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シナジー  作者: 鵜野 花
36/62

chapter20

広くもない、けど狭くもない部屋に、私の驚愕に満ちた声が広がる。

そう。

驚き以外の感情が浮かばない。


「衣里、驚き過ぎだから・・」

「あ、当たり前でしょ!だ、だって・・」

「ほら、これ飲んで落ち着いて」


温かいお茶の入ったマグカップを渡されつつ、いや、そうじゃなくてー、と一人自分につっこむ。


「・・・・そもそも、いつから付き合ってたの?」

「去年の秋ぐらいかな~」


マグカップを落としそうになり、慌ててテーブルに置き直す。


「そ、そんな前から・・・」

「あー・・、言おう言おうと思ってたんだけど、衣里は自分の事でいっぱいいっぱいだったでしょ?だからまぁ、おいおいって思ってるうちにね・・・」

「・・・・・・・」


躊躇うように微笑む親友の楓を見つめながら、その言葉をゆっくりと反芻する。

――確かに。その頃の私といえば、彼の事で頭がいっぱいだった・・・。

でも。だからと言って今、目の前にいる親友に対して祝辞を述べない言い訳にはならない。


「それはごめん。否定出来ない。それよりも・・・」

思わず咳払いを一つ・・・。


「おめでとう。で、式はいつ頃になるの?」

「早いうちにはって思ってる。じゃないとドレス着られなくなっちゃうし・・・」

「今、4ヵ月だっけ?」

「・・・・うん」


途端に目の前の親友はこれ以上ないってぐらいの慈しむような顔つきに変わる。

母親の、慈愛に満ちた笑顔だ・・・。

釣られるように、いつのまにか私も笑顔になった。


「相手、どんな人?」

「――あ、そのうちに会わせるよ。そうだなぁ。一言でいうと、良い人!」


屈託なく笑顔で答える楓を見ていると、もやもやが吹っ飛ぶような気持ちだった。

彼女がそう答えるならきっと問題ないのだろう・・・。


「そっか。楓がそういうなら・・・」

「式、そんな大袈裟にしたくないけど、ちゃんとするつもりだから、絶対来てね」

「勿論!」


まるで示し合わせたように、お互い温かいお茶をすすった。

じわじわと温かさに覆われてきて、だいぶ気持ちも落ち着いてくる。

気持ちが落ち着いてくれば、思う事も言いたい事も溢れてくる、というものだ・・・。


「楓がママか・・。何だか不思議」

「結婚の話は出たりしてたから、それがたまたま今ってだけだよ」

「そうだったんだ」


意外なようで、そうかもと妙に納得する。


「衣里は?」

「え?」

「結婚!具体的な話ないの?」


結婚・・・・。

そういえばその二文字の言葉、まったく頭の片隅になかった。

なかった、というより、どこか他人事のような気さえしていた。


「まぁ、衣里の事だから、目の前の事でいっぱいいっぱいって感じかね~」

「ま、まだ付き合って1年もたってないし・・・・」

「そういうのは付き合いの長さじゃないけどね」


(・・・・・・・・・)


確かに楓の言うとおりだ。

――結婚、か・・・。

結婚の前にしなくてはならないことが沢山ある気がしてくるのだけれど・・・。


「もしかして、彼、和哉さんだったっけ?上手くいってないの?」

「そんな事ないよ」

「また衣里の事だから、一人で考え込んでるんじゃないの?」


う・・・・。

反論出来ない。


「・・・・・・・」

「ほーら、やっぱり」


ポーカーフェイスを装おうが、引きつりながら笑顔を作ろうが、一番の親友には嘘はつけない。


「何が問題?」

「わ、私の勘違いかもしれないだけの話」

「ん。で?」


そ、そうか。

これはいいから話せ、という意味なのか・・・。


「・・・・・か、彼の気持ちが分からなくなる時があって」

「うん。例えば?」

「・・・・・・・・」


そう、例えば、どういう時なのか言えない。

それぐらい私の感じている違和感は無用なものではないのかと考えてしまうのだ。


「・・・・上手く言おうとしなくていいんじゃない?」

「え」

「上手く言える奴なんていないし、そもそも考えてるくらいなら言っちゃえば?」

「・・・・か、和哉さん、いつも優しいけど、無理してるんじゃないかなって」

「あら、予想外。何それ惚気?」

「ち、違うって」


(うー・・・、やっぱり上手く言えない)


