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シナジー  作者: 鵜野 花
26/62

chapter15 ① ※

『今、駅に着きました。これから向かいます』


(一ヶ月ぶりに、会えるのか・・・)


彼女からのメールをゆっくり眺めていると、胸が熱くなってくる。

本当に、長い長い一ヶ月だった・・・。


そう静かに一人感慨にふけっていると目の前の人の流れが俺をぼんやりさせてくる。

じわじわ嬲る様に襲ってくるのは眠気。それは抗う気力を奪う程、静かに確実に・・・。

昨日は明け方近くまで飲んで、かつ、その後一睡もせずに最後の挨拶周りに、もう一仕事。

やっと飛行機に飛び乗ればいつのまに寝たのか、起きれば羽田。

客室乗務員に揺り起こされてしまった。


この一ヶ月の間、世話になった地元の人達との最後の宴会。

あまり酒は飲めない方だが、明日は大した仕事もないだろうからと、久々に楽しんだ結果がこれだ。

―――ヤバイぐらいに眠い。

世話になった人達は、本当に洒落にならないぐらいに酒が強かった。

日付が変わる前には終える筈だったのに・・・。


まぁ、今更嘆いていてもしょうがない。

何より楽しかったのが幸いだ。

それに・・・。

やっと彼女に会える。

そう思えば眠気など吹っ飛んだ。






――来た。

はにかむように、それでいて少し慌てるように、自動ドアをくぐり抜けて来る。


(・・・・・・・)


すぐにでも駆け寄りたかった。

が、何故だか妙に悪戯心が俺の頭をよぎる。

――もう少し、このまま、俺を探す彼女を眺めていたい。

俺を探している、そうこの女性は俺を探す為に必死だ・・・。


(こういうの案外、悪くない・・・)


まさか、自分にこんな加虐的な面があるとは・・。睡眠が足らずテンションが可笑しくなったか?

・・・・小さな笑顔だった彼女にも、さすがに不安な色が出始めてきた。

たまらず彼女の傍に近寄った。


「衣里ちゃん」

「・・・中林さん!良かった・・・。場所間違えたのかと思って、今電話しようかと思ってたところだったんです」

「ごめんね・・」

「いいえ」


嬉しそうに、それでいて、幸せそうに笑った。


(・・・・・・・・)


ああ、そうだ。

この会えない一ヶ月の間、考えていたのは彼女の笑顔だ。


「・・・・・・・」

「・・・・・・・」


不思議だ。

会えれば言いたい事が山ほどあるだろうと思っていたのに、いざ会えると何も言えなかった。


「お腹すいたよね?ご飯食べようか」

「はい!」





「美味いでしょ?」

「はい・・。すごく美味しいです」


連れてきたのは待ち合わせしたホテルにある懐石料理の店。

驚く彼女が見たくて、北海道にいる間に予約を入れておいた。

俺の予想通り、というか、俺の予想以上に彼女は驚いてくれたわけだが・・。

まぁ、彼女が驚くのも無理はない。

俺自身が驚くぐらい無理をして奮発したのだから。

ただ。

とまどいながらも素直に美味い、と言ってくれる彼女を見たら、これで良かったのだと思えてくる。




「え?ゆうべ、寝てないんですか?」

「うん。なんだかんだで明け方まで飲んでて、で、その後、挨拶だ何だでもう一仕事して、それで帰ってきたんだ・・」

彼女が静かに箸を置いた。


「・・・・これ食べたら帰りましょう。ゆっくり休んでください。で、また会ってくれますよね?」


多分、そうくると思っていた。

これは想定済み。


「俺としてはまだまだ一緒にいたいんだけど、衣里ちゃんは嫌かな?」

「そんな事ないです。・・私だっていたい、です。でも中林さんの体調の方がもっと心配で・・」


(・・・出た出た、彼女の真面目な部分・・)


彼女の気遣いは嬉しいが、今は気遣い以上の想いが俺にとっては一番の褒美だ。

彼女の手をゆっくり掴んだ。


「・・・!・なか・・」

「上に部屋、とったんだ。今日は俺とずっと一緒にいて欲しい」


・・・・・・・。

固まってる。

さすがにこれは予想外だったな・・。

どうしようか・・・・、軽く悩んでる間、掴んでいた手は、いつのまにか彼女に握り返されていた。

思わず息を呑んだ。


「・・・・はい」

彼女は小さく頷いた・・・。










「わ・・、きれい」


部屋へ入った途端、まるで俺から逃げるように窓に張り付いた。

そう。まるでそれは当然の行動であるかのように・・・・。


「初めて見ました。テ、テレビで見る通りなんですね・・・」

「・・・・・・・」


そんな彼女の全ての行動を見ながら俺は荷物ごと、ソファへと腰を下ろした。複雑な気分を抱えたまま。

――彼女の背中が・・・、緊張、している・・・。

何でだろう・・・。

俺、何でひどい事をさせてしまっているかのような、真っ黒い気持ちになってんだろ・・・。

俺が思ってた、この会えなかった一ヶ月の間、考えてた事は、そんなに、アレか・・。

彼女にプレッシャーをかけさせてしまうこと、なのか・・?


