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シナジー  作者: 鵜野 花
24/62

番外編・マスターの経歴書 ②

「里美先輩をご存知なんですか?」

「ええ、ここのお店で知り合って。聞いたら相原先輩の姪御さんだって言うし、それで」


なるほど・・・。

あの行動的で明るい里美先輩なら、きっとあっという間に仲良くなったに違いない。

そう思うと少し微笑んでしまった。


「あ、ごめんなさい。改めて。私は牧野藍です」

「松本衣里っていいます」

「じゃ、そうなると、松本さんは里美ちゃんの大学の後輩なのかしら?」

「・・あ、はい。・・・え、私の事、聞いたりした事あるんですか・・?」

「ええ。可愛い後輩がいるーってよく喋ってたわ」


適当な間合い、ゆっくりだけど決して不快な速度でなく、それでいて相手に安心感を与える。

彼女とのお喋りには不思議と引き込まれた。

初対面の人とは必ず気後れする私にとって、牧野さんとの対話はそれ程に心地よかった。

そう。

この感覚は誰かにとてもよく似ていた・・・。


「何だか照れます・・。里美先輩は、凄く私によくしてくれてるのに、私はあんまり恩返し出来てなくて・・」

「そんな事ないわよ。里美ちゃん、よく言ってたわ。真面目で凄く可愛い後輩がいるけど、真面目さが本人の良い所を奪い過ぎてる気がして心配だーって・・」

「そうだったんですか・・」


そういえばよく言われた気がする。

好きな人が出来た時も、就活で悩んでいた時も、もう少し当たって砕けろ精神でやってみろ、と・・。

でも、どんな時も見捨てずにいつも話を聞いてくれていた。


「そうか。あなただったのね・・・。お会いできて嬉しい」

(・・・うわぁ、真っ直ぐな人だなぁ・・・)


「牧野。お前、酔ってるだろ?何でもかんでも口に出せばいいってもんじゃないって言ってるだろ?」

「酔ってないです!それに良い事は、ちゃんと口にしないといけない時もあるんですよ」

「・・・まったく。ああいえばこう言いやがって」

ブツブツいいがなら、マスターはグラスを手に奥へと向かった。


「相原先輩って、ほんと、私の前でと、お客様の前で態度が180度違うのよねー・・」

ひとり言のような小さな呟きが耳に入った。

グラスを口につけながらワインを飲む牧野さんの姿は少し悲しそうだった。


「あ・・・、牧野さんは、マスターの後輩って事は、ティルセンで働いてらっしゃるんですか?」

「ええ。そうなの。・・・フフ、実はね、私ソムリエなのよ」

「ああ、だから、後輩、なんですね・・」

「そう、あの頃は、すっごいしごかれたわー。だから今の私があるんだけどね」

「・・・・ソムリエって、やっぱり大変なお仕事なんですね・・」

「ソムリエに限らず、すべての職業は大変だと思うわ。でも私は好きだからこそ苦だとは思わなかったな」


「お前の場合は、俺の反対を押し切ってソムリエになったんだからな。苦労だと思われたらかなわん・・」

奥から戻ったマスターが私達の話に入り込む。


「当たり前ですよ。先輩の指導には今でも感謝しています」

「その割には、今しごかれたって言ってなかったか?」

「え?言いましたか?」

「はあーー」

マスターの盛大なため息に思わず小さく微笑んだ。


「私、元々ティルセンにはギャルソンとして入店したのよ。でも先輩の接客態度とか、ワインへの造詣の深さだとか見ていたら、私もあんなソムリエになりたいって思うようになったの」

マスターのため息を無視するかのように、牧野さんは嬉々として私に語り始める。


「だから無理を言って先輩やオーナーにお願いし倒して、先輩の弟子にしてもらったの!」

「ほんとお前は強引なんだよ。いつもいつも・・」

二人のやりとりを見ていれば、その光景が目に浮かんでくる。


「すごい必死だったな。先輩に追いつけ追い越せって感じで・・・」

「ソムリエに限らず、人生は一生勉強だ」

「ね?先輩っていつもこんな感じなの」


牧野さんが呆れたような、でもそれでいて満足そうな笑みを私に向けると、つられるように微笑んでしまった。

――牧野さんって不思議な人・・・。つい私も楽しくて一緒に笑ってしまってる。


「お前はまだまだ修行が足らん。常日頃からの振る舞いが全てにおいて大切なんだ。その事が分かってないから・・」

「・・・何でですか」

「え?」

「先輩、何でいつもそういう風にしか見てくれないんですか・・・」

「牧野?」


少し・・、牧野さんの声音が変わった・・。

一瞬にして変わってしまった空気に、私は思わずグラスを強く掴んでしまった。


「そりゃ、先輩に比べたら全然です。そんな事は充分なぐらいに承知してますよ!でも・・。ここに来たら、私だって(いち)お客さんですよ。少しぐらい・・、リラックスしてくれたっていいじゃないですか・・」

