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シナジー  作者: 鵜野 花
20/62

chapter12 ②

重い瞼を少しずつ開ける。

いつもと違う景色、いつもと違うシーツの感触。

そして、あの香り・・・。


まどろむ意識の中、もう一度眠りたい感覚に襲われる。

あの大好きな香りに包まれながら―。


(・・・いい匂い・・・・)


そう。

好きな人が身につけている、あの香り。


「・・・・・・・」


(・・・・あれ・・・・、何で、この香り・・・)


静かに、だが確実に、意識が覚醒してくる。

そしてある一点が浮かんでくるのだ。


「・・・こ、ここ、どこ・・?」


私を包んでくれていた毛布を掴みながら勢いよく起き上がった。


目の前にある見慣れぬ景色に、ただただ驚愕しかなかった。

衣服は昨日のまま。

バッグもベット下にそのまま置いてある。

状況を把握出来ないまま、バッグの中身、財布の中身をチェックしたが全く問題ない。

着衣の乱れもない。


(・・・・え?・・・って言うか、昨日お店出てどうしたんだっけ・・・?)








前回、食事した後、彼に対して言い過ぎてしまったのではないかと猛烈に反省した。

自分からメールしようと、何度思いついては躊躇したことか・・・。

2・3日悩み抜いた後、彼からこの前のお礼がしたいと、逆にメールが届いた。

安堵するとともに、また会ってくれる、という事態に心が震えて涙が溢れてきた。


約束の日にちが近づいてくると今度は違う感情が芽生えてきた。

――緊張。

どう対処すればいいのか、どうやり過ごせばいいのか、自分でも把握出来なくなった。


彼は嫌だと思ったら会う筈はないと言ってくれたが、また勢いあまって何を言い出すのか、自分でも制御出来るのか自信がなかった。

何より・・・。

この中途半端な関係が私を徐々に追い詰めているのは間違いなかった。


彼に偉そうに注意しておきながら、アルコールの進み具合を最後までコントロール出来なくなってしまった。







「・・・この香り・・・」


先程から感じていたこの香り。

好きな人の、彼が身に着けている香りだ。


重い体を引きずってベッドから下り、おそるおそる扉を開ける。


「!」


リビングダイニングになっていると思われる部屋へと出ると、そこには彼が腕を組みながらソファに横になって寝ている姿があった。


(・・・・こ、ここ、中林さんの家・・・)


スッキリしてこない思考でも分かってくる程、頭の中には自分の鼓動の速さしか聞こえてこなかった。


(・・・・な、え・・・・、えっと・・・)


落ち着いてー!

そう自分に言い聞かせ、ベッドへ戻ろうとした、その時だった。


――ミシッ。


足元から一際大きな音が上がる。

何で、どうして、こんな時に――・・・。


「・・・・・う・・・ん・・・」


(ヒャーーーーーーー!!)


これ以上ない程のパニックに襲われて、眩暈に襲われたようにその場へしゃがみ込んだ。

そして彼が重たそうに体を起こしてくる。


「・・・・おはよう・・」

「・・・・・・お、おはようございます・・・・」

辛そうに、それでいて、私に威圧感を与えないように、優しく声を掛けられた。


(・・・・・・・・)


いけない。

ちゃんと言わなくては・・・・。


「あ、あの」

「・・ん?」

「ゆうべはごめんなさい!」

お詫びはしたものの、うずくまったまま立ち上がれないでいた。


「ああ、いいの。いいの。全然気にしないで」

恥ずかしくて俯いたまま顔を上げられなかった。

それでも彼が気遣ってくれるのが分かる。


「その・・・」

「・・・・はい」

「えと・・・・、私はどうやって、ここまで来た、のでしょうか・・・」

「・・・・・・と思ってはいたけど、どこから覚えてない?」

「お、お店を出たのは覚えてるんですが・・・・」

「もう、そこから覚えてないの?」

「えっと・・・。歩きながら、みかんがどう、とか言っていたのは、うっすら思い出しました・・」

「ふっ」

「な、何か変なことでも言ったんでしょうか?」

思わず顔を上げて彼を見た。


「ううん。違う。変な事も言ってないし、してないし安心して」

辛そうな顔をしながらも笑顔で答えてくれる。

こんな状況下でも気を遣う彼が愛しくてたまらなかった。


「あの・・・、私は何で、みかんなんて言ってたんでしょうか・・」

「たいしたことないよ。俺の香水の匂いがみかんみたいだーって言ってたの」

「・・・・そ、そう、だったんですか・・・」


全身の力が抜けた。

と、同時に何てこと言ってんだと、恥ずかしくなってきた。

意を決して立ち上がる。


「ご迷惑をお掛けしてすみませんでした。この時間なら電車が動き始めているので、私、帰ります」

「・・・・・・・・衣里ちゃん」

「はい・・」

「お腹、空かない?」

「え?」

「俺、今シャワー浴びるけど、浴びたらご飯作るからさ。食べてからでも帰るのよくない?」

「えっ!いえ、そんなそこまで迷惑掛けるわけには!」

「二日酔いで気分悪いならしょうがないけど・・」

「それは、ないので大丈夫です・・・」

「そうか。二日酔いないんだ・・。やっぱり衣里ちゃん、酒強いんだねぇ」

「え・・・あ・・。えっと・・」

「ははは、ごめんごめん。あ、じゃ俺シャワー浴びるから。座って待ってて」

「・・・わ、分かりました・・・・」


彼はソファから立ち上がると洗面所らしき場所へと歩いて行った。


(・・・・・・・・)


彼の後姿をぼんやり眺めながら、みかんの件とは別に思い出したことがある。

――彼が私を抱き締めてくれたこと・・・。

それが夢だったのか、現実( リアル )だったのか、はっきりしない。


唇を軽く噛みながら、掌をゆっくり見つめる。

そして思うのだ。

きちんと彼に言うべきなのかもしれない、と・・・。

開いていた掌をゆっくり握り締める。

このままでは期待だけが膨らんで同じ事を繰り返す可能性が高いから。


「衣里ちゃん?」

左肩に彼の手を感じて、思わずのけぞった。


「――大丈夫?何回か話しかけたんだけど・・・」

「す、すみません・・」

「じゃ俺、何か作るから座ってて」

「・・あ、私も手伝います!」

「いいよ、大丈夫だから」

「いえ!手伝います!」

「分かった。じゃお願いしようかな」

「はい!」







朝食を頂いた後、改めて謝罪して彼の家を出た。

恋人でもないのに、彼の家を訪問してしまった事態を恥ずかしく感じてくる。

歩みを止め、彼の家の方へと振り向いた。


――昨夜、彼はどんな思いで、私をここまで連れてきてくれたのだろうか。

朝食を作っている時も、一緒に食べている時も、彼はいつもの雰囲気のままで意図を汲み取れなかった。


頭がぼんやりして、少し頭痛もしてきた。

今頃になって、二日酔いのような症状が出てきたのだろうか。

悔しいやら、情けないやら、何とも言えない黒い感情が沸き起こってきた。


彼が好きだ。

こんな状況でもそう思えてくる自分に泣けてくる。


――彼も私の事を好きでいて欲しい・・・・。


重い体を引きずる様に、駅までの道中を急いだ。


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