chapter10 ①
『ワインの美味しい店があるから行ってみる?』
思わず顔がほころんだ。
―と、いけない。今は仕事中・・・。
自分を戒めるように咳払いを一つ。
そして、数秒後にはまた意識が沈みかける・・。
彼とはあれから何度か食事をした。
ランチの時もあれば、それこそ行った事のないようなちょっと高めのお店まで。
彼を好きだと実感してから一つ、以前と変わってしまった事がある。
それまで普通に会話が出来ていたのに、少し意識してしまっている事。
何より。
彼が私をどう思っているのか・・・。
このままの状態で二人で会う事にひどく歯がゆい想いがある事。
それをどうすればいいのか悩ましい日々が続いているのだ・・・。
でも彼に会いたいのは事実だ。
だから今日もメールしてしまう。
◆◆◆
「やっと涼しくなってきたね」
「本当・・。今年の夏は暑かったですもんね」
熱くなりかけた私の気持ちを落ち着かせるように涼しい風が頬を撫でた。
お互いに秋の気配を感じつつ、彼お勧めだという店へ向かう。
「――中林さん・・・、夏バテですか?」
「・・・え?何で?」
「あ、いえ。何だか以前お会いした時より、少し痩せたような気がするので・・」
前回、食事に行ったのは夏真っ盛りの時。
その時に比べて何だか痩せた、というかやつれたようにも思える・・・。
「あー・・。えっと、夏バテではないと思うんだ」
遠慮気味に話し始める彼を見て、もしかして聞いてはいけなかったのかも、と少しあせる。
「ごめんなさい。ただ何となく思っただけだったので・・」
私が慌てて視線をずらした後、彼はいきなり歩みを止めた。
「・・?・・・どうしたんですか?」
「うん。衣里ちゃん、また気、遣ったね?」
「いえっ!そういうわけじゃ・・」
少し苦笑いを浮かべる彼は、声を出して笑い始めた。
「夏バテじゃないんだよ。たまたま仕事の締め切りが重なったから、そっちを優先してて飯食うの後回しにしてたら結果こうなったって感じ・・」
「・・・そうだったんですか」
自嘲気味に笑う彼を見て少しホッとした。
「・・・・・はは。でも、別にたかが2・3キロ落ちたぐらいなのに分かるもの?」
(え?!)
「・・やっぱもう中年だからかなー・・」
彼は腕を組みながら再び歩き始める。
「そ、そんな事ないです。中林さんは若いですよ。それに私は時々しか会わないので、それで変化とかに気づきやすいのかもしれないですし・・」
「ありがとう。そう言ってくれて」
「・・・・・・」
こういう時の彼は所作も言動もさりげなくて、ついぼんやりしてしまう。
彼の事を好き、という事を除いても思わず見惚れる。
「ワイン、美味しいですね」
「ホント。俺でも飲みやすいよ」
(・・・・・・・)
彼のワインは2杯目。
ワインは苦手だと言っていたのにめずらしいな、そう考えていた。
それに・・・。
何だかいつもより進み具合が速い気がする。
彼はいつもゆっくり飲んでいるから。
(何かあったのかな・・・)
「・・ごめん。俺、一人で飲み過ぎかな?」
「え?!」
「衣里ちゃん、あんまり飲んでない気がするし・・・」
「そんな事ないですよ。美味しい時はペースが速くなりがちなので、ゆっくり飲もうと思って・・」
「あ。そうか。俺もそうした方がいいかな・・」
「その時の気分もありますし、中林さんが良いと思うペースで飲んだ方がいいです」
すると彼は、いきなりフフ、と笑い出した。
(・・何か変・・だった?)
「まさか、この年になって酒の飲み方でアドバイスされると思ってなかったな」
「あ、ごめんなさい。何だか生意気な言い方になってしまって・・」
そういうつもりで言ったわけではなかったが、不愉快だったろうか・・。
こういう時は、どう言うのがベストなのか何とも悩ましい。
「・・ごめん。また気を遣わせちゃった・・・」
「・・・・・」
今度は言葉が出なかった。
何故なら彼が少し辛そうな顔をしていたから・・。
「ごめんね。・・何かちょっとゴタゴタしてて、最近ちょっと落ち着かない日が続いてたんだ。だからなのかな。いつもよりちょっと酒の回りが速いかも」
そうだったのか・・。
いつも落ち着いていて、乱れるような様子を感じさせない人なだけに意外な気もしたが、そういう日があったって、ちっともおかしくはない。
「そういう事って誰にでもあります!私だってムカついてしょうがない日だってあります」
「でも嫌じゃない?」
「何がですか?」
「いい年した男が、こういう飲み方したり、愚痴ったりしてるの聞くの」
「・・何でですか?!」
あまりな彼の反応に思わず声を荒げた。




