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シナジー  作者: 鵜野 花
25/62

chapter14

「ほ、北海道、ですか・・・?」

「・・・うん。そうなんだ」


彼に好きだと告げて、彼も私と同じ思いでいてくれた事。

何より。

彼と正式に晴れて恋人、という関係になれた事。

そして、恋人として振舞える喜び。


彼から会おうと連絡があり、喜び一杯で会っている筈、なのに。

なのに・・・。

どういうわけか、私は今、とても不安な一歩を踏み出されたような気分だった。


「ずっと書きたかった記事の取材許可がおりて、それで、つまり、北海道に行く事になったんだけど・・」

いつも真っ直ぐに、それでいて優しい眼差しを向けてくれる彼が、初めて私から視線を逸らした。


「つまり・・、一ヶ月なんだ」

「え?」

「来週から一ヶ月、北海道に滞在する事になったんだ・・」


(・・・嘘・・でしょ・・?)


――えっと・・。

つまり、今日はもう週末だし・・。

え、えっと・・・。

頭が混乱してきて、よく分からなくなってきてしまった。


「・・・・本当にごめん・・。何ていうか、なかなか許可下りなくて結構粘ってたんだ。ほら、この前、石渡さんから電話あったじゃない?あれが、その電話だったんだ。だから一発で行くって返事したんだ・・」


混乱する私を気遣うように、優しく、それでいて私を真っ直ぐに見て伝えてくる。

彼がどんな思いでこの仕事に賭けているか、痛いぐらいに伝わってきた。

――彼を困らせたくない・・・。


「・・・あの、メールして、いいですよね・・?」

「あ、も、勿論。俺からも電話もする!」


やっと気持ちが通じて会えないのは凄く悲しい。

でもそれ以上に彼が自分の思いを貫けなくなる事の方がもっと悲しい・・・。


「体、大事にしてくださいね。もう寒いし・・・」

「・・・・うん」

「それから・・・」

「うん」

「無事に帰ってきてくださいね」

「・・・うん。勿論・・・」


お互いに微笑んだ。

一生会えなくなるわけではない、ほんの一瞬だ。

また来月になれば彼に会えるのだ。


「・・えっと、出発は何日ですか?」

「あー、それが、あさって、なんだ・・」

「ほ、本当に急、ですね・・・」

「それでさ・・」

彼は遠慮気味に微笑んだ。


「出来れば今日ずっと一緒にいたいんだけど・・・」

「あ、準備の邪魔にならない時間までは私も一緒にいたいです」

その瞬間、彼は可笑しそうに噴き出した。


(?)


「あー、うん。分かった。そうだよね、今日は日曜だし、無理だよね・・」

納得したような、呆れたような、そんな口ぶり。


「・・あ、あの・・・」

「ま、帰って来てからのお楽しみって事で我慢するよ」

脇にあった伝票を手にした彼は席を立ち上がる。


「じゃ、行こうか」

はい、と呟いたがいまいち腑に落ちなかった。







「あの、中林さん」

「ん?」

彼の左手に自分の手を絡ませた。


「私は、これからもずっと中林さんと、一緒にいますよ?」


彼が行きたかったという植物園を訪れた。

楽しそうに説明したり、お喋りしながら歩を進ませつつも、彼の言葉が都度頭を掠める。

熱帯植物特有の熱気と香りに包まれつつ、大きな草が生い茂る草花の前で思わず立ち止まってしまった。

いたたまれず、耐え切れず、じき彼が出発する、という状況が私を急き立てたのだ。


「・・・・ありがとう」

「――私はずっと中林さんと一緒にいます。これからもずっと・・」


彼の手を強く握り締めながら、自分を納得させるように思いを吐き出した。

まるで今言わなければ、彼が遠くへ消えてしまうんではないかと思うほどに・・・。


「・・・あー・・、ってか、衣里ちゃんさ、あんま煽んないで」

「え?」

予想外な反応に体が少しびくつく。


「・・・・やっぱり意味分かってなかったんだな・・」

穏やかに笑ってはいたが、その言葉は予想外に私をざわつかせる。


「・・・俺が言いたかったのは朝までずっといたい、って意味なんだけど・・・」

「・・・ぁ、――っ・・」


言葉にならない言葉が漏れ出た。自分でも何を言ってるのか不明瞭な言葉、という混乱。

温かい彼の手を自ら手放して、体を膠着させる。

浮かぶのは、無邪気な言動をとった私の態度、彼の反応―。

可笑しそうに笑った彼の笑顔・・・。

(うわあ、もう!!!!)


「あ、あの、私・・・・・・」


言葉が、出てこない。

何と言うべきなのか、彼の気持ちと、自分の状況と・・・。

適切な言葉と態度が見当たらず、思わず俯いた。


(あー・・、もう自分が情けない・・・)


「ゆっくりでいいから」

その言葉とともに、彼の温かい手が頭に乗せられた。


「・・・・なか・・」

「ずっと一緒にいるって言ってくれたのはすごい嬉しい。でも、これからの事はゆっくりでいいから・・・」


その言葉は温かくて、いつのまにか優しく握られていた右手の感触とともに、ゆっくり私を落ち着かせていく。そう、あのいつもの笑顔とともに。


「・・・はい・・・」


私って馬鹿、と思う以上に、この想いが心を占めた。


――私って何て幸せ者なんだろう・・・。




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