それは事実であって変えようのない事実だから。その一言が必ず二人の前に落ちてくる、そんな気がした。
「衣里。俺は衣里の事を大切に思ってるし、そういう態度を見せていられないんだとしたら謝る。でも迷惑とか、これっぽっちも思ってないよ。それは分かって欲しい」
「うん・・・・」
「あー、まぁ正直に言うと、俺の言動で衣里が慌てふためく姿を見るのは正直嬉しい時はある、かな・・」
「な、何それ・・・」
真剣に悩んで告白したのに、彼は意地悪そうに微笑んでいる。
私は、というと多分、きっと、顔が赤い・・・。
「子供がさ、好きな子をつい苛めちゃうっていうヤツ。だって、そうしたら相手の子は自分の事を見てくれるでしょ?だから構うんだよ。つい、ね」
「・・・・・・・」
きっとその意地悪に対して私が予想通りの反応を見せてるのかもしれない。
「・・・・い、いつか和哉さんの予想を裏切る反応してやる」
「は?」
「だって私が和哉さんの予想通りの反応したら思う壺だもん」
はぁ、そう耳の奥に彼の小さなため息が聞こえてきたかと思うと、素早く手を捕まれて体が宙に一瞬浮いた。
気がついた時には、大通りから外れた小道、いや、建物と建物の間、と言った方がいいかも、そんな道に挟まれていた。
「和哉さん?何でこんな道・・、んっ!」
顔を上げれば彼の顔は超至近距離。
抗議すらきちんと告げさせてくれないのは唇を塞がれたから。彼の、唇で・・・・。
「――か、ずやさん!いきなり過ぎ!」
「衣里がね、俺の事煽ったから」
「・・・・・・な、何言ってるの?」
二人で向かい合えるギリギリの幅。
彼の腕は、逃げられない程にしっかりと私の腰を掴んでる。
顔は、いつでも触れ合えるほどの至近距離・・・。
「さっきの衣里の発言が俺の予想を裏切る発言だったので、遠慮なく余裕のない行動を取らせて頂きました」
「なっ!」
その発言とは裏腹に、目の前の人は余裕たっぷりな顔で私に呟く。
「っ」
悔しい・・・・。
悔しい、けど、嬉しいのも事実で。
震える手で彼のシャツを掴みながら、彼の胸にわざとらしく顔を埋めた。
「・・・・これでも俺がいつでも余裕あるとか思ってる?」
首を横に振った。俯く私にはこれが限界。
「でも衣里が嫌がる事はしたくない。俺も衣里の全部が分かるわけじゃないから、何かあれば頼って欲しいって思ってるし、深刻になる前に言って欲しいって思ってるよ。だから今後はそうして。いい?」
頭を、背中を、温かい手が滑る。
彼のいつもの温かい手だ。
そうだ。
そうだった。
彼はいつも私に嫌がる事なんて一つもしてこない。
何でそんな簡単な事、忘れてるんだろう・・・・。
「あの・・、和哉さん、嬉しいです。ありがとう」
ゆっくり微笑む彼はいつもの優しい笑顔。
その笑顔が、仄暗かった想いに優しい光を差し込んだ、気がしたのだけれど・・・。
「か、ずやさん?」
「あのさ・・・」
「はい?」
「続き、してもいい?」
「・・・・・え?」
意味ありげに笑顔を作る至近距離にいるその人は、同時に不埒な動きも見せ始める。
とっても楽しそうに・・・。
「だ、駄目です!」
「何だ残念」
そうは言いながらもちっとも残念そうに見えなかったのは気のせいだろうか。
――そういう私もちっとも嫌な気分でもなかったのだから・・・。




