chapter3
金銭的な問題や仕事の都合で、なかなかお店へ行く事が出来なかった。
しかも年末年始にも遭遇してしまい、思うように事が運ばず、なかなかヤキモキした年明けだった・・・。
自分の懐具合と、そして何より、自分の余裕とがようやく絡まった。
・・・・今日は、行こう!
久々へお店へ寄ると決めた。
何ていうか・・・。いつも以上に高揚感が高まってくるのを感じずにはいられなかった・・・。
(あの人いるのかな・・。や、何言って、いても私なんて関係ないよね。そうそう!)
自分に言い聞かせるように大きく頷き、ドアノブを掴んだ。
そして扉を開けて中へと入った。
「こんばんは」
「いらっしゃいませ」
いつもの自分の指定席に視線を移すと、心臓が飛び出すんじゃないかと思うぐらい驚いてしまった。
(嘘・・・・、あの人がいる・・・・!)
「こんばんは」
そこには、あの時の同じ、優しく笑う顔。
「こ、こんばんは・・」
思いもよらない展開に面食らったが、何とか挨拶だけは返すことが出来た。
(な、何このドラマみたいなミラクルな展開はーーーー!!)
入り口付近の椅子へと腰を下ろすことに決めた。
「お久しぶりですね。注文はいつもの、で宜しいですか?」
「・・・あ、ええ。お願いします」
(落ち着け自分!ただあの人は飲んでるだけ。しかもただ挨拶しただけ!!)
冷静さと動揺の間で気持ちがグラグラ揺れているのが分かる。
と、あの人が急に立ち上がる。
「マスター、彼女のその注文、俺につけてね」
「かしこまりました」
「よろしくー」
・・・・・・
・・・・・・
「・・・は?!」
思わず声が漏れた。
「あの!えっと、仰ってる意味が・・」
私の思いを打ち砕くように、甘く微笑まれた。
「この前奢ってもらったからね。お返しです」
「いえ、あれは・・。お礼ですから・・・」
「じゃ、なおのこと。お返しね」
有無を言わせない笑顔だった。
「えっと・・。それじゃお礼にならないんじゃないかと・・・」
何だか負けるわけにはいかない気がした・・・。何でか分からないけど・・・。
「それじゃあ・・・。俺が奢りたいって言うのじゃ駄目かな?」
(!)
ず、するい・・・・。
そんな言い方されたら、駄目って言えなくなってしまう・・。
今きっと私の顔は困り果てた、どうしようもない顔をしているのだろう。
「滅多にない、せっかくの機会です。召し上がってはいかがですか?」
マスターが私に声を掛けてきた。
「そうそう。大した金額じゃないんだし。どうぞ・・」
あの人は奢られてください、と言わんばかりに手で促す。
「・・・・・では、頂きます」
男性にそう応えると、何だか満足そうに微笑んだ。
気がするんだけど、気のせいだろうか・・・。
「良かった。じゃマスター、俺帰るね」
「えっ。もう・・・ですか・・・?」
(やだ!何言ってんの私!!!)
「す、すみません・・」
思わず視線を逸らした。
「また機会があったら・・。じゃ今日はこれで・・」
「はい。あ、お酒ありがとうございました」
「どういたしまして」
さっきの私の発言など余裕で交わすように軽く微笑まれた。
「それじゃマスター、ごちそうさま」
「はい。お気をつけて。またお待ちしてます」
扉が閉められると、私は静かに腰を下ろした・・・。
(私どうしちゃったんだろう・・。普段だったらあんな事絶対言わないのに・・・)
いつものワイン、あの人に奢ってもらったワインを、口に含む。
普段は男性に対して一歩構えて引いてみている事が多いから、決してあんな事は言わない。
でもあの男性になら、言っても怒られないんじゃ、言ってもいいんではないかと思っている自分がいるのも事実だった。
年上の人だから?
(・・・・そういえば年いくつなんだろう。30代・・・?)
・・・・・結婚は・・・・?
(な、何、考えてるの!!)
こういう短絡的思考はよくない、よくない!
自分に言い聞かせるように更にワインを口に含んだ。
勝手に一人で舞い上がって、盛り上がって、実は彼女がいました、っていうパターンは毎度の事。
もうそういう展開には出来るだけ遭遇したくない。
(・・・・でも指輪は見えなかった気がする・・・)
頭の中であの人に対する疑問の無限ループを繰り返す。
「何かお作りしますか?」
マスターが声を掛けてくる。
「空腹にアルコールではキツクないですか?少々お疲れかとも思いますし・・・・」
前から思っていたが、ここのマスターは絶妙なタイミングで絶妙な言葉をくれる。
だからこそ、いつもここへ足を運んでいるのだ。
「はい。じゃあいつもの・・」
「かしこまりました。他に何か召し上がりたいものがあれば仰ってくださいね」
「はい」
「それと・・・」
(・・?)
「また次にお会いできるといいですね。あの方に」
「!!!!マ、マスター!何言って・・」
思わずのけぞりそうになってしまった。
「これはこれは・・・失礼致しました・・」
そう言うと後ろの方へと下がっていった。
(ひ、冷や汗かいた・・・。)
でも悪い気分ではなかった。
一週間の、いや、ここ何週間かの疲れが吹っ飛んだような気がした・・・・。