横目で彼女を見やる。

あれから彼女は何を喋るでもなく、ましてや俺もそれ以上喋る事が出来ないでいる。

何ともいえない沈黙。二人の間に流れるこの空気・・・。

――まずい、相当にまずいぞ。


「冬だから、空気澄んでキレイだね」

俺は耐え切れず、彼女の隣に静かに近寄った。


「・・・東京って、やっぱり夜の方がキレイなんですね・・・」

「そうだね。上から眺めてるだけだと、嫌な部分が見えなくて余計にそう思うね」


耳元近くで喋れば、彼女の小さな肩が軽く揺れる。

・・・・・そうか、これは緊張してるって捉えていいんだよな?


「あ、ハンガー・・。コート下げるのに持ってきますね」

俺の前から逃げるような振る舞いに思わず彼女の腕を軽く掴んだ。


「後でいいよ」

「あ、でも、皺になっちゃ・・」


彼女の腰に手を添えた。

そして俺はゆっくり彼女を見た。


「・・・・・っ」


恥ずかしそうに視線をずらす彼女を、ゆっくりと抱き締めた。

遠慮気味に俺の背中に彼女の手が回されてくる。小さく震えている事は気づかない振りをして・・・。

――やっと。

やっと彼女に触れられる・・・。


(待て待て俺!焦るな俺!)


ここでがっついたら彼女を怖がらせるだけだ。

そう、それは、分かってる・・・。

右手で彼女に頬に軽く触れる。指先で掠めるように、軽く・・・。

くすぐったかったのか、反動で彼女は顔を上げた。

焦る気持ちとは裏腹に俺は彼女に微笑んだ。


「・・・好きだよ」

「・・私も好き、です・・」


彼女の唇に優しく触れた。

暫くすると俺の胸に彼女の強く握られた拳を感じた。

俺は右手でその拳を握り返した。

その動きに驚いたのか彼女は唇を薄く開いてきた。

すかさず彼女の舌を絡めとる。


「・・ん・・・・」


どれだけ我慢すれば、その声に対して理性を保ち続けられるっていうんだ。

――俺、間違ってないよな?

更に深く、彼女を求めようとした時、だった。


「・・あ、待って」

俺の胸に少し震える彼女の両手。


(・・・・・え?)


「衣里ちゃん?」

「あ、あの。・・・・あ、シ、シャワーをあ、浴びて、きて、いいですか・・・」


消え入りそうな声を精一杯出して、俯いて、尋ねてきた。


(・・・う・・。多分、ここで嫌だって言ったら、俺、即効最低人間なんだろうな・・・)


「うん。分かった」

出来るだけ穏やかに答えながら、彼女の腰を再度引き寄せた。


「・・・本当は別にいらないんだけどね・・・」

「あ、あの・・」


いかん。

これ以上は本気で彼女を混乱させてしまう。


「待ってる」

「・・・はい・・・」

恥ずかしそうに、少しよろめきつつも、彼女は浴室へと姿を消す。


「はー・・・」


腰に手をあてつつ、小さな小さなため息が零れた。

と同時に、自分の気持ちを落ち着かせる為に、再度ソファへ腰を下ろす。

こんなに余裕のない自分にとまどいを隠せない。


久しぶりに会えた喜び、何より、彼女の予想以上の反応。

真面目で誠実な彼女が、おそらく歩んできたであろうその人生を想像させるような態度だった。

そして。

そして俺自身が久々だった、という事。

つまり・・。

好きな女と・・・、という事に対してだ・・。


落ち着かせようとしていた行為は次第に思考までを奪うような気だるさに覆われる。


(・・・・俺もシャワー、浴びた・・方がいいよな・・・?)


薄ぼんやりする目の前の景色がどこか遠くの世界のように見えてくる。


(別に・・、一緒に入ってもいいん、だけどね・・・)


自分のこの考えは、きっとまた彼女をひどく驚かすんだろうな・・・、そう思うと少し可笑しくて笑みを浮かべてしまった。


「・・・・・・・・」


最後はそんな事を考えていたような気がする。

そして、俺は次第に何も耳に入らなくなっていった・・・・。





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