chapter11 ※
「オイってば」
急に肩を小突かれ、我に返った。
「あ、すみません。お疲れ様です」
「大丈夫か?ぼんやりしてるなんて中林らしくねぇな・・」
石渡さんは苦笑いしながら俺の前の席に腰を掛けた。
「・・・ホント、すんません。失礼しました。今日はちょっと暑くて・・」
「まぁ、確かに10月だってのに今日は暑いよな。それよかお前、ここんところ体調悪かったんじゃないのか?大丈夫か?」
ああ、そういえばそんな時もあった・・・。
あの時は、力量も図れず突っ走って情けないと愚痴る俺を、彼女は叱り飛ばしてくれたっけ。
「大丈夫ですよ」
「まぁ、確かに。前に会ったよりは随分顔色いいしな。しかも、さ・・・」
石渡さんは腕を組むと意味ありげにニヤリと笑った。
「何だか仕事方面は調子良さそうだもんな、お前・・・」
「え?・・・そう、ですか・・・」
「ああ、この前の特集、よく出来てたって社内でちょっとした話題になったんだよ」
「本当ですか?・・・うわ・・・それはマジで嬉しいっすね」
彼女と会ったあの後、冷静に自分を振り返れるようになれた。
てっきり愚痴をこぼした事態に呆れられるかと思ったが、むしろ俺のその考えを叱り飛ばされる、という予想外な展開に俺自身がとまどいを隠せず一瞬慌てた。
しかも彼女のあのパワーは、俺の胸のわだかまりを、あっという間に消し去ったのだ。
ただ、真面目で大人しいだけの人ではないと思い知るに至ったと同時に、彼女の奥深さも知るに至った。
――女性に叱られる、なんて何年ぶりだろう・・・。
妙に安心感も得た不思議な日だった。
あの日以来、気がつくと彼女の事ばかり考えるようになった。
こういう気持ちになるのは何年ぶりだろうか。
つまり。
俺は・・・・・。
「お前、何か変わったよな」
「え?」
「何ていうか・・・。本当の意味で柔らかくなったよな。前は柔らかいふり、みたいなところがあったけど、今はフリじゃなくて、本当にそう見える」
「・・フリって・・。何か酷い言われようっすね」
苦笑いで答えたが、これが石渡さん流の褒め言葉だという事は承知している。
「彼女の影響だったりしてな」
「そんな事ないですよ。何言ってるんですか・・・」
「おお」
そう言うと、石渡さんは身を乗り出してきた。
「俺、誰だとは言ってねぇぞ。そうかそうか、お前自身に自覚あるんだな」
(このオヤジは毎回毎回、カマかけてきやがって・・・・)
動揺を抑えつつ、軽い笑顔にしたつもりでいたが、相当ぎこちない顔になっていたのだろう。
石渡さんは益々ニヤニヤと誇らしげな笑顔を続けている。
「・・・・・・」
思わず、その視線から目を逸らした。
「まぁ、勿論これ以上は何も言うつもりねぇよ。お前の事だから何かあれば言ってくるだろうし。ふざけてるようにも見えないし。それに・・・・」
先程の笑顔から一転、真面目な顔へと表情を変えた。
「お前見てたら分かるからな。良いか悪いかぐらい」
(・・・・・・・)
何だか見透かされた気が、した。
俺の彼女に対する気持ち、彼女は本気になるに値する人だという事。
そして何より、俺自身が彼女に対して真剣だという事。
「う、打ち合わせ始めましょう」
「ああ、そうだな」




