chapter21 ①
「衣里、結婚式どうだった?」
初冬を迎えた、ある日曜日の昼下がり。
幼馴染で、親友である楓の結婚式は、先週滞りなく行われた。
安定期に入った楓の体調を気遣いつつ、お腹を目立たせないよう随所に工夫が凝らされた。
そのせいか、当の本人が妊娠している事を忘れてしまっているのでは、と周りがハラハラしてしまった程だ。
「凄く良かったの。初めて式に参加したんだけど、こんなにあったかいものなんだねぇ」
「俺が紹介した店だったんだけど問題なかった?」
「全然!楓も旦那さんも、両家のご両親も喜んでたよ」
レストランウエディングにしたい、という楓の意向でお店探しが行われたが、なにぶん、私も含めてそういう情報に疎かった為、もしかして―、と思い和哉さんに尋ねてみた。
仕事柄そういう情報を持つ彼ならと考えを巡らせてみたのだ。
楓は悪いよ、と躊躇っていたのだが、私が何とか楓の体調の件もありお願いしてみた、というわけだ。
「楓、感謝してた。本当にありがとう」
「全然、そんな事ぐらい構わないよ」
「和哉さんにも来て欲しいって楓に言われたんだけど、さすがにね」
「気持ちだけ貰っておく」
初めて式に参加することになった私の想像する式の雰囲気は、人に聞く話や雑誌、テレビの中の雰囲気でしか図れなかった。
でも、にも関わらず、楓の式はそんな私の想像を遥かに超える温かいものだった。
思わず胸を熱くさせてしまうほど・・・。
「そんなに式、良かった?」
「うん。ああいう雰囲気だとは思わなかった。楓らしい、というか」
嬉々として語り続ける私に、彼は横で黙って笑顔で頷くだけ。
「和哉さんは今までに結婚式出席した・・・」
衣里・・、そう聞こえてきた声に思わず口をつぐむ。
手を優しく掴まれて、真っ直ぐに見つめられて・・・・。
その動作が、声が、やけにスローモーションのように脳裏に焼きつく。
「衣里、俺と結婚しよう」
何秒ぐらいそうしていたのか。
気がついた時には息を吸え、と体が悲鳴を上げた。
――そう、呼吸が止まるほどに私を硬直させていた・・・。
「衣里、大丈夫?」
「・・・・・・・・」
「・・・・・そんなに驚く事だった?」
あ、の・・・、そう呟いて口篭るのは驚いたからなのか、それとも息を吸えないからなのか。
頭がクラクラする。
「けっ、こん・・・・」
「俺は衣里と一生いたいと思ってるよ。だから結婚したい」
(――・・・・・・・・)
私も彼とずっといたいと思っている。
でも結婚は・・・・。
――ん?
あれ?これ、この前も同じ事を考えていたような・・・。
焦点が定まらぬまま、ぼんやり彼を見つめていると、目の前を何かが掠めた。
その瞬間、頭上にふわっとした温かさ。
温かく、でもしっかりとした重みが、ゆっくり私に染みこんでくる。
「そんなに驚いたのは意外だったけど、ちょっと考えてみて」
「和哉さん・・・」
「衣里はいつもいい加減な気持ちで行動したりしないのは分かってるから。だから俺もいい加減な気持ちじゃないんだって知って欲しかったからさ」
「・・・・・・」
そうか。それがイコール結婚、っていう事だったのか。
嬉しいような恥ずかしいような、複雑な感情が彼の温かさに掻き消されていく。
「待ってるから」
そう耳元で聞こえた時は自分から彼の首に巻きついていた。
言葉で伝えるより、その行動が全てを伝えられるような気がしたから。
――言葉、だと、うわべだけを取り繕っている気がしたから・・・。
「ありがと和哉さん・・・」
そう言うのが精一杯。
背中に感じる大きな手が、私をゆっくりと捉えて離さない。力強くて、でも優しい。
彼はきっとゆっくり微笑んでいる、そんな気がした・・・。
◆◆◆
お腹をさすりながら出迎えてくれた親友は、私の隣でゆっくり微笑んだ彼を凝視したまま動かない。
「はじめまして。うわー・・、もう衣里ってば超ひどい」
「・・・・な、何が?」
「和哉さんの事よ。格好いいだなんて聞いてない!」
楓の結婚式報告の後、あまりに興奮していたせいか、彼がお祝いを贈ると言ってくれた。
その経緯を楓本人に伝え、今度新居に送ると電話で伝えると、
「じゃ、和哉さんを家に連れてきて」
「は?」
「いいじゃない。何か問題でもあるの?」
と、なかば強引に訪問する事に相成ったわけだ・・・。
「・・・・・えっと・・・」
そうか・・。
今の今まで意識、いや、・・・・考えた?事がなかった・・・、と言うべきなのか。
彼って格好いい部類、なのか。
も、勿論、素敵である事は否定しようがない。好きだから贔屓目で見ている、という事を除いても。
「やだ。何いまさら照れてんのよ。何?単なる惚気?」
「あ、あのね・・・。えーっと・・・・」
そうなの、なのか、そんなこと、と言うべきなのか。
それとも笑って誤魔化すのがベストなのか。
「はは。口が上手いね。ありがとう、そう言ってくれて」
「いいえ。本当の事ですもん。あ、ごめんなさい、こんなところで。上がってください」
リビングに案内された後、彼は楓にお祝いを渡した。
「うわぁ、ありがとうございます。嬉しいです」
「いいえ」
私たちをソファへ座るよう促すと、楓はお茶を淹れにキッチンへと移動する。
無理しないで、と口を挟んでも運動だからと明るい声が返ってきた。
「それにしてもごめんなさい。旦那、突然仕事になっちゃって」
「休みの日なのに大変だね」
「代休もらえるから平日楽しめるって思っておきます」
カチャカチャと小気味いい音をたてながら明るい声で戻ってくる楓にいてもたってもいられず、手伝うと申し出て、二人でお茶の準備に取り掛かる。
「あー・・、そうだ。聞きたいことあったんですよ」
カップから口を離すと、楓は開口一番、彼に向かって語りかけた。
「その前に。・・・私も和哉さんってお呼びしても構いませんか?」
「構わないですよ」
それを契機に楓は意味ありげに微笑んだ。
空気が変わった、気がする。
「和哉さんは衣里と結婚する気はありますか?」
「――か、楓?」
思わずお茶を噴出しそうになってしまった・・・・。




