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シナジー  作者: 鵜野 花
17/62

chapter10 ②

「・・・・・っ。すみません。大きな声出して・・」

「大丈夫だよ」


自分でも驚きだった。こんな大きな声を彼の前で出してしまった事に。

それ程までに彼の辛そうな雰囲気が心配でたまらなかった。


「辛いとか思う事に年は関係ないです。辛いの我慢し続けられる方が、その、私としては、そっちの方が辛いです」

歯がゆそうな笑みを浮かべながら、彼は目を伏せた。


「・・・じゃ、ちょっとだけ。言ってもいい、かな?」

「はい。勿論です・・」

「さっき、締め切り重なって飯食い損ねた話、したよね?」

はい、と小さく頷く。


「自分の力量も測れないまま、安請け合いしちゃってさ。気がついたら締め切り間近。まぁ自業自得なんだけど、それこそ地獄だったな・・。気持ちも体も」


重くならないように笑顔を続ける彼に、胸が痛む。

――夏バテですか、なんて軽く言った自分が腹立たしい。


「あ、でもね。何がムカツクって、状況を把握できなくてイラついてる自分になんだ。この仕事して長いくせに何してんだって思ったよ」

「・・・・・・・・」


自分を叱り飛ばすような物言いに心が痛んだ。

完璧な人間なんていないし、誰だってミスをする事もある。

例え自分のミスであったとしても、時には抱え切れなくて吐露したい時だってある・・・。


「はは。ごめんね。こんなの聞かしちゃって・・」

「どうしてですか?私は中林さんより年下だし、経験も知識もないですけど、嫌な事とか、苦しい事とかは分かってるつもりです。勿論、全部ってわけじゃないですけど・・」


テーブルに身を乗り出し、語気を強めて喋り続ける私に、彼は呆気にとられた顔をしている。

しかも私はテーブルの上で拳を作っていた。


「いつも私の話を聞いてもらって、アドバイスもくれて・・。そういう人が苦しんでるんです。悪い事なんてありません・・」


どこからこんなに次々言葉が出てくるんだろう。

自分でも不思議なぐらい言葉を発していた。


「・・・あ、すみません、つい・・・」

拳を作っていた手を慌てて引っ込め、思わず俯いてしまった。


「・・・・あ、いや、ううん。全然。ちょっと驚いたよ・・。衣里ちゃんって、そういうパワーもあるんだね」

「えと・・。生意気ついでに、もう一つ言ってもいいです、か・・?」


少し顔を上げて彼の様子を伺う。

グラスに口をつけようとしていた彼は、うん、と頷く。


「男の人は、しんどい時にお酒に走りがち、って聞きました。だから、その・・。こういう時は、お酒じゃなくて温かい飲み物を摂った方がいいと思うんです・・」

え、と小さい声が聞こえてきた。


「なので、えっと、今日はお酒はここまでにしましょう!お店の人にお茶を貰います。それで、それ飲んだら帰りましょう!」


自分でも何を言ってるのか、よく分からなかった。

そう思っていたのは彼も一緒のようで、私以上に彼は驚いているようだった。


「・・・・・」


彼は軽く首を傾けたが、言葉を発せられないでいるようだった。

その表情を見て、何してんだと自分を叱り飛ばしたかったが、どうにも出来なかった。


「温かいお茶飲めば、少し落ち着いてくると思うので・・・」

少し俯きながら彼に提案しつつ、傍にいた店員に声を掛けた。





今、目の前には温かいお茶が二つ。

そしてお互い無言のまま。

彼が手にとって口をつけた。


「・・・そういえば、お茶なんて飲むの久々だな・・」


とまどいながらも、軽く微笑む彼を見て、少しホっとした。

女の人は・・、と彼は小さく呟いた。


「女の人は、こういう時、しんどい時は、どうするのかな?」

予想外な質問で少し慌てた。


「そう、ですね・・。例えば、ですけど。甘いものを食べたりとか、お喋りしたり、楽しい事したり、色々あると思います」

「そうか・・。やっぱり女性は凄いな・・」


ああ・・・。

なるほど、そうか。

私がつい、彼にあれこれ言ってしまったのは、彼の、そういう辛そうな笑顔を見るのが辛いからなんだ。


「・・こういう時は、ゆっくりお風呂に入って、ぐっすり眠った方がいいです・・」

お茶の入ったカップに手を添えた。


「何も考えないで、ぐっすり眠った方がいいです」

「・・・そうか。そういう考えもあるんだね」


彼のこの笑顔が本物なのか、単なる社交辞令なのかは判断出来ない。

私が彼にしたこの出来事もはっきり言って自己満足なのかもしれない。

でも。

どうしても動きたかった。何かしたかった。




「じゃ、そろそろ出ようか?」

はい、頷きながら小さく返事をした。

彼が会計に手を伸ばし始めたのを見て、慌てて掴んだ。


「今日は私が払います!」

「えっ?」

「今日は私に払わせてください!」


彼が何かを言う前に断固たる態度で言い切った。

私だって働いているのだ。こういう時ぐらい奢らせて欲しい。


「じゃ、払ってきますので・・」

彼がとまどいの表情を続けている隙にバッグを掴みレジへと急ぐ。


遅れながら彼が席を立つ姿が見えた。

相変わらず、とまどう表情のままだ。

(・・・やっぱり、ちょっと生意気だった、かな・・・)

お釣りを貰う手が僅かに震えた。


外へと出る私に続いて彼も出て来た。

「ごちそうさま。今日はありがとう」


思いがけない彼の言葉に言葉が詰まった。


「愚痴聞いて貰った上に奢ってもらっちゃった。今日は本当良い日だな。頑張った甲斐あったよ」


・・・・・・・・。

・・・・・・・・本当に?

私の申し出は図々しくなかったの?


「・・・・・っ」

「衣里ちゃん?」

何て言えばいいんだろうか。


「あ、ごめんなさい・・。な、生意気な事、し過ぎたんじゃないかと思っていて・・。そういう風に言って頂いて・・・。ありがとうございます」

どういう顔をするのが適当なのか、いまいち分からず俯いたままだ。


「こっちこそ。今日は本当にありがとう・・・」


彼の言葉が胸に染みた。


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