「・・・・悪かった。つい、昔の名残で」

「私は、先輩と話すのが楽しいんです。嬉しいんです。ここで、こうやって。だからここに来てるって何で分かってくれないんですか?」


・・・・・あ。

そうだったのか、つまり・・・。


「だから牧野、悪かったって・・」

私は勢いよく、椅子から立ち上がった。


「やだ。忘れてた・・」

「松本さん?」

マスターが不思議そうな顔をこちらに向けた。


「あ、ごめんなさい。えっと、今日観たいテレビがあったのに録画するの忘れてました。もう嫌だわ・・」

誤魔化しつつ、バッグから財布を出す。


「今日はこれで帰ります。お勘定お願いしますね」

「あ、ええ。いつもありがとうございます・・」


マスターと、牧野さんと、交互に挨拶を交わしてモネを後にした。

私の行動が予想外だったのか、それとも別の感情に驚いているのか、二人とも、とまどいながらも、ぎこちない笑顔を返してくれた。






――「・・・牧野、どうしたんだよ。松本さんに、あんな気を遣わせて・・」

――「先輩って、どうしようもない鈍感なんですか?それとも本当は気づかないフリしてるんですか?」






びっくりした・・・。

牧野さんが、あんな悲しそうな声を上げるとは思ってもいなかった。


(・・・・・・・)


里美先輩は以前言っていた。

マスターはフランスから帰国した後、一度だけ結婚した事がある、と―。

その後、離婚して、以来、結婚はコリゴリで二度とご免という事を。

結婚は抜きにして、寄り添っていく相手ぐらいいたっていいではないかと突っかかった際にも、店があるから煩わしいだけだと切り返され、里美先輩を激怒させていた。


少し話しただけでも、牧野さんは極めて真っ直ぐな人だという事はよく分かった。

それでいて相手を不快にさせない。

マスターは牧野さんをまだまだだと言ってはいるけど、充分過ぎるぐらい素晴らしい人だと思う。


「・・・・う、気になる・・・」


思わず声に出してしまった。

大人な二人だ。余計な口出しは無用だろう・・・。




◆◆◆




「里美先輩ーーー!!久しぶりです!」

「衣里~、元気そうじゃーん」


もうじき、大晦日が近づく年末。

久々に里美先輩と再会した。

フランスに留学して以来の、本当に久々の再会だった。


「里美先輩、何だかたくましくなった気がしますよ」

「そりゃあね、もう、あいつらさ、何でもかんでも私の意見に、ノンノン言いやがって、どっちなんだよっていう話よ」

「あははは」






「衣里、最近叔父さんに会った?」

「はい。先週、モネに行きましたよ」

里美先輩は静かにコーヒーカップをソーサーに置いた。


「叔父さん、何かあった?」

「・・・マスター、どうかしたんですか?」

「あ、ううん。そういう事じゃないの。きのうね、成田から家帰る前に直接店に寄ったんだけど、さ」

「先輩、すぐモネに行ったんですか?」

「そうよー。帰国したら真っ先に叔父さんに会うって決めてたんだから。って、それはいいのよ、でね」

「はい」

「叔父さん、何か様子が変なのよ。らしくないミスの連発でさ・・・」


里美先輩は頬杖をつきながら心配そうな顔をした。

まさか・・。

あの後、二人に・・・・?


「――そうなんですか。私が行った時は別にいつも通りでしたけど。年末だし疲れてるんじゃないですか?」

「そうか。まぁ、病気とかってわけではないから大丈夫だとは思うんだけどね」


(・・・・き、気になる・・・・)


「でも衣里、やっぱり変わったわね、感じが・・」

「・・・え、やっぱりって・・」

ふわっとした笑顔になった里美先輩は、マスターとよく似ていた。


「きのう、叔父さんが言ってたのよ。衣里の雰囲気が変わったからびっくりするよーって」

「・・・え」


『凄く幸せそうなお顔をしてらっしゃる・・・』


途端に、マスターの言葉が頭をよぎった。


「・・あ」


思わず体が固まってしまった。


「・・・ははん?図星ね・・・」

「里美先輩、何言って・・・」

「どんな人よ?」

「あの・・・」

「ほらーー、言いなさいよーー」


里美先輩は両手で私の頬をつかみ始めた。


「わ、分かりましたから。放してくださいってば!」


はぁ、と一つため息をつき、コーヒーを一口、口に含んだ。

意味ありげに微笑み続ける里美先輩の前で、私は彼とのいきさつをゆっくりと話し始めたのだった・・・。





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