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シナジー  作者: 鵜野 花
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chapter9 ②

やっとの事で内定をもらった会社は中規模の食品会社だった。

事務で入ったとはいえ、やる事は多岐に渡った。


気がつくと営業の仕事もするようになり、いつのまにか営業が私のメインの仕事になっていった。

正直にいって辛い仕事だった・・・。

それでも失業するよりはマシだと思い込み、懸命に働いた。

気づいた時には無理がたたって気を失いかけた。


過労。


それが医者から診断された病名だった。

会社からは復帰次第、また働いてくれ、の一点張り。

私はもはや自信がなくなり、退社する事を決めたのだ。


同僚、特に同期であった川瀬さんとは仕事の境遇が同じだったせいか、随分と気にかけてくれていた。

ただ、一人欠ける、という点で迷惑を掛けるのでは、と随分思い悩んだ。

入社2年程で辞める、という行為も私を非常に悩ませた。

彼女は気にするな、まずは体調を一番に考えろ、と励まし続けてくれた。

辞めて2年たつが、彼女の事は今もって気になっていたのだ。





「――衣里ちゃん?」

沈みかけていた意識が引っ張り上げられた。


「あ・・、ごめんなさい・・」


とまどった()をした彼と視線がぶつかった。

心配そうな、不安そうな、それでいて優しい瞳。

思わず視線を逸らしてしまう―。


「・・・・・・・」

「コーヒー、冷めちゃったんじゃない?入れ直してもらおうか?」

「あ、いえっ。大丈夫、です」


最初こそ彼の話を聞いてはいたが、段々、気持ちと共に沈んでいってしまったようだ。

コーヒーが冷めてしまう程ぼんやりしてしまったのか、と少し驚く。


「・・・もし」

「はい?」

「もし話して気が楽になるなら聞くけど・・」

「・・・・・っ」


・・・いいのだろうか。

こんな私のつまらない話をしても・・。


「・・・・・・・あの」

「うん」

小さく、か細く呟いた私の声を逃すまいとするかのように彼はカップを静かに置いた。


「そんな大した話じゃないんです・・全然・・。私がもう少し強かったらっていう事で・・」

「うん」


彼は優しく頷いた。

どう説明すればいいのか、出来るだけ分かり易く、私がやっと掴んだ社員の仕事を何故辞めてしまったのか

話し始めた・・・。






「・・・体調は今は大丈夫ってこと?」

「はい。もうすっかり。でも正直に言うと社員として働くのはもう自信がなくて・・・」

「いろいろな働き方があるんだから、その時々の状況でみてもいいと思うよ」

「あの・・」

私は少し唇を軽く噛んだ。


「2年だけで辞めた事がすごく悔しくて・・。それに私が辞めた事で彼女への負担が増えたから、それも気がかりでした・・」

「だから今も考えちゃうってこと?」

「はい・・・・」

「酷な言い方で気に障ったらごめんね。正直に言うと衣里ちゃんが一人辞めたところで、会社としては、そんなに何も考えてないと思うよ。勿論その瞬間は大変だろうけど。でも、結果、もう一人補充するだけって事だけだからさ・・」


胸が、疼いた。

(そう、だよね・・・。私なんか一人いなくなったところで・・・・)


「でもこれだけは、きっちりはっきり言いたいんだけど、衣里ちゃんはきちんと自分の務めを果たしたと俺は思ってるよ」

「・・・え?!」

「体壊すくらい力を注いだって事でしょ?・・・まぁ、どう体調管理するかはこれからの課題って部分はあるけど、少なくとも大変な環境下でベストを尽くした。結果辞めざるを得なかったっていう事だと思うよ」

「・・・・・・」

「衣里ちゃんはいい加減な気持ちで辞めたわけじゃないって事はよくわかる。今の言い方だと、まるで自分が駄目人間みたいな言い方するけど、そうじゃないから」

「・・・・・・」


・・・どうしよう。

頭が、混乱する。複雑な気持ちが絡まってて・・・。

しかも目頭が熱くなってくる。


「大事なのは辞めた後。その後どうするかって事なんじゃないかな」

何も言えず、言う事が出来ず、ただひたすらに涙を堪えた。


「・・衣里ちゃんが真面目ゆえにそう考えてるのは分かる気がする。でももう解放してもいいんじゃない?自分を責める事から」


全身の力が、抜ける、気がした・・。

胸に今も残る重荷が、わだかまりが、消えていくように感じられた。

それに。

――この感覚は何かに似ている気がした・・・。


「ってか、俺すっごい偉そうだよね。ごめんね、何か言いたい放題で」

「・・・ち、違います。全然そんな事ないです!聞いてもらえて良かったです・・」

「コーヒー、やっぱりおかわり貰おうか?」

「え?」

「俺のも衣里ちゃんのもすっかり冷めちゃったし。それにちょっと冷房効きすぎて寒いし。温まった方がいいよね?」

はい、と頷くしかなかった。




私の前に再び温かいコーヒーが置かれた。

立ち昇る湯気に導かれるように、カップを両手で包み込んだ。


(・・・あ・・)


――そうか、思い出した・・・。

春になると、氷が溶けて水に変わる。

ゆっくり、ゆっくり、少しずつ・・・。

その何ともいえない感覚に似ているのだ。


つまり・・。

彼の言葉は暖かく心地よく、そして私の心に響いていたのだ。

(・・・・・・・・・)


「中林さん」

彼の顔を見た。


「ん?」

「あの、さっきはありがとうございました。私の話を聞いて頂いて・・・」

「ううん、全然。話すだけでも、さ、心が軽くなる事もあると思うから」


少し照れるような彼の笑顔を見て実感した。

そうか。


―――私は彼が好きなのだ、と・・・。


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