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シナジー  作者: 鵜野 花
31/62

chapter18 ①

雨が続いてるせい、なのか、最近は休日のほとんどを彼の家で過ごす事が多くなった。

梅雨だし、しょうがない事ではあるのだけれど。

彼との時間が増えれば増えるほど、幸福感以上の想いが増してくる。

そういう時には必ず毎回、私が、私だけが慌てさせられる。

幸福感と同じぐらい私を占めてくる羞恥心。

そんな私の姿を見て、彼が満足気に微笑んでくれるのはとても嬉しい事だけれど・・・。

けど。

そろそろ外で会ってもいいんじゃないか、などと少しぼんやり考えてしまうのだ。


何だかフェアじゃない気がして・・・。

――そう、私だけなんてずるい!





「衣里さ、石渡さんの事、覚えてる?」


夕食後、ソファで寛いでいる時だった。

私の隣に腰掛けつつ、彼が淹れてくれたコーヒーを遠慮なく頂いた。


「あ、前にモネで会った方、ですよね?」


彼の、元上司、と言っていた人だよね?

あの時は、結構酔っ払っていたような・・・。


「そう。あの酔っ払いオヤジ」

「・・・あはは」

彼がうっすら笑うのに合わせて、私も一緒に笑ってしまう。


「で、その石渡さんがさ、衣里と飲みたいって言ってうるさいんだよ・・・」


私が記憶する限りの石渡さんは酔っ払っている、という以外に、豪快な人、という印象があった。

少し黒くて背が高く、でも威圧感はなくて朗らかな笑顔、だったような・・。


「前会った時にさ、結構酔って絡んできたでしょ?断ったんだけど、まずいう事きかない人でさ・・・」

「いいですよ」

「本当?」

「はい。和哉さん、前に言ってましたよね。尊敬してるって・・」

そう言うと、彼は不思議そうに、でも嬉しそうに顔を崩した。


「よく覚えてたね、そんなこと・・」


何だかくすぐったかった。

褒められたような気分で・・。


「だ、だって好きな人が言ってたこと、だし・・。覚えてるよ」


彼はいつだって真っ直ぐに私を見て、真っ直ぐに伝えてくれる。

彼に感化されてきたのか、私も最近、出来るだけ真っ直ぐに伝えようと努力してるのだ。

――ただ、彼の()を見て言えない事も多いけど・・・。


自分の発言と彼の笑顔を噛み締めていると、意味ありげに頬を撫でられた。

と、同時に頬に掛かった髪を一束優しく掴まれる。

「っ」

思わず肩が跳ねた。

この感覚と空気の後の彼の態度と言葉が何となく分かってしまったから・・・。

身を堅くしていると、頭上から小さく笑う声が聞こえてきた。


「あー、衣里って何でそうなんだろうなぁ」

「え?」

「言葉と態度がチグハグって言うか。俺を煽る割には覚悟がない、というか・・」

「あ、煽ってない、よ・・」


(な、何でそういう風な話になって・・・・)


「いいよ、そのままで」

「え?」

「衣里はそのままでいいんだよ」


両頬を優しく包まれて、顔を上げさせられる。

彼の()を見ると、とびきり甘くて優しい・・・。

彼の一つ一つの態度が、言葉が、私をどうしようもなくさせる。

嬉しい。

でも・・。

――心臓がいくつあっても足りない。


最近、部屋で過ごすと、いつも彼はこんな調子で・・・。

だから、たまには外で会うのも悪くないかなー・・、と考えてしまうのだ。




◆◆◆



土曜の夕方。

彼の案内でたどり着いたその場所は、今まで来たことのない、と言うか、きっと彼の案内でなければ、おおよそ来られないであろう素敵なダイニングバー。

しかも。

最近、たまたま手にした少し敷居の高い雑誌に載っていたお店、だった。

気軽に入れないが故に少し贅沢をする時にぴったりな店、というおまけつきで・・・。

何故だか体が強張って彼の腕を掴んでしまう。


「か、和哉さん」

「ん?」

「ここって、雑誌で見たことありますよ」

「そういえばそうらしいね。こういう店選ぶあたりが、さすが石渡さんってとこかな・・」


あ。

えっと、そうじゃなくて・・。

こういうお店は初めてなんです―、口に出そうとした言葉は、この場に不釣合いな気がして、その言葉を呑み込んだ。


「・・・・・ワイン美味いらしいよ」

いつもの笑顔でそう言えば、気後れする私をリードするかのように腰に手が添えられた。


「・・・・・・」

「ん?」

「な、何でもない、です・・」


以前からそうだったけど、こういう時の所作は本当にさりげない。

でも。

最近はそれに合わせて、ううん、それ以上に、密着してくる、ような・・・。


「・・・・和哉さん、そ、そんなに混んでないから」

「何が?」

「こんなにくっつかなくても大丈夫じゃない?」

「・・・・・・そう?」

そんな風に答えているにも関わらず、私の腰の手は離れようとしない。


「大丈夫だよ。誰も見てないし、気にしてない」

「・・・・・・・・」


私がどんな言葉を投げかけようとも、あっさり論破されてしまう。

――この先、こんなんで私大丈夫かな・・・。

それは目下、嬉しい悩み、と言ったところなんだろうか。


「いらっしゃいませ。ご予約のお客様でいらっしゃいますか?」

「ええ。予約していた石渡です」

「承っておりますので、こちらへどうぞ」


薄暗い店内に入ると、爽やかな笑顔で出迎えてくれる店員。

気後れしてしまう程、店内は落ち着いていて独特の空気があった。

しかも。

奥へ奥へ案内される。


(・・・・ど、どこ行くの?)


雑誌で少し知った程度でしかない私の知識では、ここは料理もそうだけど、何より雰囲気が良い、と評判だった。

その気後れする設定の為か客層が限られていて、だから静かで落ち着いている、らしい。

まさに大人が楽しむ為だ、とか何とか・・。


(同じ落ち着いているなら、モネの方がいい。あそこは、温かい雰囲気だし―)


「こちらでございます。お連れ様は既に到着しておりますので、すぐに食事をお持ち致します」


不安な面持ちのまま歩いていたせいか、ぼんやりしてしまっていた。

薄暗さに合わせて沈みかけていた意識が店員の声によって浮上させられた。


「――衣里?大丈夫?」

「あ、ごめんなさい。ちょっと雰囲気に圧倒されちゃって・・・」


小さく笑う彼は既に扉を開けようとしていた。

・・・・・・扉?


「あれ、ここ・・・」

「ここが予約してた席らしいよ。俺も何でか詳細は知らないんだけど」


明らかに今、通ってきたテーブル席とは雰囲気が違う・・。

そう思ったのは私だけではないようで、彼も困惑するような苦笑い。


「ま、中にその当人いるから聞いてみよう」

「はい」


軽く扉をノックしながら、私たちは中に入った。





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