chapter18 ②
「おう!来たなー、待ってたぞー」
豪快な笑顔を見せながら、石渡さんは席を立った。
石渡さんに会ったのは去年。
もう一年以上も前だったけれど、その豪快な笑顔は印象的だった。
随分と前から知り合いで、久しぶりに再会する、そんな錯覚を起こさせる。
――不思議な人だ・・・。
「石渡さん。ここの席、どういう事ですか?VIP席とかって聞いてないんですけど」
(・・・VIP?!)
思わず彼の顔を覗き込んだ。
ああ、悪ぃ。言うの忘れてた。ここの店、俺の友達がやってる店なんだよ。普通でいいって言ってるのに、いつも勝手にここにするんだよな」
(そ、そう、だったんだ・・・)
「俺は別に構わないんですけどね。ただ衣里はこういうところに来ると恐縮して身を小さくするんですよ」
「か、和哉さ・・、別にそんなこと・・・」
(な・・、何だか恥ずかしい・・・)
「あはははは。ほんとだなぁ!」
言葉が出ずに身を硬くしていると、私のそんな気持ちをほぐすかのように盛大な笑い声が聞こえてきた。
「真面目な子だって聞いてたけど本当なんだなぁ。あ、立ち話もなんだからな、まぁ座れよ」
石渡さんに促され、私達は席に着いた。
「・・・・知ってるとは思うけど、改めて。俺は石渡です。えっと・・、松本さんでいいんだよね?」
「はい。松本衣里と申します。本日はお招き頂いて、ありがとうございます」
「あー・・。何かいいねぇ、そういうの」
「え?」
「そういう固い感じ。ちゃんとそういう風に言葉で言ってくれると清々しいねぇ」
意外、だった。
豪快以上に、人を心地良くさせるその雰囲気が・・・。
一見率直な人なのかと思うと、いつのまにか心にストンと入ってくる。それでいて違和感も、不快感も感じさせない。
ただ豪快な人、だけでないその人柄が表れているようだった。
「――あ、なに飲む?中林はビールでいいか?」
「ええ。衣里はどうする?一杯目はあんまり強くない方がいいでしょ?」
「はい」
「じゃあ、カシスオレンジでいい?」
「お願いします」
暫くすると食事と飲み物が運ばれてきた。
「ここ、さ、いわゆるメニューがない店で全部おまかせなんだ。でも味は保障する」
「まさか、ここが石渡さんの知り合いの店だとは知りませんでした」
二人が会話にいそしむ間、会話を耳に入れつつ、運ばれてきた食事を取り分けたり、小皿を並べたりした。
「ああ、松本さん。そんなのいいよ。そういうのはね、中林にさせればいいの」
「えっ?!いえっ、これぐらいは」
「手伝うね」
微笑みながら私の手から小皿を取り去る。
「せっかく来てくれたんだからさー。俺は松本さんと話したいわけよ」
ね?と軽く笑う石渡さんの顔は、前回見た時とは全く違う、優しい顔、だった。
つい、いろいろと喋ってしまいそうな程の朗らかな笑顔、だ。
「ねぇねぇ、松本さんはさぁ、中林のどこが良かったの?」
「えっ、あ、えっと・・・」
そのいきなり過ぎる直球な質問に面食らって、小皿を落としそうになった。
「石渡さん!そんないきなり凄いの放り投げてこないでくださいよ」
「え?そうなの?」
きょとんとした顔をする石渡さんを横目に、これは何かの試験なのかと勝手に勘ぐったりしてしまう。
でも、誤魔化してもよくない気がしたのも事実だった。
「――あの、上手く言えないんですけど・・・」
たどたどしく話し始める私に彼らは静かに聞き入った。
「和哉さんは、ちゃんと私の話を最後まで聞いてくれるし、でも上手く言えない部分とかも分かってくれるし、言葉も、ですけど、態度も両方ともそうだから、それで好きです」
(・・・いけない。また下向いちゃった・・・)
「・・・すみません。あまり言い方が上手くなくて・・・」
顔を上げると、目の前の、私より年上の大人の男性二人が、固まっていた。
「わー・・・」
最初に反応したのは石渡さん。
「いやいや、全然問題なし。ってか今ので充分でしょ?」
「・・・・・・」
彼の方はというと、無言で固まったまま。
こんな彼の顔、初めて見た・・・?
