chapter15 ② ※
(・・う、首いてぇ・・・・)
じわじわと首に鈍痛が襲う。
ぼんやりしていた意識は、その鈍い痛みによって段々と覚醒させられていく。
あまりの痛さに手を当てようとして思わずはっとする。
(・・・・・え?)
少し眩しい室内に、眉間に皺を寄せつつ目を開いた。
(何で部屋明るいんだ?え?ちょ、待て待て待て・・・・)
ぼんやりする頭、全身を襲う何とも言えない疲労感。
それらを振り切るようにソファから体を起こした。
(・・時間・・、時計・・・)
自分の腕時計に気が付く前に、俺の目に飛び込んできたもの。
――彼女がベッドで寝ている。一人で・・・。
と同時に時計も目に入った。
・・・・・6時半。
(嘘、だろ・・・)
よろめいた。
これがよろめかずにいられるか?
よろめいた拍子に足元に温かさを感じる。毛布も一緒にずり落ちてきた。
「・・・・・・・・」
毛布を掴んで、動揺しながらも、状況が理解出来た。
・・・・つまり、ゆうべ、あのままソファで寝てしまった俺に彼女は毛布を掛けてくれた。
おそらく、俺をベッドまで運ぶのは困難ゆえ、そうせざるを得なかったんだろう。
一睡もせずに彼女に会って大丈夫だよと見栄を切り、結果そのアホな俺はあろう事か爆睡。
――俺、マジでゴミ以下だ・・・・。
「・・・・・・・・」
ゆうべ、彼女は相当な決心をしてくれていたに違いない。
なのに俺ときたら・・・。
俺自身の顛末以上に、彼女の気持ちを考えていたら、いたたまれなくなってしまった。
毛布を脇に寄せて立ち上がった。そして彼女の傍に近寄った。
毛布にくるまって、うずくまる様に身を小さくして静かに寝ている。
時々、小さな寝息が聞こえてきた。
――うわー・・、可愛いな。ホント駄目人間だわ、俺・・・・。
「ごめん・・・・」
小さく小さく呟いていると、彼女が僅かに動いた気がした。
ん・・・、彼女の小さな声が聞こえてきたかと思うと今度は確かに動き始めた。
迷うように、もぞもぞ身を起こしながら・・・。
「・・・あ・・、おは、おはようございます・・・」
俺に気が付くと、一瞬身を硬くして毛布を引き寄せた。
「おはよう。ごめんね、衣里ちゃん」
「え・・」
「勝手に一人で先に寝ちゃって・・・」
「・・・・・・あ、いえ。ぜ、全然、です・・・」
俺の一言で眠たかった彼女の頭が冴えてきたような驚きだった。
大丈夫だと言われるのも、大丈夫じゃない、と言われるのも、どっちも複雑な気分にさせる。
「あの・・・。体調は大丈夫ですか?」
「うん、平気。大丈夫だよ」
「良かった・・」
ホッとしたような笑顔だった。
「・・・・・・俺、今日一日空いてるから、お詫びにどこか行こう。シャワー浴びてる間に考えておいてくれる?」
「え、あ、はい・・・」
「そういえば、こうやって、衣里ちゃんと泊まるの2回目だね」
「・・・ゴホッ」
彼女がシャワーを浴びている間にルームサービスで朝食を頼んでおいた。
お互い向き合って朝食を摂っていたが、彼女は相変わらずこの状況に時折照れているようだった。
オレンジジュースを飲もうとしてグラスに口につけた途端、彼女は少しむせるように咳き込んだ。
「・・・・・ごめん。大丈夫?」
「はいっ!大丈夫です・・、けほっ」
彼女は深呼吸一つついた。
「そ、そういえば、そうですね。二回目でしたね・・・」
おもしろいな。
と言うか、可愛い、というべきなのか・・。
何でもない、といった様子で苦笑いする顔が、ぎこちない、というか、いじらしい、というか・・。
これも好意を感じてる相手ゆえなんだろうか。
きのうに続いて、自分の中の意地の悪い部分が少しばかり顔を覗かせる。
「この前の時は、衣里ちゃんは意識飛んでたしね。カウントすべきかどうかだけど・・・」
「・・・あ、あの時は本当に迷惑かけちゃって、ごめんなさい・・」
「あの時は何であんなに酔っ払ったのか不思議だったけど、今なら、まぁ、分かる気がする」
「はは・・・」
「・・・今だから言うけど、本当は押し倒したい気持ちでいっぱいだった」
あ。
やっぱり固まってる・・・。
「あ、えっと・・・・」
「ははっ。ごめん。まぁ、何ていうか、それぐらい衣里ちゃんの事、好きだっていう意味なんだよ」
「――ありがとう、ございます・・」
・・・・・・墓穴を掘った。
完全に彼女が俯いてしまった。
こんな事態を招いておいて、何やってんだ、自分は・・・。
「あー・・、そうだ。どこか行きたい所は決まった?」
◆◆◆
目の前に置かれたコーヒーは目に入ってる。
何分も前に置かれたまま、手もつけられず、じっと眺めたまま、身動きが取れないでいる事も自分が一番よく分かっている。
「悪い、悪い。会議が延びちまった・・・」
ぼんやりしながらも声がする方向へ顔をゆっくり上げた。
「・・・・・なんだぁ?顔色わりぃな」
いつもの口調のその人が俺の前に、いつものようにドカリと座る。
「彼女と会ってたんだろ?何でそんな死にそうな顔してるんだよ?」
「別に普通ですし、何ともありませんよ」
平静を装いながら、茶封筒の中の原稿を取り出す。
「しっかし、お前も幸運なんだか、そうじゃねぇのか。やっとこさ企画通った途端、一ヶ月もおあずけくらっちまってなぁ。でもあれだろ?やっと会ってきたんだろ?」
「・・・・・・・」
ククっと意地悪く笑う目の前の人は、静かに俺の神経を逆なでる。
無論、俺の状況など知ってる由もないと思うが・・・。
「ちゃっちゃっと進めましょう・・・」
「あら?・・・・え?まさかの、なの?」
「は?」
意地悪い目は、いつのまに同情の目に変わっている。
「・・ちょ、何ですか、その反応・・・」
「そりゃ、ショックだな。そりゃ、死にそうな気分にもなるわな・・」
「・・・・だからなってませんって」
静かに俺の肩に手が乗せられた。
「・・・・で、お前が原因?向こう?」
軽く俺の眉が上がる、これはもう無意識だ。
「よし。ちゃっちゃっと進めよう」
俺の手から原稿を奪い取った。
「これは一回目のだな?次はいつ入稿出来そうだ?」
「・・・・あ、ええ、そうですね。再来週あたりには・・・・」
「そうか。やっぱりお前の気合いの入れよう半端ないな。感心感心」
「・・・・・・・・」
何だその、テンションの落差。
思わず呆気にとられた。
「まぁ、何か言いたい事あるんなら後で聞くぞー。最近、酒の量を減らしてるからなぁ。家にも一人で帰るように出来てるんだよ」
「・・・・・・どうしちゃったんですか。健康診断にでも引っ掛かったんですか?」
「これでも、お前より長く生きてるんで、経験も知識も兼ね備えてるんですよー」
原稿用紙をめくり上げると、一段とトーンの低い声で呟かれた。
「仲間がしんどそうな時ぐらい、格好つけさせろよ」
・・・・・・・。
まったく、この人は・・。
だから俺はこの人には、いつまでたってもかなわないんだよな。
俺は小さくため息をついた。
「――仕事終わるまで待ってます」
「ああ、無理やりにでも終わらせてやるよ」




