chapter13 ①
彼専用にしている携帯電話のメロディが流れた。
てっきり、いつものようにメールだろうと思い、構わず夕飯の後片付けを続けていると、メール以上のメロディが続き、それが電話だと気づくのに大分かかってしまった。
「嘘・・・・」
濡れていた手を慌ててタオルで拭った後、テーブルの上に置いてあった携帯電話を手に取る。
――思わず深呼吸一つ・・・。
「・・・もしもし」
『あ、衣里ちゃん?俺、中林です。今、大丈夫かな?もし時間なければ改めるけど・・・』
「大丈夫ですよ」
『良かった。・・・あのね、ちょっとお願いしたい事があるんだけど・・』
例の酔っ払ったあの日以降も、彼とは変わらず連絡は続いている。
が、考えてみると、こうやって電話で喋るのは初めての事かもしれない・・。
「・・え?ドライブ・・です、か?」
『うん。今度、ドライブデートの特集記事書かなくちゃいけないんだ。さすがにデートコースを一人で周るのは気が引けて、さ。で、もし良ければ、なんだけど、衣里ちゃんも一緒に付き合ってくれれば助かるんだけど。どう、かな?』
(・・・中林さんって、そういう記事も書くのか。大変だなぁ)
彼の話に頷きつつ、自分が誘われている、という事実を把握するまで思いの外、時間がかかってしまった。
『あ、勿論、車は俺が出すから。指定する所まで迎えに行くし・・』
「えっ?わ、私と、ですか?」
『うん。どうかな?』
今更な反応を示した私に、彼は少し可笑しそうに再度尋ねてくる。
「あ、えっと・・、土日ですか・・?」
『希望する日に合わせるよ。欲を言うと年内に書き終えて提出したいってのはあるけど・・』
(そっか、もう年末なんだ・・・)
「わ、分かりました。来週の土曜日で構わないでしょうか?」
『うん、来週ね。じゃあ、また近くなったらメールする。本当に助かったよ、どうもありがとう』
「いえ。私でお役に立てれば・・」
ふう、と小さい溜息をもらしながら、テーブルの上に携帯電話を静かに置いた。
彼に会えて嬉しい。が、中途半端な状態で会う事に胸中は複雑だ。
――これは仕事の一環だ・・・。
そう、この前、酔っ払って迷惑を掛けてしまったのだ。これが私のせめてもの誠意。
彼の役に立ちたいのは山々なのだから・・・。
◆◆◆
「晴れて良かったですね」
「ほんと、助かったよ。雨の日は想定してない記事だからね」
デジカメで写真を撮り終えると、彼は苦笑いしながら私の方へと顔を向けた。
彼の肩越しに見える夕日が眩しくて、思わず身を屈めてしまった。
「それにしても衣里ちゃん、寒くない?平気?」
「大丈夫ですよ」
「寒かったら言って。車ん中に防寒グッズとか色々あるから・・」
「ありがとうございます・・・」
彼に連れて来られたのは横浜、だった。
あらかじめ決められている場所を決められた通りに進んで行く、と言うデートとは名ばかりの行程。
仕事なのだから当たり前ではあるが・・。
「よし、これ、で、終了っと!衣里ちゃん、今日は本当にありがとう。お陰で助かりました!」
そう言うと、彼は小さく頭を下げて来た。
「あ、いえっ。そんな風に言わないでください。この前、酔ってご迷惑をお掛けしてしまったし、せめてものお詫びです」
「・・・・お詫び、か」
小さく呟く彼の顔は、諦めのような、困惑したような、そんな笑顔だった。
「・・・・あ、の・・・」
チクリと刺されるような痛みに襲われて、震えてしまいそうな声を誤魔化すように小さな声で尋ねた。
「さて、これで終わり。こっからは自由!・・・・衣里ちゃんはどこか行きたいところある?」
「・・・・・・・・」
何事もなかったように、いつもの笑顔で振舞う彼に何も言う事が出来なかった。
「――あ、ごめん。パーキング寄っていい?」
「はい。私もちょっと寄りたいです」
どこへ寄りたいと尋ねられても、あらかた回ってしまい、思いつく場所が浮かばなかった。
と言うより、動揺を隠すことに精一杯だった、という方が正確かもしれない。
彼の夕飯を摂ろうという提案に快く返事をしつつ、せっかくだからと夜景を見て回った。
「すみません。お待たせしてしまって・・」
「ううん、迷わなかった?」
「大丈夫です」
車に戻ると、寒いだろうに中には入らず外で待っている彼の姿が目に入った。
しかもいつもと変わらない笑顔。申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「?・・中林さん?どうかしましたか?」
「あの、さ・・・」
「はい」
お互い車に乗り込んだ後、彼は前方を向いたまま動かずにいた。
少し険しい顔・・・。
「衣里ちゃんてさ、何でいまだに敬語なの?」
「えっ?」
険しい顔から一転させ、彼はいつもの笑顔で尋ねてくる。
あまりに予想外な質問に、一瞬我を忘れた。
「気を遣ってるんなら、その必要ないからさ。もう知り合って1年以上たってるし」
そうは言われても・・・。
彼とは恋人でもないし長年の友人、というわけでもない。
つまり曖昧で、この関係を何と呼んだらいいか分からない中で、彼には敬語でしか対応が出来ない。
それを変える、というのは、つまり。
私が彼に全てを打ち明ける、という事を意味するわけで・・・。
――こんな風にしか考えられない自分の思考が恨めしい・・・。
「・・・・・・・」
「・・・ごめん。別に困らせたくて言ったわけじゃないから」
短くて申し訳ありません・・・。