「なるほどねー。これかぁ。ねぇ、これでしょ?」
石渡さんは、ニヤニヤしながら彼の肩に手を回していた。
彼の方は何とも言えない渋い顔。
「あー、もう、いいでしょ?ほら、せっかくの食事が冷めますから早く食べてくださいよ」
「はいはい・・」
・・・・ひとり、苦笑いしてしまった。彼の、こういう慌てる姿を見るのは結構好き、だから。
さすがの和哉さんも、石渡さんの前では単なる年下の男性になってしまうんだー、と・・・。
「あ、石渡さんは飲むの控え目にしてくださいよ」
「分かってるよ」
「・・・・・・」
そして思ったこと。
彼と石渡さんは、想像以上に仲がいい、って事だ・・・。
「ん?」
彼がいつもの優しい瞳で尋ねてきた。
「あ、いえ。和哉さんと石渡さんって仲がいいなぁって思って・・・」
ははは、そう豪快に笑うのは石渡さん。
「仲がいいっていう表現はまぁ、とりあえずおいといて、付き合い長いからな。それでそういう風に見えるのかもねぇ」
「・・・そういえば、どのぐらいのお付き合いなんですか?」
「かれこれ20年ぐらいかな・・・」
グラスから口を離した彼が、考えるように返答した。
「え、そ、そんなに長いんですか?」
「今言われて気がついたぞ。もうそんなになるのか・・」
わ、私が小学生からの付き合いなのか・・・・。
分かってたとはいえ、彼の歴史のほとんどは私がいない歴史でもあるわけで。
「・・・あれ、、という事は、和哉さんが学生時代から知り合いなんですか?」
「中林、学生時代に、うちの出版社でバイトしてたんだよ。まさか本当にうちに来るとは思ってなかったけど」
「知らなかったです。そんな昔から、一緒に働いてたなんて・・・」
――何故か二人とも押し黙ってしまった。
(・・え、何かマズい事でも言った?)
「・・・松本さん、中林の昔の話しとか知らないの?」
「あ、はい・・・。ごめんなさい。詳しく知らなくて・・・」
二人の長い歴史に比べたら、私と彼との歴史なんてほんのわずかな期間。
それは仕方ない事。知らないことは知らない、とちゃんと言うしかない・・・。
「いやいや、ここは松本さんが謝る事じゃないでしょ!中林くん、君は彼女に自分の事をちゃんと喋ってるのかね?」
ゆっくりグラスを傾けて私達の話を聞いていた彼が口を開いた。
「・・・・・そのつもりですけど。場合によっては伝えきれてないのかもしれないです」
「なに格好つけた言い方してんだよ。あ、松本さん、この際だから色んなこと聞いてみれば?」
「え!」
(確かに、彼の事を知らないことの方が多いかもしれないけど・・・)
とは言うものの、何から聞こうか―。
「あ、好きな女性のタイプ!」
「え、それ?」
「・・・突然だったから。なんかすぐに思いついたのそれだったの」
私の質問が予想外だったのか、そこには軽くうろたえる彼がいた。
石渡さんはというと、私のやりとりを楽しげに眺めているだけ。
「・・・そう、だな。特にこれっていうのは・・・」
「そ、そうなんだ・・・」
「そういう衣里は?」
「私っ?!」
「俺だって衣里の事、あんまり知らないし。教えてよ」
(な、何でいつのまに立場が逆転してるの~)
頬づえをつきながら少しだけ意地悪く微笑まれた。