自分のふがいなさに情けなくなる。

やっぱり、そもそも私の勘違いー・・


「年があいてるから気になるの?」

「そ、それはない」

「凄い好きなんだねぇ」

「・・・・え?」


楓はゆっくりマグカップを掴んだと思うと一口、口をつける。

またゆっくりとテーブルにカップを置いた。


「・・・・楓?」

「好きだから、そう思うわけでしょ?だからちょっとした事でも敏感になって、大丈夫かって心配になる・・・、そういう感じなんじゃないかと思ったんだけど・・・」

「・・・・・な、んだか重いよねぇ。はは・・」

「何で?違うでしょ?」


一瞬の沈黙の後、楓はフっと笑顔に戻った。


「相手を信用してないわけじゃないでしょ?信用してない上での言動じゃないんだから。・・・・まぁ、衣里の場合は、自分の存在が負担になってないのか、とか、そんな類でしょ?どうせ」

「・・・・そう、なのかもしれない」


――自分が負担・・・。

その言葉が心にズシリと重く響いた。

もやもやしていた部分への明瞭な答えと、彼が私に感じているのではなかろうか、という部分。

その言葉にやけに合点がいった気がした。


「あのね。和哉さんだっていい大人なんだから、本当に嫌だったらそう言ってるでしょ。いくら何でもアンタの事、負担だとは思ってないでしょうに」

「・・・・そう、かな」


(・・・・あ)


いけない、いけない。

これが私のいけないところ、だ。勝手に自分で判断して、ああだこうだと勝手に悩みぬく。


「ごめん。また一人で勝手に暴走するところだった」

「え?」

「勝手に一人で悲劇のヒロイン気取り。だからいけないんだよね」

「・・・・・・」

「相手がいることすぐ忘れるんだ。よかった。悪化する前に楓に相談出来て」


と、一人勝手に納得する私を、ぼんやりした顔で、かつ静止したままの楓・・・。


「え?あれ、私また何か変・・・?」

「あー・・、違う違う。何だかいつもと違うから、ちょっとびっくりしただけ」


そう呟く楓に今度は私がぼんやりして静止する。

違う?私が・・・?


「今までの衣里だったらそんな風に言わないじゃん。大体煮詰まった後、”そうだね”で終わる。それがこんな前向き発言でしょ。びっくりするわ」

「そ、そうだっけ?」

「うん。やっぱり変わったね、衣里」


変わった、のかな・・・。

自分じゃ全く分からない。でも長年の付き合いのある親友がそう言うのなら、そう言わせる事が出来た何かがあるのかもしれない。

そう、きっと変わることが出来たのは・・・・。


「いい恋愛してる証拠だね」

「――そ、そうなの?」

「そうだよ。良かったね」


それ以上聞くな、っていう満面の笑み。

そうだね。聞かなくても言わなくても、それでいいのかもしれない・・・。


「まぁ、さ。人間だから全てが分かるわけじゃないけど、気になるんなら都度聞いてみれば?あまりしつこくない程度にね」

「うん・・・・」


あんなにもやもや霞ががっていたのに、少しずつ霧が晴れてくる。

すっきり、というわけにはいかないが、でも確実に晴れてくる実感が沸いてくる。

不思議だな・・。

いつも自信がなくて周りが見えてこなくなる程、深く沈んでしまう気持ちが、こうやって浮上してくる程になっていたとは。


ふ、と彼の顔がよぎる。

私の名を呼ぶ、あの優しい顔が。


(・・・・あ)


――そう、だった・・・。

とても大事な事を忘れてしまっていた。

彼の気持ちが、優しさが、私にとまどいをもたらす以上に、彼が、彼の全てが好きなのだ。

そう。

彼のすべてが・・・。





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